2012年(前半) 竹の学校 活動報告

 55  世良田さんの竹林日記  「梅雨の合間の仕事」   2012.06.30(土) 世良田芳弘
 54  傘寿の 竹林独り言  「書くことがないほど静かな竹林」   2012.06.27(水) 山 本 律
 53  傘寿の 竹林独り言  「キヌガサタケが出る季節になった」   2012.06.23(土) 山 本 律
 52  傘寿の 竹林独り言  「竹の学校ならではの竹林整備活動」   2012.06.20(水) 山 本 律
 51  傘寿の 竹林独り言  「静かな竹林」   2012.06.13(水) 山 本 律
 50  傘寿の 竹林独り言  「風があって涼しいけれど暑い竹林作業」   2012.06.06(水) 山 本 律
 49  管理人の竹林日記  「事実上容認」   2012.06.02(土) 稲岡利春
 48  傘寿の 竹林独り言  「それぞれの仕事をそれそれがする」   2012.05.30(水) 山 本 律
 47  杉爺の竹林日記  特別寄稿「竹と私のかかわり」   2012.05.26(土) 杉谷 保憲
 46  傘寿の 竹林独り言  「55人の竹林作業」   2012.05.26(土) 山 本 律
 45  傘寿の 竹林独り言  「竹の秋」   2012.05.23(水) 山 本 律
 44  傘寿の 竹林独り言  「筍掘りのあと始末―part3」   2012.05.19(土) 山 本 律
 43  傘寿の 竹林独り言  「筍掘りのあと始末―part2」   2012.05.16(水) 山 本 律
 42  傘寿の 竹林独り言  「筍掘りのあと始末」   2012.05.12(土) 山 本 律
 41  世良田さんの竹林日記  「たけのこ畑の整理作業開始」   2012.05.09(水) 世良田芳弘
 40  傘寿の 竹林独り言  「子ども連れのお母さんの筍掘り
               ―その2」
 
 2012.05.08(火) 山 本 律
 39  傘寿の 竹林独り言  「子ども連れのお母さんの筍掘り」   2012.05.07(月) 山 本 律
 38  傘寿の 竹林独り言  「ファミリーサービスデー」   2012.05.05(土) 山 本 律
 37  傘寿の 竹林独り言  「豊作より飽作」   2012.04.30(月) 山 本 律
 36  傘寿の 竹林独り言  「ゲストの案内と支援で手いっぱい」   2012.04.28(土) 山 本 律
 35  傘寿の 竹林独り言  「出るわ出るわ 夏日の筍」   2012.04.25(水) 山 本 律
 34  傘寿の 竹林独り言  「汗をかきながらの筍掘り」   2012.04.23(月) 山 本 律
 33  傘寿の 竹林独り言  「筍の掘出しに追われる」   2012.04.21(土) 山 本 律
 32  傘寿の 竹林独り言  「筍の掘り出しに専念」   2012.04.18(水) 山 本 律
 31  世良田さんの竹林日記  「放置竹林とタケノコ」   2012.04.16(月) 世良田芳弘
 30  傘寿の 竹林独り言  「筍いよいよ本番」   2012.04.14(土) 山 本 律
 29  傘寿の 竹林独り言  「雨の中の筍掘り」   2012.04.11(水) 山 本 律
 28  傘寿の 竹林独り言  「長法稲荷の桜咲きそめる」   2012.04.09(月) 山 本 律
 27  傘寿の 竹林独り言  「花冷えの中の筍掘り」   2012.04.07(土) 山 本 律
 26  傘寿の 竹林独り言  「いよいよ筍の本番」   2012.04.04(水) 山 本 律
 25  傘寿の 竹林独り言  「そろそろ筍が出そうなものだが…」   2012.04.02(月) 山 本 律
 24  傘寿の 竹林独り言  「筍掘りは一休み」   2012.03.28(水) 山 本 律
 23  傘寿の 竹林独り言  「週三日作業の初日」   2012.03.26(月) 山 本 律
 22  傘寿の 竹林独り言  「竹炭の作り収めとタケノコ掘り」   2012.03.24(土) 山 本 律
 21  傘寿の 竹林独り言  「筍の初掘り」   2012.03.21(水) 山 本 律
 20  傘寿の 竹林独り言  「筍の気配が見える」   2012.03.14(水) 山 本 律
 19  世良田さんの竹林日記  「東日本震災から1年」   2012.03.10(土) 山 本 律
 18  傘寿の 竹林独り言  「ウグイスの初啼き」   2012.03.07(水) 山 本 律
 17  傘寿の 竹林独り言  「ホダ木の搬入と竹炭作りと
       短冊作りと竹の焼却と」
 
 2012.03.03(土) 山 本 律
 16  傘寿の 竹林独り言  「ボランティアの意味」   2012.02.29(水) 山 本 律
 15  傘寿の 竹林独り言  「泥田の中の竹炭作り」   2012.02.25(土) 山 本 律
 14  傘寿の 竹林独り言  「竹炭つくり 窯入れ作業」   2012.02.22(水) 山 本 律
 13  傘寿の 竹林独り言  「寒中より寒がきびしい余寒」   2012.02.18(土) 山 本 律
 12  傘寿の 竹林独り言  「霧の中の作業」   2012.02.15(水) 山 本 律
 11  傘寿の 竹林独り言  「春は名のみの風の寒さや」   2012.02.11(土) 山 本 律
 10  傘寿の 竹林独り言  「寒明けの雪の中での屋根葺き」   2012.02.08(水) 山 本 律
 09  傘寿の 竹林独り言  「倉庫の屋根葺き本格化と
          竹炭の短冊作り」
 
 2012.02.04(土) 山 本 律
 08  傘寿の 竹林独り言  「氷雨の中の倉庫造り」   2012.02.01(水) 山 本 律
 07  傘寿の 竹林独り言  「資材倉庫の造り替え」   2012.01.28(土) 山 本 律
 06  傘寿の 竹林独り言  「棟上の予行演習」   2012.01.25(水) 山 本 律
 05  傘寿の 竹林独り言  「雨の中の倉庫造り替え」   2012.01.21(土) 山 本 律
 04  傘寿の 竹林独り言  「寒中の竹林作業」   2012.01.18(水) 山 本 律
 03  傘寿の 竹林独り言  「資材倉庫の作り替え」   2012.01.14(土) 山 本 律
 02  傘寿の 竹林独り言  「資材倉庫の屋根の葺替えと
         B竹林の竹材焼却」
 
 2012.01.11(水) 山 本 律
 01  傘寿の 竹林独り言  「七草の仕事始め」   2012.01.07(土) 山 本 律

 


 

 

 55  竹林日記  「梅雨の合間の仕事」 

 2012.06.30(土) 世良田芳弘

 

竹林日記 「梅雨の合間の仕事」 2012・06・30 (土) 晴れ

 参加者 : 塚崎、高田、野本、窪田、辻井、濱上、荒木、小椋、林(哲)、市嶋、原、世良田。 [12名]

 来訪者 : 1名



 竹林に入ってキヌガサタケが出ているか一番に見に行ったが出ていなかった。今年も竹林に15本ほど出た。しかし時期を見過ごししてなかなか良い状態で見ることができない。6月25日に出た写真を添付しますので見てください。



 今日は参加者が少なかったが、野山竹林に入るため朝一番にミーティングをして連絡と今日の作業分担の確認をとる。

 作業はたけのこ畑のサバエ処理、草刈りグループと今年出た竹の年号記入するもの、B地区で竹の焼却する人。体験入会で来られた人には焼却のお手伝いをしていただいた。

 あと残りのメンバー7名は野山竹林に入り青竹の間伐作業を実施、50本程伐採ができ、6mの竹が約150本になり初回渡す200本の搬出のめどがついた。竹の搬出は14日に決定したのでそれまでに200本の竹の準備とトラックが入れるように野道に出てる木の枝処理もしないと竹の搬出ができない。これも13日までに処理したい。青竹はトータル600本必要になるが残りは日常の活動で処理したいがボランティア応援も期待したい。

この時期は七夕の笹が必要になる時期で会員の中で笹の依頼があり竹藪の竹を切って持ち帰る人多くなるが是非活用してください。京の七夕でも笹を利用していただいているが時期が悪く笹がすぐに枯れて葉は丸まって緑の色が抜ける。 良い処理方法があれば教えて欲しいです。



今後の予定

1.7月3日(火) KBS京都 笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ 「都もはんなりおこしやす」
   9時35分から45分 竹の学校紹介

2.7月4日(水) 京の七夕の打ち合わせ会議 京都商工会議所
   18時から19時  野本さん

3.7月14日(土) 野山竹林の青竹 200本搬出

4.7月21日(土) 総会 場所 バンビオ学習室1  10時15分から11時45分 その後 いこいで懇親会

5.9月15日(土) 天王山・西山合同フォーラム 参加 13時30分から16時 
   場所 長岡京市立中央公民館3階市民ホール

6.10月13日(土) 長岡京市 竹あそび参加


 皆さんのご協力をお願いします。


             世良田芳弘


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【6/25撮影のキヌガサダケ】~世良田さん撮影

・6/23の竹林日記の写真の続き?です


 
 


 

 

 54 傘寿の 竹林独り言 「書くことがないほど静かな竹林」 

 2012.06.27(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「書くことがないほど静かな竹林」 2012・06・27 (水) うす曇

 参加者 : 山本、塚崎、高田、野本、窪田、辻井、世良田、小椋、竹内、市嶋。 [10名]

 来訪者 : 2名(名前を聞いていない)



 竹林に入って早々に、山本さんと塚崎さんが残ってください、の指示があった。あとの人は何をするか説明はなかったが、野山竹林に入ることはわかった。

 私(山本)は枯竹の焼却にとりかかった。塚崎さんは青竹を割って節を抜いている。

 しばらくしてカメラを提げた人影が見えた。この近くの人で、キヌガサタケの写真を撮りにきたという。現場を案内したが思ったより少ない。心当りのある場所を教えるとその人は立ち去った。聞いてみると一昨年の竹林コンサートのとき会場入口にキヌガサタケの写真を展示して下さった方だった。

 気がつくと塚崎さんと話をしている人がいた。先日の京都新聞に出ていた竹の学校の野山竹林整備の記事と写真を見て、竹細工に興味があるので竹林を見に来た、とのことだった。しかし目指す竹材は「マダケ」らしくて、そのまま帰られた。



 そのうちに野山竹林部隊が帰ってきてやっといつものにぎやかさが戻った。野山竹林は枯竹の処理が終って、本来の仕事である青竹の間伐に入っているという。そして今日でほぼ100本の伐採が終ったという。

 あの二人の来訪者がいなかったら、話を交わす相手のいない作業日になるところだった。しかし、おかげで竹の焼却はかなりはかどった。



 スペースがあるので、またしても余計な独り言を書く。

 今年の梅雨は降るときは降るが、いわゆる梅雨らしい、じめじめじとじとした日が少ない。
 六月を「水無月」というが、この梅雨の最中の月を、なぜ「水の無い月」というのか、かねがね不思議に思っていたが、辞書で「水無月」を調べてみて、目からうろこが落ちる思いがした。

 水無月は、もともとは「水の月」だという。「みずのつき」の「ず」が抜けて「みのつき」になって、それが「みなつき」と訛って、あげくの果てに「な」を無しと、途方もない誤字を宛てたらしい。

 さらに言うなら、いまの六月は旧暦の五月である。五月は「さみだれ」。稲を育てる「さ」が、みず(み)を降らす(たれる)から「さみだれ」。六月(旧暦の五月)は水の無い月どころか、まさに水の月である。

 そういえば、昔は五月だの六月という区切りがなかった。「さ」が「さと」に降りている季節が、さみだれであり、水の月なのだ。

 7月に入ると梅雨も終りが近くなって、大雨が降ることがある。梅雨が終ると、「さ」は山に帰って行く。これを「さのぼり(さなぶり)」という。


                山 本 律


 
 


 

 

 53 傘寿の 竹林独り言 「キヌガサタケが出る季節になった」 

 2012.06.23(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「キヌガサタケが出る季節になった」 2012・06・23 (土) うす曇

参加者 : 山本、塚崎、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、澤、池田、辻井、小椋、林(哲)、

      竹内、稲岡、稲岡(喜)、高橋、市嶋。 [17名]



 昨日の京都新聞の夕刊に、見事な「キヌガサタケ」の写真が出ていた。写真の場所は銀閣寺の少し南の、法然院の竹林だが、私たちの竹林も、そろそろ出る時季だと思っていたら、果して出ていた。まだ、あの写真ほど見事なレースではないが、驚いたのは数の多さだった。群生といってよいほどの生え方である。あれが一斉にレースを纏って勢ぞろいしたら、それは見事な情景になる。

 前回6月20日の竹林日記にも書いたが、竹の学校に入学していなかったら、キヌガサタケというキノコも、この情景も知らずじまいだった。竹の学校のおかげで得がたい経験をさせてもらった。



 話を竹林作業に戻して、この時季の肥料撒布は今日で終った。その一方でサバエと雑草の刈取り、竹の皮集めが続いている。いい筍を作ろうと思えば、こうした目立たない縁の下の力石ともいえる作業はおろそかにできない。こうした作業があっての「乙訓の筍」なのである。さらに今年も七夕の竹の依頼があって、若い青竹7本を伐採した。これも青竹をただ伐採するだけでなく七夕向きに程よく枝を伐り揃えて、形を整えねばならない。ある意味で、これも竹の学校だからできることである。 

 また、この時季で参加者17名は多いが、この中の5名は野山竹林の整備である。数百本に及ぶ青竹を伐採するための事前の準備は、半端な作業ではない。またしても言う。これも竹の学校だからできるのだ、と。



 先月から休んでいた川路愛子さんがこのほど手術を受けて、手術が無事完了したという報告があった。早く回復して元気なお顔を見せてくださるのをお待ちしています。



 ここまで書いたとき小椋さんからメールが入った。
 7月21日に行われる定例総会の終了後、昼食懇談会をJR長岡京駅前の「いこい」で催します。
 個人負担 1,000円、飲物は各自負担とします。
 参加ご希望の方は7月17日(火)までに世良田さんあて、口頭または電話でお申し込みください。



                山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka

・休憩中です
・卵みたいなキヌガサダケの子供です。明日は傘を差すのでしょうか?

 
 


 

 

 52 傘寿の 竹林独り言 「竹の学校ならではの竹林整備活動」 

 2012.06.20(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「竹の学校ならではの竹林整備活動」 2012・06・20 (水) うす曇

 参加者 : 山本、塚崎、野本、窪田、辻井、世良田、竹内、市嶋。安田。 [8+1名]



 差当って急ぎの作業がなく梅雨空ということもあって、参加者が少ない。

 今日の作業は、上の段の竹林の肥料散布、資材小屋の竹壁作りと、枯竹の焼却。ただし肥料の散布はこれからが本番である。加えて、竹の間伐もせねばならない。

 することはいっぱいある、のんびりとばかりしていられない。



 休憩のとき、今朝の京都新聞「洛西」ページに出ていた竹の学校の記事が話題になった。野山竹林(放置竹林)の竹の活用計画である。

 放置竹林で伐採した竹を加工して「すだれ」を作って省エネに活用する、先端部分を加工して競馬場の練習場の部材に利用する、そして、根本的に放置竹林の解消を目指す。京都新聞はこれを「一石三鳥」と表現している。

 さらにこの計画が、竹林の所有者も、竹を伐採する「竹の学校」も、それを加工する企業も、相互に金銭のやりとりがなく、無償で行われることに注目している。

 竹林の所有者は荒れた竹林が無償で整備され、加工業者は原料を無償で手に入れる。200本から300本できたら600本の竹を伐採する

 竹の学校も無償で作業をする。今日の社会通念では考えにくい計画である。NPO法人の真価ここにあり、といってよい。

 荒木さんが京都新聞の記事をスキャンしてメールで送ってくださっている。ご覧になった方がおられると思う。
 写真に写っている3人のうち、真ん中と右の二人はわかるが、鋸で竹を伐っている人が誰かわからない。誰ですか。
 それと竹の混み具合と節が黒いことから、放置竹林だとひと目でわかる。竹の学校に入学(?)していなかったら気づかなかったことである。


                山 本 律


 
 


 

 

 51 傘寿の 竹林独り言   「静かな竹林」 

 2012.06.13(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「静かな竹林」 2012・06・13 (水) うす曇

 参加者 : 山本、塚崎、高田、野本、窪田、錦織、澤、辻井、世良田、小椋、竹内。 [11名]



 先週の土曜日が雨のため1週間ぶりの作業である。

 雨は降らないものの晴れるでなく曇るでなく風がなくて蒸し暑い。私(山本)の耳が年齢とともに老化して聞えにくくなったたこともあって、竹林の中が物音一つしない。何年か前にもこういう日があって、ホトトギスが啼くのが聞えて、これは金では買えない贅沢だ、と思ったことがある。ただし今日はホトトギスは啼かなかった。

 今日も高田さん、世良田さんが野山竹林に入った。そして枯竹がトラックで運びこまれて、枯竹の山が三つになった。

 本来の竹林では、混みすぎた竹の間伐と竹皮集め、そして枯竹を燃やして資材倉庫の屋根葺き用の竹材の油抜き。それにしても枯竹の量はすごい。今年中に燃やしきれるだろうか、と思うほどである。



 前回はカッターシャツの裾を出したままで街を歩くだらしなさを書いたが、今日は違った意味で不思議なファッションのことを書こうと思う。

 戦後間もなくだが、アメリカの受刑者(当時は囚人と言った)が着ているというか着せられているシャツが、白と黒の太い横縞だった記憶がある。もちろん実物を見たわけではなく新聞か雑誌で見たのだと思うが、当時の日本の受刑者は赤に近い濃い茶色の服を着せられていると聞いていたので、さすがはアメリカだ囚人服までしゃれていると思ったものである。ただしその縞が5cm以上はあるほど幅の広い横縞でこれを着て街なかは歩けまい、やはり囚人用だ、とも思った。

 ところが、最近の日本は老若男女を問わず、横縞のシャツが大はやりである。白と黒の横縞はもちろんあるし、黒だけでなく赤でも青でも文字どおり色とりどりである。ただし縞が細い。それでも横縞は横縞である。あれを見ると私はつい昔のアメリカの囚人服を連想してしまう。と同時に、いまアメリカでは受刑者はどんなシャツを着せられているのかと思う。いくらアメリカべったりの日本でも、受刑者を連想する柄のシャツをはやらせているとは思えない。アメリカの受刑者の服が変ったのではないか。


                山 本 律


 
 


 

 

 50 傘寿の竹林独り言 「風があって涼しいけれど暑い竹林作業」 

 2012.06.06(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「風があって涼しいけれど暑い竹林作業」 2012・06・06 (水) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、高田、野本、窪田、錦織、澤、辻井、世良田、竹内、稲岡(喜)。 [11名]



 湿度が低くて風があって、秋を思わせる爽やかさだが、気温が高い。

 野本、世良田、高田、塚崎の4名が、朝から野山竹林に入った。焼却処分にするほかない枯竹を、こちらの焼却場に運び出すのだという。受入れ側のこちらでは運びこまれる枯竹の置場作りに忙殺された。人の背丈ほどもある竹を3本、地面に打ちこんで、運ばれてきた枯竹を積上げる場所つくりをしている。

 一方で資材倉庫の屋根葺き用の割竹の油抜きをしている。爽やかな陽気とはいうものの、燃え盛る炎で半分に割った青竹を炙る油抜きは半端な作業ではない。

 そうこうするうちに枯竹がトラックで運ばれてきた。焚きつけにしたらよさそうなほど枯れ切った竹である。一度運びこんで戻って、二度目が運びこまれたときは、人の背丈ほどの枯竹の山が二つできた。しかし枯竹の運びこみはこれで済んだわけではなさそうである。これからも何回か続きそうだ。

 この枯竹の焼却作業もさることながら、これほどの枯竹ができるまで放置してあった竹林というのは一体どんな竹林なのか。勉強のため実地を見ておくのも無駄ではなかろう。そういえば、私(山本)は話に聞くだけだが、いま私たちが入っている竹林も、最初は竹が密生して伐採も思うようにできない文字どおりの放置竹林だったらしいし、いま上の段といっている竹林も、整備を始めたころは間伐竹の山だった。

 この竹の焼却のときも、「千里の道も一歩よりはじまる。1本燃やしたら1本減る、と思ってやらなしようがない」と言ったのを思い出す。

 今度の枯竹も、1本燃やせば1本減ることだけは間違いない。燃やしているうちに、いずれなくなる。



 暑い話のあとのクールビズではないが、カッターシャツの裾をズボンの外に出したままの着かたが、以前から気になっていた。

 カッターシャツの裾は、なぜ前よりも背のほうが長いかご存知か。

 昔はワイシャツといったカッターシャツのうしろは、本来は尻を包む部分なのである。昔からヨーロッパでは下着(パンツ)を穿く習慣がなく、シャツの裾で尻を包んでいたという。だからカッターシャツの背の側が長いのである。それをズボンの外に出しているのは、パンツを見せていることになる。そういえば、カッターシャツの裾を出している外国人を見たことがない。ああいう着かたをしているのは日本人だけのような気がする。

 最近はラフな服装とだらしない服装の区別がなくなった。パンツを見せたまま街を歩いても誰もおかしいと思わず、目にも留めなくなった。

「襟を正す」は、もはや死語になった。クールビズがだらしない服装にならねばよいが。日本はなりそうな気がする。


                山 本 律


 
 


 

 

 49 管理人の竹林日記   「事実上容認」 

 2012.06.02(土) 稲岡利春

 

竹林日記 「事実上容認」 2012・06・02 (土) 曇り

 参加者 : 塚崎、高田、野本、澤、荒木、世良田、辻井、小椋、竹内、高橋、市嶋、稲岡。 [12名]



 昨日から、衣替えで半袖シャツの出勤・登校が始まりましたが、竹林ではそうはいきません。長袖シャツに蚊取り線香を携行しての作業で、暑いし、線香臭くなるし、あまり嬉しい季節ではありません。曇りで良かった~。

 竹林は「竹の秋」の枯葉とタケノコの脱ぎ捨てられた皮で、シャツを脱ぎ散らかしているようでしたが、少しずつ、いつもの風景に戻りつつあります。

 今日は、ご自分の竹林で忙しかった辻井さんと、療養中だった荒木さんが久しぶりに登校されました。またよろしくお願いします。また、珍しく山本さんがお休みのため、竹林日記はHP管理人の稲岡が例によっていやいや代筆?しています。

 作業の方は、タケノコの皮拾い、資材倉庫の西側の側壁付け工事、芯止めをしています。私は、初めて長法寺力池の3者管理竹林に入りました。写真の通り暗いですが、すでに世良田さん、西村さんが、皆さんがやる気が出る程度に間伐してくれたとのことで、A竹林の当初よりはずいぶんましのようです。
 今は、枯れ竹の処理中ですが、現地で焼却出来ないので、運んできて、竹の学校で焼却することになっています。



 ミーティングでの連絡事項は以下の通りです。

・5/28に来られた「NTT労組」の方からお礼の連絡がありました。満足されたようで良かった。(世良田さん)

・「水資源」の補助金申請が通ったとのこと。(野本さん)

・本年度総会の予定(世良田さん)
 6/末 :事業報告、会計資料作成
 7/初 :案内状発信
 7/中旬:総会
 役員の改選(2年)がある。

・会計報告の件(小椋さん)
 本日、午前中コラサにおいて、本年度の会計処理を錦織さん、竹内さんご両名に確認していただきました。
 若干の訂正が必要ですが、本来の監査もしていただき、次回作業日に監査印をいただける予定です。
 昨年より、収入が増加していますので、来期の繰越金にスライドします。



 気になる福井・大飯原発の再稼働問題について、橋下市長の「事実上容認」は大人の判断だと思います。

 以前、自動車のCO2削減の話、「自動車のCO2削減には電気の力が必要という考えは変わっていませんが、CO2排出量がガソリン車の1/2~1/3のP-HVやEVは電気で充電が必要です。困ったことにこの条件は、火力発電よりも原発に多くの電気を頼っている現状の事情にあります。化石燃料を燃やさないクリーンな発電所が必要なのです。」と書かせて頂きました。
 
 原発を全廃するには、古い原発を順次廃炉にしていき、順次クリーンエネルギーの発電所に切り替わっていくストーリーしかないでしょう。
 早急な全廃意見は、25%の地球温暖化ガス(CO2)削減も出来ないのに、ただちに15%の節電する意味を甘く見ています。もうすでにCO2削減のマインドの高い企業・家庭は、LED電灯や省エネ家電に切り替えているのです。
 石油や天然ガスを燃やす発電所を増やす、復活させることは、直接CO2排出量も増えますが、電気でCO2を減らすP-HVやEVのエコカー優等生も優等生で無くなってしまいます。また原油価格上昇→物価上昇、価格競争力低下によりさらなる給与レベルダウンの連鎖もあるでしょう。
 太陽光発電、風力発電、その非化石燃料の発電も、技術革新を織り込みながら、停止原発分の発電規模に到達するのに何年かかるのか、その費用はどこからでるのか、日本海側の大飯原発の津波のリスクよりもっと高い、大阪、神戸の地震対策や、すでに指摘されている学校の耐震補強工事遅れの方の予算が先ではないのかと思いませんか。

 「安全が確認出来るまで、運転は認められない」という意見は正しいでしょう。上記の、これからどうすれば良いのか考えた上で、運転を認めない期間の間はどうするのか考えないと、実際の問題は解決しません。「まだまだ発電能力がある、値上げをしなくても出来る」と言う意見は、関電が嘘をついているかも知れませんが、無責任です。
 化石燃料の使用量急増がある限り、問題は解決しません。東京電力の値上げ案であの騒ぎです。また現時点では太陽光発電、風力発電はその数倍のコストです。補助金は税金から出るのです。

 原発推進を推奨しているのではありません。太陽光発電、風力発電、その非化石燃料の発電の開発をスピードアップして、国際競争力のある新発電の目処が付くまで、「事実上容認」せざるえを得ないと思うということです。原発停止以外の意見を言うことを悪とし、現実解を考えないようなマスコミの軽さがいやになります。

 とは言え、今の自分には節電することぐらいしか出来ません。~平凡な技術屋のたわごとでした。


                稲岡 利春


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【本日の作業風景】~Inaoka

・資材倉庫の西側の側壁付け工事中です。火で炙った竹なのに、何故か虫が入り込んで白い粉がこぼれてます。


・長法寺力池の3者管理竹林に入りました。古竹整理中です。暗い~。

・竹林に「アマドコロ」が咲いています



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【管理人より】 本年5月末迄のHPへのアクセス数です。 Inaoka

 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月 10月 11月 12月 合計
2012年 396 471 533 646 642 2,688
前年比 +59 +75 -21 -89 +38 +62
2011年 337 396 554 735 604 483 471 369 349 331 359 317 5,305
 
 


 

 

 48 傘寿の 竹林独り言  「それぞれの仕事をそれそれがする」 

 2012.05.30(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「それぞれの仕事をそれそれがする」 2012・05・30 (水) 晴

 参加者 : 山本、高田、松本、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡(喜)、市嶋。 [11名]



 きょうは参加者が少ないこともあって、表題どおりの一日だった。

 資材倉庫の改修。改修に使う竹材の油抜。野山竹林からの枯竹回収。新竹の先止め。竹林に散乱している竹皮の拾集。

 今日の作業は以上ですべて。
 こういう日があってよい。ないと困る。



 ということで今日はスペースがたっぷりあるので、またしても雑談を。
 先日の朝日新聞土曜版に、竹に関する記事が載っていた。竹の記事が新聞に載るのは、記憶する限りではこれがはじめてだと思う。

 竹に関する疑問の主なものは次のようなことである
 ・竹は筍で殖えていくと思っていたが、花が咲いて実ができるってほんと
 ・花は竹林ごとぜんぶ、山ごとぜんぶ、ときには全国的に咲く
 ・そして、花が咲いたら一斉に枯れる



 この疑問は次の説明で、なるほどそうだったのか、と納得する。
 ・竹はイネ科の植物
 ・イネも竹も中空で、フシ(節)があって、節のところから葉(枝)が出る
 ・花は穂になって咲く。そして実はイネも竹も「もみ(籾)」になる
 ・イネも竹も、実をつけたら枯れる
 ・イネや竹だけでなく、植物は一斉に花が咲くのが基本。サクラが良い例。子孫を作るのにそのほうが適当だから
  動物にも「発情期」がある。年中結婚式を挙げて、産科が繁盛している人間は、むしろ例外といってよい



 これを知って大言海で調べてみた。それによると、竹の籾は「じねんご(自然粇)」といって食糧になる、とある。
 そういえば戦争中、疎開で山形にいたころ、笹が一斉に花が咲いてコメと同じ籾をつけて枯れたのを見た。見たところは米と変らない。

 そして、米と同じように炊いて食べられると言われて食べた。

 戦争中の食糧難の最中だったが、食うに耐えないしろものだったことを思い出した。60年を超える昔のことである。


                山 本 律


 
 


 

 

 47 傘寿の 竹林独り言  特別寄稿「竹と私のかかわり」 

 2012.05.26(土)杉谷 保憲

 

 内村先生の原稿依頼に応えて杉谷さんが投稿されたものです。原文を掲載させて頂きました。 Inaoka


杉爺の竹林日記  特別寄稿「竹と私のかかわり」 2012・05・26 (土) 



みどりの若葉に赤や黄が・・・
ーー 竹と私のかかわりーー    NPO法人竹の学校 理事長                 杉谷 保憲

 私のTV局での生活が終ったのは65歳、長崎でのことであった。長崎での暮らしが10年にも及んだ。それまでの大阪高槻の家は旧くなったので、「終の棲家」を定めなければならなかった。住み慣れた関西にしたい。長年の友人である建築士が長岡京市の竹林の隣接宅地を推薦してくれた。それは市内有数の篤農家によるタケノコ畑であり、よく手入れがされていた。それを借景にして暮らし、朝な夕なタケノコ作りの作業を眺めることとなった。5月、タケノコを生み終えた竹は若葉に光り輝いている。

 長岡京市をふくむ京都の西山一帯は古くからの京タケノコの産地であるが、そのタケノコ畑が近年放置され、荒れて、薄暗い竹林が増えていた。タケノコ市況が悪くタケノコ経営はなりたたず、また柔らかくて風味のある京タケノコの作り方―京都式軟化栽培―は余りにも重労働なので後継者がいなくなった結果である。それでも「竹林に入るべからず」と記されたカンバンはいたるところにある。素人が入って踏み荒らすと、野菜畑と同様だがタケノコ畑も土壌が台無しになるからである。

 2000年(平成12年)、私は68歳にして、その荒廃した竹林を整備するグループに参加した。タケノコ作りは面白そうであったが、まず自然環境を整えなければならない。そして4年後、少しタケノコ作りがわかったところで、市内の放置竹林を借り、やがてNPO法人竹の学校を創設した。同志10数人とおそるおそる暗い竹林に入った。

 放置竹林といっても数年間程度のことならもとに戻しやすい。しかし私たちが借りた竹林は地主が戦死して以来人手がかけられていないという。戦死が敗戦前後とすれば、すでに50数年を経過している。今は竹林に産業廃棄物は捨てられているし、竹は乱雑に伸び、こずえは農道においかぶさっている。すぐ横に稲荷神社の小さな祠があるが昼でも暗い。参拝するのはまるで肝試しである。

 ボランテア活動で竹林整備するためにはいくつかの条件のクリアが必要だ。各地から来るボランテイアが駐車できるスペースが付近にあるか?竹を伐採した後、焼却するのに水が容易に手に入るか?

 竹林整備にとりかかった。竹の密生度は並大抵ではない。竹と竹との間にノコギリを差し込むのが難しいほどだ。NPO竹の学校に資金が無かったのと、高齢者ばかりであったので、チェンソウは使わず健康のためにノコギリを使った。当然過酷な作業となった。それだけではない。京都式軟化栽培は間伐後の竹が間隔よく並び、竹が高くなりすぎて日照を遮ってはならない。地表にさす日光は木漏れ日程度、つまり土壌が乾燥し過ぎないのが望ましい。そのために先止めーー竹の芽をとめる。タケノコが成長して5メートルほどになって時期に、稈(幹)を揺さぶると先端が折れる。そうしておくと、高さが伸びない。遠くから眺めるとタケノコ畑はこんもりした風景になり、天空にそよぐ観光用の竹林とは様相が異なる。
 そして地上では竹の間にワラを敷く。ワラの上に土をかぶせる。つまり客土だが、他の山を崩してそのドロを一輪車で運びこむ。これが重労働だ。その後、幾度か施肥をしてタケノコの発生を待つ。

 モウソウチクは2ヶ月で成竹となり、20メートル近くに及ぶが、初年はタケノコを生まない。2年目からタケノコを生み始め、6年目には生まなくなる。その時点で切り倒す。こうした労働が一年中つづくことになる。

 あらかた伐採ができ竹林は整った。ここに市民に入ってもらい、竹林の清冽さを感じてほしい。タケノコ畑が水を蓄えて、地下水をつくることも理解してもらいたい。その学習のために遊歩道(木道)を敷いた。花壇をつくった。竹林コンサートを催した。水琴窟も手づくりで設置した。タケノコ掘りの客は他の地方からはエコツア―と称する環境学習を兼ねている。毎年、たくさんの人たちが訪れた。地元からはもちろん、東京からも九州からも。
 会員はお客様に料理用の竹箸や山野草の鉢植えをプレゼントした。やがてこの経験は竹工芸に育っていく。モウソウチクの皮をむき、竹の肉に彫刻をほどこし行灯(あんどん)を制作するのである。その技術はすばらしい。どこにそんな才能がひそんでいたのだろうか?いまや竹林から芸術品の誕生である。
 竹林に人を呼び込むだけではない。講演などの機会にPRするために、説明用のタケノコ発生の絵解きやパワーポイントで解説するパソコンの利器もつくられた。
 こんなこともあった。私は今、脳梗塞の後遺症を癒すためにあるデーサービス施設に通っている。そこに竹の学校会員5名が慰問に来るという。会員の最高齢は92歳の女性で、ドジョウすくい踊りの名手である。ほかに4名の女性会員が銭太鼓を練習している。その演技を披露しようというわけだ。銭太鼓の伴奏で踊りが始まった。腰を振りながらドジョウを追っかける。とても92歳とは思えない。蛭(ひる)を捕まえるしぐさに笑いが起こる。そうだ、当時は、竹は人の暮らしと密着していた。銭太鼓もかつては竹筒であったし、ドジョウをすくう笊も竹製品であった。
 部屋の空気が一変した。施設の中で、普段はお行儀よく静かに食事をしている60歳、70歳台の女性たちが、銭太鼓の調子にのって立ち上がった。92歳の踊り手の後について列をなして踊りだした。負けておれないのだろう。施設の職員は「杖をはなさないで!」とあわてて追いかけている。後遺症など飛んでいけ!みんな転げまわって笑った。

私はタケノコづくりのプロセスを本にした。(『京タケノコが教えてくれたー放置竹林の喜怒哀楽』京都新聞出版センター)京タケノコのおいしさの特異性を説明するのが主眼だが、竹林といえば、かぐや姫伝説を省くわけにはいかない。中国に同様な伝説があるが、それと比較しながら、竹薮にどうして幼児がいたのだろうかを考察した。その推理に一つの方向を見出して、とりあえず出版に間に合わせた。
 数ヵ月後のある日、別の要件があって方言辞典をめくっていたら、「やぶこ」項が目についた。それによると、愛媛で“やぶこ”といえば“捨て子”にことだという。なるほど。やはりかぐや姫は誰かが捨てた子なのだ。そういえば私が育った出雲地方には、竹藪のそばに赤ん坊を置いておくと元気に育つという風習があった。あるいはかぐや姫のように美人に育つという意味か。我が家には藪があった。戦時中のことだったが、私の妹は籠に入れられて藪の傍におかれた。当然、火のつくような泣き叫び方である。「よしよし、これで強い子に育つ」おばあさんは程なく抱き上げた。

 子どもを森に置くのではなく、竹藪に置くのはなぜだろうか?
 それにしても竹はなぜ人里近くに群生し、奥山にはないのだろうか?

 5月、竹の秋。タケノコを終えて落葉が続いているが、それと同時に若葉が全面に顔を出している。竹は面白いなあ。タケノコ畑は早くも再生に躍動している。美しいなあ。今日は、そのタケノコ畑にたくさんの黄色い帽子をかぶった子どもたちがいる。小学生だ。赤や青のセーターで竹林は色彩豊かだ。「竹林に入るべからず」とはタケノコ農家の鉄則であったが、この篤農家も子どもたちに開放しはじめたのかもしれない。人が畑に入らなければ荒廃を防ぐことはできない。子どもたちにタケノコ畑を知ってもらわなければ、後継者は育たない。タケノコの経済的な条件はあるけれども、放置竹林化してしまっては元も子もない。まずは竹林所有者の意識が変わることが先決だ。
 竹という日本文化を代表する植物とのかかわりを振り返ってみると、私は人と人とのつながりを強くしてもらったようだ。

                                                 (2012・5・25)

 
 


 

 

 46 傘寿の 竹林独り言   「55人の竹林作業」 

 2012.05.26(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言  「55人の竹林作業」 2012・05・26 (土) 晴



 参加者 : 山本、塚崎、川路、高田、尾崎、松本、野本、窪田、錦織、澤、池田、原、濱上、世良田、大西、

       小椋、林、竹内、稲岡(喜)、市嶋。 [21名]

ビジター : NTT労働組合のボランティア 33名、長岡京市市役所職員 1名



 朝のうちは風があって爽やかだったが、作業が始るころは夏日を思わせる暑さになった。

 今日は情報労連京都地区協議会の竹林整備活動の実地体験ということで、NTT労組の方々33名が竹林に入った。竹の学校のメンバー21名とあわせて、合計54人。竹林コンサートでは何百人という人が集まるが、竹林の整備作業にこれほどの人数が集まったのははじめてではないか。

 主としてB竹林(一部はC竹林)で、竹の間伐3班(リーダー野本・林、竹内・窪田、世良田・塚崎)、竹の穂先整理(先止め)と焼却場までの運搬1班(リーダー松本・錦織)、枯竹の運搬1班(リーダー濱上・市嶋)、竹の焼却1班(リーダー高田・山本)、昼食の豚汁の準備と食事全般1班(リーダー池田・川路) の7班に分れて作業に入った。



 竹林整備といっても特殊な知識や技術はいらない。必要なのは、やる気と体力である。その点、きょう来られた皆さんは申し分なかった。こういう人たちが竹の学校のメンバーにおられたら我々の作業はずいぶんはかがいくだろう。(と書いて、「はか」ていったい何だろうと思って辞書を引いてみた。「はか」の項に「捗」とある。捗る、進捗、なるほど。「はかがいく」は「捗る」である。)



 昼色のとき窪田さんが 「土入れのときに来てくれはったらええのになあ」と言った。グループのリーダーらしい人に、雑談まじりに言うとあんがい真面目な顔で 「竹林にはそんな仕事があるんですか」と言われた。まだ半年も先のことだから何とも言えないが、話の次第では実現する可能性はなくもない、という印象だった。

 スケジュールでは午後も作業をする予定だったが、暑いのと昼食に缶ビールを飲んだせいか、まだ残っている筍を掘りに数名が参加しただけで、昼食後はみなのんびりと雑談して時間をすごした。

 午後3時、一同散会。先方も当方も 「ありがとうございました」と言い交わして別れた。
 暑くて汗びっしょりになったけれども、爽やかな一日だった。


                山 本 律


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【本日の作業風景】~世良田さん撮影

・本日のビジターさんです。


 
 


 

 

 45 傘寿の 竹林独り言   「竹の秋」 

 2012.05.23(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言  「竹の秋」 2012・05・23 (水) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、高田、松本、野本、窪田、錦織、澤、濱上、世良田、竹内、高橋、市嶋。 [13名]



 私(山本)の家の周りの竹林は、全体が黄ばみはじめて葉が風に舞っている。季語でいう「竹の秋」だ。

 だが竹の学校の竹林は、葉がまだ青々としているし、まわりにも葉が黄ばんだ竹林は見られない。一口に「竹林」というが土の質や日の当り具合によって微妙に差が出るらしい。

 我々の竹林も間もなく黄葉がはじまる。黄色くなった竹の葉が、くるくると風に舞って散るところを眺めるのはいいものである。桜の花吹雪とはまた違った風情がある。

 一般に樹木は、秋に葉が散って冬を迎えて、春になると芽を吹いたあと、今の季節は青葉若葉になるが、竹は黄葉と若葉が、同じ時期に入れ替わる。竹はイネ科の植物で木ではないからだというが、それにしても、面白いというかふしぎな植物である。

 竹林の黄葉は土質や日当りによって差が出るらしい、といったが、筍も同じ乙訓でも採れた場所による違いがあるはずである。

 塚原の筍が、おいしくて有名なのは土が白粘土だからだという。塚原の筍は一度食べただけだが、確かにおいしいが、我々が育てている筍とくらべてどれくらいおいしいか、となると、何ともいえない気がする。竹の学校の竹林の筍は、それを育てた苦労と愛着から、私たちは「塚原の筍とそんなにちがわへんで」と言っているが、実際もそうではないかと思う。



 杉谷さんがメールを下さった。

 「竹の専門誌を発行している内林悦三さんからの依頼で原稿を送りました」と書いて、杉谷さんご自身の、竹林整備に関わりを持つことになったいきさつや、いま私たちが入っている竹林が、50年あまりも放置されたままの竹林で、鋸も入らないほど竹が密生していたことなどを書いてよこされた。

 その当時の竹林を知っているメンバーは、私を含めてほとんどいなくなったことを思って、竹林日記の特別号として竹の学校のメンバーに転送してよろしいかとお聞きしたところ、「山本さんのご自由に」という返事だった。

 ぐうたらな私のことだから、いつとは言えないが、近いうちに皆さんに転送しようと思っている。


                山 本 律


 
 


 

 

 44 傘寿の 竹林独り言 「筍掘りのあと始末―part3」 

 2012.05.19(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「筍掘りのあと始末―part3」 2012・05・19 (土) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、杉谷、高田、松本、野本、窪田、錦織、澤、濱上、稲岡、稲岡(喜)、高橋、市嶋。 [14名]



 表題は「筍掘りのあと始末」だが、あと始末よりも次の段階の作業に近い。休憩時の打合せでも、間もなく始まる先止めが話題になった。そのためか、先止めのテストというか、復習のようなことをする人がいた。市嶋君が見ていたから、彼が先止めのことを尋ねたのだろうか、そのやり方を見せていたのかもしれない。

 先止めは私(山本)もやったことがあるが、今日、あらためて人が揺するのを見て、揺する大きさ(振幅)よりも、揺する加速度が決定的だと思った。ただゆさゆさと揺すっただけでは思うように折れないが、急激にがくっと揺すると、案外あっけなく折れる。竹林作業のほとんどは習うより慣れろだが、先止めもそうである。あの要領は聞いたり見たりしただけではわからない。失敗を何度も経験して、自分でその要領を会得しなければできない。

 それはともかく、間もなく先止めの作業が始る。そして年号入れも。



 来週の土曜日5月26日に、情報労連京都地区協議会という団体が、竹林整備活動の実地体験を竹の学校の竹林で実施する。

 参加人員 約30人。

 昼食をかねた交流会があるから、豚汁(?)を当方で用意する。そのほか、活動場所の見学、作業の説明等にかなりの人員が必要なので、当日はできるだけたくさんの方の出席をお願いする。できたら20名ほどは出席していただけると有難い。どうぞよろしく。

 当日雨天のときは中止。

 以上世良田さんからの連絡と要請です。 


                山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka

竹行灯の先生が募金箱を作っています  ・新倉庫の西側の壁を作っています。完成が楽しみ~。






・竹行灯用の極太竹筒です        ・新倉庫の壁用の竹を炙っています。


・先止めに使うロープを押し上げる竿竹 ・西側倉庫の中に侵入者(竹)です。これは生かしません。
を確保しました。                屋根のビニールシートを突き破りそうです。

 
 


 

 

 43 傘寿の 竹林独り言 「筍掘りのあと始末―part2」 

 2012.05.16(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「筍掘りのあと始末―part2」 2012・05・16 (水) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、高田、松本、野本、窪田、澤、濱上、世良田、竹内、稲岡(喜)、市嶋。 [12名]



 月曜の作業がなくなっただけなのに竹林に入るのが久しぶりの気がする。慣れるとはこういうことを言うのだろう。



 筍掘りのあと始末がなお続く。筍はまだ出るし、剥れ落ちた竹の皮を集めねばならないし、育ちすぎた筍(もう竹の子ではない、竹である)を切り倒す作業がある。

 また、正確にはあと始末ではないが筍のシーズン中は手をつけるひまがなかった仕事がある。資材倉庫の改装中、放置していた資材を整理してもとに戻す作業、倉庫の周囲の排水路を作り直す作業など。それに竹材の焼却が久しぶりに始った。

 枯竹を燃やして気温が高くなったと気がついた。寒いときは手を火にかざしていたのが、きょうは焼却炉に近寄るだけで熱い。

 同じくB竹林でも竹の焼却が、高田さんの担当で始った。

 やがてそのうちに、今年親竹になった竹の先止めが始まる。そして筍ができなくなった竹の伐採も。サバエも刈らねばならないし、そうこうするうちに肥料撒きが始まる。よい筍を育てようと思うと一年中、竹林、というより筍畑の手入れが欠かせない。



 またしても余計な無駄話をする。

 ずっと以前からだが、テレビやラジオのアナウンサーの喋り方が、ものすごく早口になったことに気がつく。

 限られた時間に大量の情報を伝える必要からやむを得ずこうなったのだろうが、歳をとって耳が遠くなった私には、何を喋っているのか、声は音として聞えるが言葉の意味が聞きとれない。わが家ではテレビはほとんどつけっぱなしだが、私は見たことがない。

 竹林コンサートの司会者に、天白真理子さんという女性がおられた。私と同じ高台にお住まいなので、普段からよく話をした方である。

 天白さんは「わたしは地元の言葉を地元の話し方で話したいのだが、何分何秒で話せと言われても、あれではわたしの心が伝わらない」と嘆いておられたのを覚えている。

 話し方というより喋り方が速くなったと同時に、言葉や表現自体が薄っぺらになったと思う。じっくりと耳を傾けたくなる言葉や表現が少なくなった。原稿を作る人、それを声に出して相手に伝える人の感覚がそうなったのだと思う。

 極端な例だし、テレビのアナウンサーは決して使わないが、ダサイ、ウザイ、ヤバイなどは、これでも日本語かと思う。


                山 本 律


 
 


 

 

 42 傘寿の 竹林独り言   「筍掘りのあと始末」 

 2012.05.12(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「筍掘りのあと始末」 2012・05・12 (土) 晴・一時小雨

 参加者 : 山本、塚崎、杉谷、川路、高田、尾崎、松本、野本、窪田、澤、池田、原、濱上、大西、

       小椋、林、竹内、稲岡、稲岡(喜)、高橋、市嶋。 [21名]



 きのう今日と、これが5月かと思うほど肌寒い。冬の時期は気温が10℃を超すと暖かいと感じたが、あれはコートを着なくてもよい程度の気温だっただけで、本当に暖かかったわけではない。今日は朝7時の気温が12℃、しかも北風。寒くて当り前である。



 先週の土曜日のファミリーサービスデーが済んで筍掘りが一段落したあと数日は参加者が一桁だったが、今日からもとに戻った。

 ほとんど全員が、掘り残して竹になった筍の切り倒しと、それを竹林の外に運び出す作業に携わった。しかし、まだ食べられそうな筍が、けっこうたくさん残っていて、それは筍として掘り出して、ほしい人がほしいだけ持って帰った。

 一方でシイタケのほだ木にシイタケの菌種を打ち込む作業が続いている。これは今日で完了した。



 数日前の京都新聞に、「乙訓でタケノコ豊作」という記事が出ていた。ご覧になった方がたくさんおられると思う。

 この記事ではないが、雨後のタケノコといわれるが、タケノコは雨が降ったあとではなく、秋に降った雨の量に左右されるという。

 つまり筍の芽が出る時分に雨が多いと、筍がよく育つのだという。昨年は9月10月の雨量が平年より多く、気温も高めに推移したために、筍をはぐくむ地下茎が、養分を豊富に蓄えられたことが挙げられる。昨年が不作だったために、親竹が余力を十分に残していたことも大きいという。また、今年は春先の寒さで筍の育ちが例年にくらべて、約1週間ずれこんだが、すぐ遅れを取り戻して、太り具合もよかったという。

 私たちの竹林も、まったく同様である。こんなに太い筍がこれほどたくさん、しかも一挙に出たのは、私(山本)の5年間の筍掘りの中でははじめてである。



 前回も書いたが、来週から月曜の作業がなくなって水曜と土曜だけになる。時間を持てあます人が出てくるのか月曜の作業がなくなってホッとする人が出てくるのか。私は…。


                山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka、月曜の作業がなくなると、HPの更新の負担(1週間の半分)が減ってゆとりが出来ます!

親竹が数日でこんなに伸びてます 
・伸びすぎたタケノコの処理中です 





・エコツアーも終わり、いつものミーティングに戻りました

・「こらさ」での総会に向けた理事会の
 様子です

 
 


 

 

 41 世良田さんの竹林日記 「たけのこ畑の整理作業開始」 

 2012.05.09(水) 世良田芳弘

 

竹林日記 「たけのこ畑の整理作業開始」 2012・05・09 (水) 曇り時々小雨

 参加者 : 松本、竹内、高橋(も)、稲岡(喜)、世良田。 [5名]



 今日は月、火、水曜日と連日となり休みでもよかったのですが、5名の参加があり、たけのこ堀する人、B,C地区の竹林の親竹を残し、不要のたけのこの整理をする人、のんびり作業をしてました。 10時ごろに小雨があり、10時過ぎには散会となりました。

 たけのこもほぼ出尽くしたようで、よいたけのこを探すのが大変でした。これからはたけのこ畑の整理作業を開始し、掘った穴を埋めてなだらかにしたり、散策道の踏板を並べたり、大きくなったタケノコを処理したりする作業が待ってます。

 今年は枯葉が散り始めてますが、少ないように思われます。 もう竹藪は蚊が出てきており蚊取り線香が必要になってます。



 エコツアーは8日で終わりました。皆さんの協力いただきありがとうございました。 おかげさまで大人100名、子供35名の入山者があり、竹林に親しんでいただき、有意義であったと思います。 またいろいろと反省する点の多かったように思います。たとえば、もっと放置竹林のことや、園児同伴の若いお母さんにたけのこの湯がき方、料理の仕方等も入れたらもっとタケノコを好きになっていただけるような気もします。子供にもっと竹林に親しんでもらえるようにすることも私たちの責任かもしれませんね。これからも皆さんのいい知恵を待ってます。


             世良田芳弘


 
 


 

 

 40 傘寿の 竹林独り言

「子ども連れのお母さんの筍掘り
   ―その2」
 
 

 2012.05.08(火) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「子ども連れのお母さんの筍掘り―その2」 2012・05・08 (火) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、松本、野本、窪田、錦織、原、濱上、世良田。 [9名]

 ゲスト : インファントroom さくらんぼ 大人20人、2~3歳の幼児21人



 昨日に続いてきょうも子ども連れのお母さんが竹林にきた。昨日よりやや幼い2歳から3歳の子どもを連れてである。場所は乙女の丘。

 乙女の丘は昨日の竹林コンサート跡と違って、わずかに頭を出しただけの筍がたくさんある。中には抱きつくほど太いが、横向けに生えているので皮も黒くないみごとな筍があった。

 子どもは何を掘っているのか多分わからないだろうが、30cm近い筍を抱えてお母さんと写真を撮ってもらって、お母さんが喜んでいる。

 グループに、去年も来ていて私を覚えているお母さんがいた。そういえば去年も乙女の丘で筍掘りをした子ども連れのグループがあった。きっと楽しかったのだと思う。2年続けての来訪、結構なことである。



 今回のことではないが、この竹林日記の表題「傘寿の 竹林独り言」の傘寿の読み方と意味がわからない人がときどきいる。

 いまさらとは思うが、ひと言説明しておくのも無駄ではないと思う。

 傘寿は「さんじゅ」と読んで、八十歳のことである。傘の字は略して人の下に十を書くことがある。

 七十七歳を喜寿(七を三つ重ねて書く)、八十八歳を米寿、九十歳を卆寿、九十九歳を白寿(百から一をとって白)などと同じである。

 だが、この傘寿は来年は使えない。私が来年も竹林日記を書くという保証はどこにもないが、ともかく今年だけの表題であることだけは間違いない。こんな年寄りが、こうして竹林で作業をしていられるのは、幸せというほかない。


                山 本 律


 
 


 

 

 39 傘寿の 竹林独り言 「子ども連れのお母さんの筍掘り」 

 2012.05.07(月) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「子ども連れのお母さんの筍掘り」 2012・05・07 (月) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、松本、野本、窪田、錦織、濱上、世良田。 [8名]

 ゲスト  : <かぞく応援> せきゅりてぃー ぶらんけっと  田中ゆか 
       大人7名  子ども6名(5歳2人、4歳2人、2歳1人、間もなく2歳の幼児1人)



 朝のうちは肌寒かったが、間もなく体を動かすと汗ばむほどの陽気になった。


 私(山本)が聞き漏らしていたのだが、今日は上記の団体が竹林に入った。

 竹林はいたる所に人の背丈ほどに伸びた筍(もう筍ではない)が林立しているが、よく見るとまだ食べられそうな筍が頭を覗かせている。

 お母さん方が慣れない手つきで筍のまわりの土を掘っている。この時季の筍は深いところから出ているので、少々掘っても根が見えない。すでに掘ったあったサンプルを見せて、「これぐらい深く掘らないとホリが根に当たらないよ」と言われて驚いている。

 でも、筍をなまで食べたりして、いい体験をされたと思う。これからは八百屋の店先に並んでいる筍を見る目が変わるに違いない。
「こんなにたくさん、とても一日では食べきれませんね」と言いながら、筍の入った袋を重そうに抱えて帰られた。お疲れさまでした。

 明日はもう一団体、今度はきょうよりもう少し小さな幼児をつれたお母さん方が竹林に入る。そして同じような体験をして帰られる。

 こんなことは「竹の学校」だからできるので農家の竹林ではできない。農家の竹林は筍を掘るどころか、中に入ることもできない。


                山 本 律


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【本日の作業風景】~「せきゅりてぃー ぶらんけっと」様よりご提供頂きました。Inaoka

・ちびっ子達のかわいいエコツアーです。 覚えていてくれるかな?
















 
 


 

 

 38 傘寿の 竹林独り言 「ファミリーサービスデー」 

 2012.05.05(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「ファミリーサービスデー」 2012・05・05 (土・子供の日) 雲ひとつない快晴

参加者 : 山本、塚崎、杉谷、高田、尾崎、松本、野本、窪田、澤、濱上、世良田、大西、小椋、林、

      竹内、稲岡、稲岡(喜)。 [17名]

ゲスト  : メンバーのご家族13人



 本当なら2日の水曜日が5月最初の作業日だが、あいにく雨だったので、きょうが最初の作業日になった。そしてファミリーサービスデー。毎年この日でその年の筍掘りが終る。といって筍が出なくなるわけではないから、まだ食べられると思うのは掘る。だが今年は筍の育ちがよすぎる。これでは今年の筍掘りはきょうが事実上の最終日になりそうだ。

 驚いたのが集会場所の筍の伸び方。4月25日の竹林日記にも書いたが、あのときは50cmばかりだったのがきょう見ると2mを超すほどになっている。10日間に150cm、1日に15cmほど伸びた勘定である。



 松本さんが、真横に生えた筍を見つけた。当然のこと根はもっと深いところにあるはずだから、どこからどんなふうにして真横に曲ったのか調べてみようと、松本さんに代って私(山本)が掘りにかかった。だが、いくら掘ってもヒゲ根も見えない。ホリで探っても地下茎に当らない。

 筍自体は浅いところに横たわっているからホリで揺するといまにも掘れそうに動くが掘り上らない。汗はかくし腰は痛いしで、途中で諦めてホリを力まかせに差しこむと、ザクザクバキバキと音がして無残な姿の筍が出てきた。根はさらに20㎝ほど下にありそうだったが、そこまで掘り起す気になれずそのまま土に埋めた。

 その筍は私が頂いて帰って、いま茹でている。みごとな筍である。明日 「じきたけ」にして食べよう。てんぷらにしてもよいし、先の柔かいところは木の芽和えにしよう。料理は女房がすることが多いが、私がすることもある。女房が昔栄養士だったおかげで、私も見よう見まねでいろいろ教わった。

 この間葺き替えた資材倉庫の屋根の軒端を、真下に生えた筍がずらしている。筍の、というより自然の力というのはすごいものである。せっかく生えた筍を切ってしまわずに、屋根をこの部分だけ葺き替えよう、ということにした。



 お知らせを二つ
 ・3月26日からはじまった月曜日の作業は、5月7日の月曜で終り。
  5月16日(水曜)から通常の作業日に戻る。

 ・5月8日(火曜)に、「インファントroom さくらんぼ」から、2~3歳の幼児20人と、その母親20人が竹林に来る。
  正規の作業日ではないが、出られる人は出てください。
  筍がちょっと大きくなりすぎたが、お母さん方に筍掘りを体験してもらえれば幸いである。
  このため来週は月・火・水と3日連続の作業になるが、どうぞよろしく。


                山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka

・ファミリーサービスデーの記念撮影です。 




・新倉庫にタケノコの奇襲です。
・屋根と縁材を持ち上げています。


・このタケノコは生かすため、屋根を変更する
 とのこと。


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【管理人より】 本年4月末迄のHPへのアクセス数です。 Inaoka

 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月 10月 11月 12月 合計
2012年 396 471 533 646 2,046
前年比 +59 +75 -21 -89 +24
2011年 337 396 554 735 604 483 471 369 349 331 359 317 5,305
 
 


 

 

 37 傘寿の 竹林独り言   「豊作より飽作」 

 2012.04.30(月) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「豊作より飽作」 2012・04・30 (月・祝日振替休日) 曇

 参加者 : 山本、塚崎、松本、野本、窪田、錦織、澤、原、濱上、世良田、小椋、

       稲岡、稲岡(喜)、高橋、市嶋。 [15名]

 ゲスト  : 堀尾さん家族 8人、オムロンレディー 3人、米澤さん 2人。 計13人



 今日で4月は終り。明日から5月。季節の区分で言うと5月は春だが、初夏のほうがぴったりくる。



 私(山本)は28日の土曜日を休んでいるので、5日間竹林に入っていない。きょう5日ぶりに入って筍の出かたに驚いた。すでに皮が黒くなった筍が、文字どおり林立している。とてもじゃないが、こんなのは掘りきれるものではない。

 といって放置するわけにいかないから、片っぱしから掘りにかかった。この季節になると地中深くの地下茎から 伸びてきた筍ばかりだから根が深い。いくら掘っても根が見えてこない。しかも20センチに近いほどの太さだから、どこに地下茎があるのか探り当てるのに苦労する。

 今年は春先の気温が低かったから、筍の出はじめが遅かった。今年は不作とちがうか、と心配したものだが、4月に入ってからの気温の高さと雨の降りようで、いっせいに出はじめたと思うとこの出かたである。これでは豊作どころか飽作といってよいくらいだ。

 我が家では先日頒けてもらった筍を、まだ食べきれずにいるからこの上さらに頒けてもらうわけにいかない。だが、エコツアーの申込みがまだ続いているから、その意味では喜ばしいことではあるが。

 自然を征服する、などと思い上ったことを、よくも言ったものだ。筍一つでさえコントロールできなくているのに。



 スペースにまだゆとりがあるので、前回の徳富蘆花の小説をなぜ「ほとぎす」というのかを説明しておく。

 ほととぎすという鳥を私は見たことがないが、口の中が赤いのだそうである。「啼いて血を吐くほととぎす」という言葉があるくらいである。

 主人公川島武男のいいなづけ浪子さんは、結婚してから肺結核になって川島家から離縁を言い渡される。

 肺結核に咳と喀血は、必発といってよい症状である。小説にはそこまでは書かれていないが、浪子さんは喀血したと思って間違いない。

 この小説を読んだ人は、浪子さんは喀血したと理解したはずである。

 もうお解りだろう、ほととぎすイコール喀血イコール肺結核なのである。そしてそのために浪子さんは離縁させられるのである。

 美しい八重桜が、とんでもない話になってしまった。重苦しい話をしてごめんなさい


                山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka

・本日のゲストさんたちです
・今日も、曲がったタケノコです
・やはり、深くてなかなかヘソに
 届きません




・椎茸栽培用のホダ木への菌打ちです
 時期が時期だけにあせっています~
・種駒です
 約600個も打ったとのこと!
・ホダ木に下穴あけて、種駒を打ち
 込んでいきます

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【久しぶりのニュースです】 お隣の藤下さんの竹林に狐の横穴が・・・ Inaoka

・左端が我椎茸コーナーです。近い~!穴は7・8個あります
・我竹林側から見たところです

・穴の中を覗いて見ました
・フラッシュ撮影すると何やら生活の匂い
・なんと、チェンソー用グローブを持ち
 込んで子育てをしているようです

 


 

 

 36  傘寿の 竹林独り言 「ゲストの案内と支援で手いっぱい」 

 2012.04.28(土) 山本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「ゲストの案内と支援で手いっぱい」 2012・04・28 (土) 晴 夏日

参加者 : 塚崎、杉谷、川路、高田、松本、野本、窪田、澤、池田、林(重)、濱上、世良田、大西、

      小椋、林(哲)、稲岡、稲岡(喜)。    [17名]

ゲスト  : 一と百の会 7人、松井さん関係 2人、泉ケンタ議員関係 4人、高見市市議会議員 7人、

      濱上さんのお嬢さん            計21名



 今日は私(山本)が小学校の同級生の集りで竹林を休んだ。この竹林日記は、従って私の記録ではなく世良田さんからのメールによって山本が作成している。

 驚いたのはゲストの人数。竹の学校のメンバーよりゲストのほうが多い。

 その一方で、シイタケの菌打ち作業が並行している。野本、高田、澤、小椋の4名。これも早くしないと時季を失する。

 今日の竹林日記の標題は、世良田さんのメールを見て山本が勝手につけた。多分こうだったろう…、と。お疲れさまでした。


                山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka

・タケノコとのもぐらたたきゲームに完敗
 掘っても掘っても出てきます
・しかも深い所から地下茎を避けて
 出てきた変形タケノコが多いです

・おじいさんと孫?いや父娘です
 仲良くてうらやまし~



・ゲストの衆議院議員の泉さんと秘書の方々です。完全に童心に帰ってますね。





 
 


 

 

 35 傘寿の 竹林独り言 「出るわ出るわ 夏日の筍」 

 2012.04.25(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「出るわ出るわ 夏日の筍」 2012・04・25 (水) 晴

 参加者 : 向井、山本、塚崎、川路、尾崎、松本、野本、窪田、錦織、澤、池田、原、林(重)、濱上、

       世良田、竹内、稲岡(喜)、高橋、市嶋  [19名]

 ゲスト : オムロン 9名、(名前を失念)1名



 筍の掘出しに追われて竹串差しに手が回らないのか、串がほとんど見当たらずに筍が至るところに頭を見せている。注意して足元を見て歩かないと踏みつけそうになる。文字どおり手当り次第の筍掘りである。

 きょうの予想最高気温は26℃。夏日である。もっとも、午前11時30分の竹林の気温は22℃。最高気温は午後3時から5時ごろに出るから竹林もそのころには少なくとも25℃にはなっていると思う。この気温で明日は雨。まだまだ筍が出そうだ。

 集会場所の腰掛板のすぐ前に、先日から太い筍が出ている。きょう見ると、一昨日見覚えのあるところからさらに4㎝ばかり伸びている。

一昼夜に2㎝ほど伸びた勘定である。大言海に 「たけ」は丈高く生うる、より出ずるか、とあるとおり、すごい成長速度だ。



 久しぶりに向井さんが出てこられた。相変わらずゆで卵を持ってきてくださった。

 大正9年の生れだという。91歳とはとても見えない元気さである。耳の聞え方など私よりしっかりしておられる。いまも「どじょうすくい」に精を出しておられるという。「向学心を失わずにいると気持も体も若くていられる」と。そして私の歳を聞いて 「あんたも若い」



 いま八重桜が真っ盛りである。図書館の南側の土手に10本ほど植わっているが、八重桜は花がかたまって咲くせいか土手全体がすべて花になって見える。それと八重桜にもいくつか種類があるらしくて、ここの八重桜は花の色が濃い。見事なことは見事だが、これほど多いと色が濃いだけに見事を通り越して少しくどい。爽やかさがない。

 古い話で恐縮だが、徳富蘆花の作品に「不如帰(ふじょき)」というのがある。ほととぎすのことだが、この小説がなぜ「ほととぎす」なのかを説明するスペースがない。主人公の川島武男という海軍の軍人と、肺結核で亡くなった浪子さんという女性との悲恋物語である。

 二人がまだいいなづけ、許婚者だったころ、武男が浪子さんとその友達が集った席で歌(当時は歌といえば和歌)を詠むことになった。

 そのくだりが面白い。
「しつこしと …笑っちゃいかん。 しつこしと 人は言えども 八重桜 盛り長きは 嬉しかるべし」
 思いがけない歌の詠み出しに、女性たちがくすくすと笑ったのであろう。

 八重桜は、色は濃いし花の盛りは長いしで、人はしつこいというけれど、あの盛りの長さは嬉しいではないか、ぐらいの意味かと思う。

 図書館の土手の八重桜を見るたびに私はこの歌を思い出す。


                山 本 律


 
 


 

 

 34 傘寿の 竹林独り言 「汗をかきながらの筍掘り」 

 2012.04.23(月) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「汗をかきながらの筍掘り」 2012・04・23 (月) 朝のうち曇 のち晴

参加者 : 山本、塚崎、川路、尾崎、松本、野本、窪田、錦織、池田、原、濱上、小椋、竹内、高橋、市嶋。 [15名]



 天気予報では午前中雨だったが、朝起きてみると道は濡れているが雨は降っていなかった。

 気温が高い上に湿度も高くて、筍を掘りはじめるとみるみる汗がにじみ出てきた。冬もののジーンズジャンパーを着たまま作業していると 「暑うないか、見ただけで暑そうや」という人がいた。私も脱ごうかと思っていた矢先だったのでその場で脱いだ。背中を風が通って涼しい。



 串を差すまでもなく、見ただけで筍がほうぼうに頭を出している。そしてどれもこれも太い。去年もこんなに太かったか、と思うほどだ。

 もっとも竹林全部を見たわけではなく竹林コンサートの会場跡を見ただけだから断言はできないが、去年もここを掘っているからその記憶でいうと去年よりも太いと思う。 「自慢やないけど、ここの筍はおいしいで」と言う人がいた。私も同感だ。



 またしても箸にも棒にもかからないつまらぬことを書く。

 きのう所用で京都市内に出た。京都市内に出ると私は必ず「イノダ」でコーヒーを飲むのがクセになっている。

 店に入ると12,3人の団体客が入っていた。アルコールが入っているらしくてその声の大きいというよりやかましいこと。私は女房と二人で入ったのだが、向い合わせに座った女房の声が聞きとれないほどだった。

 日本人は団体になると声が大きくなる。アルコールが入るとなおさらである。日本にはドンチャン騒ぎという言葉があるように、座が賑やかにならないと盛り上った気分にならないらしい。酒の席ならともかく、コーヒー屋であそこまで大声でわめきたてないと気がおさまらないとは困ったものである。酒は静かに飲むべかりけりという言葉があるぐらいなのに、コーヒー屋であの大声はマナーも何もあったものでない。

 最近は見かけなくなったが、昔は名曲喫茶というクラシックを聴かせる喫茶店がほうぼうにあった。曲がかかっているときにものを喋ると、口に指を当てて注意されたものである。



 28日の土曜日は私(山本)は休ませてもらいます。  


                山 本 律


 
 


 

 

 33 傘寿の 竹林独り言   「筍の掘出しに追われる」 

 2012.04.21(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「筍の掘出しに追われる」 2012・04・21 (土) 曇・うす日

 参加者 : 山本、塚崎、杉谷、川路、高田、尾崎、松本、野本、池田、原、濱上、世良田、荒木、大西、

       小椋、竹内、稲岡、稲岡(喜)、高橋。安田。 [20名]

  ゲスト : 一と百の会・やろうじゃないか 10名



 昨日の天気予報では、今日は午前中は雨だったが、雨は昨日のうちに降って今日は曇り空で薄日が差す日和になった。

 朝、竹林に入ると作業道の脇に、ざっと見て7,8本の串が差してある。これが竹になったら邪魔になると思って、それの掘出しにかかると野本さんから声がかかった
「そんなとこはどうでもいいから、こっち(乙女の丘)を掘って」
 見ると串が林立している。私(山本)は、いま差し迫って必要なことは何か、の視点(頭も)がずれているようである。

 早速本来の筍掘りにかかった。見ると串を差していない筍が、方々に頭を出している。昨今の気温と雨で一挙に筍が育ちはじめたのだ。道端の筍を、のんびり掘っているどころではない、本来の竹林の筍を早く掘らねばならない。



 きょうは土曜日ということもあってか、ゲストがたくさん入山しておられる。たまたま隣におられた人に、「どちらのグループですか」と聞くと「やろうじゃないかです」と答えが返ってきた。聞いたことのないグループだと思ったが、「一と百」のグループの一員だとわかった。

 上の段で掘っておられたらしくて、皆さん結構りっぱな筍を抱えて下りてこられた。



 杉谷さんが見えた。杖はついておられるが、足どりがかなりしっかりしておられる。上の段からの坂道を下りる足どりを見て
「わたしの歩き方とそんなに違わない足どりですね」
 と言うと
「そんなことはないですよ」
 と謙遜しておられたが、見ていてはらはらするような足どりではなかった。時間はかかるだろうが、着実に回復しておられる。



 前回の竹林日記に書き漏らしたことを二つ。
 
 5月5日(土曜日)を、恒例の「ファミリーサービスデー」とすることが決った。ご家族をはじめ、ふだん竹林に入る機会のない親族の方々に声をかけていただけると幸せです。

 5月8日(火曜日)に、「インファントroom さくらんぼ」の皆さんが竹林に入る。2~3歳の幼児20人と、その母親20名。
 10時30分から、ほぼ午前中。(当日雨なら翌週15日火曜日)
 私たちの作業日ではないが、出られる人は出てください。
 筍はもう終っているかとは思うが、採れるなら採ってもらって結構だし、子供たちを竹林で自由に遊ばせてあげるのも、竹の学校の事業のひとつである。


                    山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka

今日のかわいいビジターです
 計量結果に興味深々?
・いつものミーティングではなく
 一と百の会の皆さんです
・シーズン半ばになると、こんなのが
 出ます。1本4.5~5.0kg!!

 
 


 

 

 32 傘寿の 竹林独り言 「筍の掘り出しに専念」 

 2012.04.18(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「筍の掘り出しに専念」 2012・04・18 (水) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、川路、高田、尾崎、松本、野本、窪田、錦織、澤、池田、林(重)、辻井、濱上、

       世良田、荒木、小椋、林(哲)、竹内、高橋、市嶋。 [21名]

 ゲスト  : 島津OB 3名



 雲ひとつない晴天。気象用語でいう快晴。しかし遠くの山がうっすらとかすんでいる。春霞である。和歌では 春霞たなびきにけり などと優雅な言い方をするが、実は黄砂である。昔の人は黄砂などいう現象を知らなかったから、のどかな景色と捉えたのである。



 晴天で、しかも筍の真っ盛りとあって全員に近いメンバーが集まった。そして出る筍が、みな太くて大きい。塚崎さんは抱きかかえるような筍を掘り出した。という私もそれに近いのを掘り出した。1本で2kg以上はあったと思う。しかしこんな筍は大きすぎて贈りものにならないからB級品である。私はそれと、それよりやや小ぶりの筍2本を以前からつきあいのある京都市内のイタリア料理店に持って行った。ここは毎年この季節に筍を持って行く。

 イタリアは筍がないから筍料理はない。しかしこの店では、筍を使ったスパゲッティを食べさせる。さすがは京都のイタリア料理店である。といっても私が持って行った筍は店では使わない。店には大きな鍋がある上に調理人がいるから、店で茹でてオーナーと従業員が食べる。ウェイトレスの女性は私を「たけのこの山本さん」と言う。私が筍に見えるらしい。

 この店でイタリアのワインを飲んで食事をするのが、私たちの家族3人の楽しみである。これも私が、図らずも竹の学校のメンバーになったおかげである。この店は女房の友人の紹介で知った店だが、私が竹の学校のメンバーになっていなかったら、ただの「イタメシ屋」である。



 楽しい話のあとに哀しい話で恐縮だが、数日前の京都新聞に、今回の祇園で起きた交通事故の記事に関連して、パニックという言葉が、何回も出ていた。

 ギリシャ神話に、「牧神パン」という神がいる。神といいながら、ぐうたらで怠け者で、昼寝ばかりしているらしいが、昼寝の邪魔をされると腹を立てて暴れまわって人や家畜を恐怖、混乱に陥れるという。「パニック」は牧神パンが語源だとあった。

 「パン」というのはギリシャ神話に出てくる牧神だとは、以前から知っていたが、そんな神だとは知らなかった。英和辞書を引いても「恐怖、狼狽、(経済界などの)恐慌とあるだけで、語源は出ていない。ためしにオックスフォード辞典を引いてみると、[ギリシャ語.牧神パンより]と出ていた。自国語の辞書だから語源が出ているのであろう。日本語の辞書でも大言海には語源が出ている。たとえば、「竹」の項には「丈高く生うる、よりいづるか」とある。「たけ」という言葉に、中国の「竹」を宛てたのである。

 ドビュッシーに「牧神の午後の前奏曲」という曲があるが、聴いても静かで穏やかという印象しかない。聴きようが浅いのか。

 今回の事故で思いがけない知識を得ることになった。


                山 本 律


 
 


 

 

 31  世良田さんの竹林日記 「放置竹林とタケノコ」 

 2012.04.16(月) 世良田芳弘

 

竹林日記 「放置竹林とタケノコ」 1202・04・16 (月) 曇り

 参加者 :塚崎、高田、 川路、尾崎、松本、野本、窪田、濱上、世良田、竹内、原、稲岡(喜)。 [12名]

 ゲスト : 依藤、杉原、小笠原、



 たけのこは今週から来週にかけてピークとなる時期ですが、参加者がこのシーズンは増加し、また積極的に早出作業をしてくれるので、ほぼすべて掘り起こしてます。今日は会員の方が、親戚、友達等の購入が多く、ゆうパックで16箱発送しました。多分、知り合いの方も首を長くして待っているのでしょう。

 今年の収穫も1500kg/4反期待できると思います。たけのこは放置竹林整備のご褒美でしょう。この時期の参加者は多いのですが、このシーズン以外は参加者が減少してしまいます。今後このシーズン以外も参加してくれること期待してます。

 ここでもう一度原点に戻って考える時期ではないかと思います。

 私たちの活動の主目的の水資源の涵養作業をすることだと思います。もっと放置竹林整備をして行くことが必要と思います。またどうすれば放置竹林を減少させることができるのか考えてゆかねばならないと思います。

 そこで、たけのこ畑も作業する人が高齢化し、後継者不足等の理由から放置竹林になってゆく過程をたどってます。そのような竹林を一時的にボランティアが入り管理して、応援すれば放置竹林も少なくなってゆくと思います。放置竹林になる前に管理すれば、元の竹林に戻す労力も少なくて済みます。知恵を出し合って放置竹林を無くしてゆきたいですね。



 竹の学校も年々高齢化してます。会員の方は健康管理のつもりでできる作業をしてます。それでいいのだと思います。

 また、毎年仕事をリタイヤして、仕事からはなれて、今後自分の健康を考える人が多くなると思います。是非、奥さんに粗大ごみ扱いされている方、竹林でいい汗を出しませんか。


 世良田芳弘


 
 


 

 

 30 傘寿の 竹林独り言 「筍いよいよ本番」 

 2012.04.14(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「筍いよいよ本番」 1202・04・14 (土) 曇・小雨 のち晴

参加者 : 山本、杉谷、川路、尾崎、松本、野本、窪田、林(重)、濱上、世良田、大西、

      林(哲)、竹内、稲岡、稲岡(喜) [15名]

ゲスト : 工藤さん



 朝のうちは小雨がぱらついて肌寒かったが間もなく雨は上った。竹林を見ると方々に串が立っている。中二日おくとこれだけ筍が出る。気温が上ったのと、先日来の雨で育ったのだ。掘り出してみると、どれもこれも太くて長くて、みごとな筍ばかりである。それに気をよくして、手当り次第に掘り出した。午前中に10本も掘ったのは、いままで記憶にない。



 竹林コンサートの会場跡で、竹内さんが三つ子の筍を掘り出した。そういえば2,3年前にも、稲岡喜美子さんがこの竹林で三つ子の筍を掘り出している。その根気と体力に驚いて 「稲岡さんとけんかしたら負けるな」と言うと、言下に「けんかなんかしません」と言い返された。

 私(山本)も今日はこの竹林で双子の筍を二組掘り出している。この竹林ではこういう筍がよく出る。親竹に何かほかの竹と違った遺伝子があるのではないかと思うぐらいだ。

 それと関係があるのかどうかわからないが、この竹林はほかの竹林にくらべて地下茎の密度が高くて、筍を掘り出すのに苦労する。私(山本)は「高速道路のインターチェンジみたいや」と言っている。技術の拙さの言い訳ではないが、この竹林では筍の根に「ホリ」の刃を的確に当てたことがあまりない。多くの場合途中で諦めて切腹させてしまう。稲岡喜美子さんの根気と体力に感嘆したのはそこである。



 今日は久しぶりの人が3人見えた。
 まず杉谷さん。稲岡さんの車で来られた。杖をついて歩きにくそうだが、お顔は以前と変らない。休憩のとき、長靴が泥だらけだったから、竹林の中を歩かれたのに違いない。

 それと林重利さんと、林哲郎さん。
 林重利さんは、ほぼ1年ぶりぐらいではないか。顔は覚えているが名前が思い出せない。名前を聞いて「林です」と言われて思い出した。枚方から来られた。
 林哲郎さんは仕事が入って、2月3月と休んでおられた。



 昨日は竹林から戻って、午後所用で京都市内に出たあとその足で自治会の定例総会に顔を出して、夕食をとったのが9時過ぎだった。竹林日記が今日(2月15日)になったいいわけです。

 それと、齢も考えずに気張りすぎたのか腰が痛くて起ったり座ったりが不自由です。申しわけありませんが明日は休ませてください。


                    山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka

今日のビジターひとりさんです

・いつものミーティング風景です


・久しぶりに理事長が復帰しました


 
 


 

 

 29 傘寿の 竹林独り言   「雨の中の筍掘り」 

 2012.04.11(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「雨の中の筍掘り」 2012・04・11 (水) 雨

 参加者 : 塚崎、川路、尾崎、松本、野本、濱上、世良田、竹内、高橋、市嶋。 [10名]



 朝起きたとき雨が降っていたので私(山本)はメールも見ずに勝手に作業を休んだ。だが、あとでパソコンを開けてみると世良田さんから、「野本さんより連絡があり、小雨ですが活動をします。シイタケの菌打ちを納屋でしたいと思います」 とメールが入っていた。

 ということで、今日の竹林日記は山本が作ったのでなく、世良田さんからの報告、連絡を山本が皆さんにお伝えする結果になったことを、お詫びをかねてご報告申し上げます。



 以下世良田さんの報告。

 今日の作業。
 雨の中シイタケの菌打ちの予定でしたが、雨がやんだのでタケノコ掘りを開始。のちほど雨が降ってきましたが、早めに切り上げました。
 今日はそこそこ出ていました。B竹林も10本たらず、松本、高橋、世良田で処理しました。
   (山本のコメント― 皆さまありがとうございます。お疲れさまでした。以後気をつけます)

 これに続いて世良田さんから以下のような連絡が入った。
  先日、ミーティングのとき話をした、小林斉司さんの籔2反の放置竹林整備の依頼が来ている。
  竹の学校として引き受けたいと思う。
  筍シーズンが終った5月中旬ごろから作業に入りたい。
  契約は、小林さんと竹の学校、椿本チエンの3者でしたい。
  椿本チエンが、6メーターものの竹材の有効利用を考えている。竹の学校の作業は、竹を伐採して椿本チエンに渡すこと。
  場所は、竹の学校から北西4㎞の里山。



 これを見て私(山本)が思うことは
  現場までの移動手段(いまの竹林から4㎞といえばかなりの距離である。不便な場所と思ってよい。徒歩では無理ではないか)
  作業に入る頻度(週何回ぐらい入るのか)、いつまで続けるのか
  椿本チエンは何本ぐらい竹材が必要なのか
  竹の学校の竹林整備に支障が出ないか

 さしあたって思うのは以上だが、皆さんの意見を聞く必要がある。山本個人としては、できれば参加してよいと思うが。


                山 本 律


 
 


 

 

 28 傘寿の 竹林独り言 「長法稲荷の桜咲きそめる」 

 2012.04.09(月) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「長法稲荷の桜咲きそめる」 2012・04・09 (月) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、高田、西村、松本、野本、窪田、錦織、澤、池田、濱上、

      世良田、小椋、竹内、高橋、市嶋。 [16名]



 今日の空は春の色をしている。朝のうちはちょっと寒かったが、そのうちに汗ばむほど暖かくなった。一昨日の土曜日には、まだ蕾だった長法稲荷の桜が二、三分咲きになっている。だがこのまま暖かくなることはない。

 天気図を見ると、大陸から低気圧が近づいていて、その後ろに高気圧が控えている。西高東低の気圧配置になりそうな気配、ではない、確実に冬型の気圧配置になる。そして、こんなことを繰返すうちに、きょうは暑いなあ、という陽気になる。こんな季節の移り変りは世界中で日本だけだろう。



 きょうも参加者全員が筍掘りに勢力を集中した。しかし一昨日より出方が少ないように思う。中一日おいただけでは筍が生長しないのか。

 そういえば7日の土曜日は、その前に木曜・金曜と二日、間があいていた。今度の土曜日がどうなるか楽しみだ。案外あさっての水曜日にたくさん出たりして…。こればかりは人間の力ではどうにもならない。



 実は、きょうは私が夕食に八宝菜を作ることになっていて、小ぶりの筍を3本もらって帰った。心ばかりだが代金を払おうとしたら「自分で掘った筍を、お金を払って買わんでもええ」 といわれて、タダでいただいた。あんな歯切れがよくて軟らかくて甘みのある筍を使って八宝菜を自分の手で作れるなんて、こんな幸せなことがあるか。

 私は料理が趣味といってよい。煮物、焼物、揚物、和、洋、中華、自分で作りたいと思うものは自分で作る。中でも得意なのがカレー。

 こればかりはどこのレストランでも食べられないものを作る自信がある。ただし時間はかかる。3時間はたっぷりかかる。カレー粉は6種類。

 少し甘みがあったほうがよいので、メープルシロップを入れる。蜂蜜はクセがあるので入れない、一晩寝かせるとまろやかさが出て、さらにおいしくなる、などなど。山本家のカレーが食べたい、という人がいる。


 前回は昔からの日本語の美しさを書いたが、あの日本語では論文どころか日常の文章も書けない

 戦後間もなくビルマ(現在のミャンマー)が、日本がこのように学術が普及し発展した原因を知るために視察団を派遣したが、ビルまでは不可能だという結論になったという。理由は、ビルマ語には学術的、抽象的概念を表現する言葉がない、だったという。

 確かに、「いづれのおほんときにか…」で抽象的概念は語れない。日本の大学が日本語で講義をしていることがビルマでは不可能だ、という結論になったと聞いた。

 漢字、漢語が日本の近代文化の発展の基底にあることを私たちは忘れている。漢字、漢語がなかったら、日本人は論文が書けない、という。(清水幾太郎著『論文の書き方』 岩波新書 青版 341)

 いま私が書いている「竹林日記」も漢字、漢語があるから書けるのである。そうには違いないが、今の日本語は品位風格がなさ過ぎる。

 固いことを書いてしまった。ごめんなさい。


                山 本 律


 
 


 

 

 27 傘寿の 竹林独り言 「花冷えの中の筍掘り」 

 2012.04.07(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「花冷えの中の筍掘り」 2012・04・07 (土) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、川路、高田、松本、野本、窪田、錦織、澤、原、辻井、濱上、世良田、

       大西、小椋、竹内、稲岡、稲岡(喜)、市嶋。村山。 [20名]

 ゲスト : Yさんご家族3名



 表題には花冷えと書いたが、長法稲荷の桜はまだ蕾で竹林は早春の冷えこみ。風が冷たい。その中で全員が筍掘りに精を出している。

 筍は土が温まらないと育たないという。この冷えこみで育ちが鈍らなければよいが。しかし桜が咲いてからの冷えこみは今年に限らない。この時季につきものの冷えこみだから毎年同じことを言っているのかもしれない。ケ セラセラ、なるようになる。



 茨城県からYさんのご家族(ご夫婦と子供さん1人)が参加された。はじめのうちは「いばらき」と聞いて、茨木市から来られたとばかり思っていたが、今度の震災で茨城県から避難してこられたと知った。

 詳細を説明するスペースがないが、茨木市の「イバラキ」と茨城県のそれとではアクセントとの位置、イントネーションが文字では書けない微妙な違いがある。逢坂山と大阪府も微妙に違う。



 言葉のことが出たついでに、いつも思うことを書いてみる。
「いづれのおほんときにか にょうごかういあまたさぶらひけるなかに いとやんごとなききはにはあらねど すぐれれてときめきたまふありけり」
「つれづれなるままに ひねもすすずりにむかひて こころにうかぶよしなしごとを そこはかとなくかきつづれば あやしうこそものぐるほしけれ」

 前者は、ほぼ1,000年前に書かれた長編物語「源氏物語」。後者は800年ほど前に書かれた随筆「つれづれぐさ」の、それぞれ冒頭部分である。

 いまこれを読んで、意味はもちろん、言葉として読めるだろうか。しかしこれが1,000年を経た今日なお生き続けている。

 思えば今日の日本語、そして日本人の語彙、言葉遣いの何と貧困、粗雑なことか。
 ダサイ、ヤバイ、ウザイが、これからあと何年生き続けるだろう。
 それとカタカナ言葉。「ストレイヤーズ・クロニクル ACT-1」という、日本人が書いた本があるらしいが、題名の意味それ自体が理解できず、したがって何を書いた本なのかわからない。― やんぬるかな、もうおしまいだ。


            言葉の虫の 山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka

今日のエコツアーのかわいいビジターさんです




・今日の白子3兄弟です

・いつものミーティング風景
・新倉庫にも資材が入りました
・新倉庫横の新たな階段です

 
 


 

 

 26 傘寿の 竹林独り言 「いよいよ筍の本番」 

 2012.04.04(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「いよいよ筍の本番」 2012・04・04 (水) 曇のち晴

 参加者 : 山本、塚崎、川路、高田、尾崎、松本、野本、原、辻井、濱上、世良田、小椋、竹内、

       稲岡(喜)、高橋、市嶋。 [16名]



 昨日の雨で、待ちに待った筍が出はじめた。やっと我々の出る時季がきた、と筍も思っているのではないか。

 一昨日の月曜日までは私(山本)の出番はないと思って竹材の焼却に専念していたが、今日は、私を見るなり野本さんが
 「きょうは筍を掘ってください。焚火の番をしているときではないです」
と言った。

 実は私もそう思っていたので、リュックを下ろすなり「ホリ」を手にしていた。そして、まず作業道の脇に4、5本立っている串から筍を掘りにかかった。はじめはホリの入れ方が浅くて失敗。しかし失敗を重ねるほどに要領を思い出して、まともに近い筍が掘り出せるようになった。

 昨年の竹林日記にも書いたが、地下茎にホリの刃が当って筍が動くときは、しんどいけれども何ともいえない緊張感と満足感を覚える。



 4月2日から竹林に入った市嶋君が会員になった。昭和56(1981)年生れ、お釈迦様の誕生日と同じ日である。昭和56年生れといえば私より50歳若い。孫といってもそれほどおかしくない。こういう人とつきあっているとこちらも気が若くなる。

 何もかもはじめてのことばかりだが、まじめに、そしてまめに動く青年である。その上、人見知りをしないから誰とでも気軽に話す。

 みなで親切に指導をしてやらねばと思う。


                   山 本 律


 
 


 

 

 25 傘寿の 竹林独り言 「そろそろ筍が出そうなものだが…」 

 2012.04.02(月) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「そろそろ筍が出そうなものだが…」 2102・04・02 (月) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、川路、高田、尾崎、野本、窪田、錦織、澤、池田、原、濱上、世良田、

       荒木、竹内、稲岡(喜)。 [16名]

 ゲスト : 市嶋 航



 昨日から4月。だが初日が日曜日だったので、今日から4月というのが実感である。といって、4月だからどうということはない、暦が替っただけである。そういってしまえば身も蓋もないが。それでも今日は風もなく暖かで、いかにも春を思わせる。長法稲荷のサクラの蕾も赤みがさしてきた。だが、明日は雨、しかも大雨。そして寒さが戻るという。やんぬるかな…。



 今年はいつまでも寒いせいか筍の出かたが遅い。きょうぐらいの暖かさが続くと筍がもっと大きく育つのに、と思う。しかしこればかりは、文字どおりお天気次第で、人の力ではどうにもならない。早く暖かくなれ、筍よもっと大きく育て、と願うこと切なるものがある。

 今日も筍の出かたは、あまりよくなかった。



 世良田さんの紹介で、市嶋 航(いちじま こう)君という、若い男性が竹林に実習にやってきた。生れ育ちは長岡京だが、いまは北海道で海産物販売の仕事をしているらしいが、次の仕事が決まるまでの間、長岡京のことを勉強しようと思う、という。

 誰かが側について説明や指導をするわけではなく、それに初日とあって何をすればよいか戸惑っている様子だったが資材倉庫の屋根の葺き替え作業を手伝ったり、私(山本)がしている竹の焼却を手伝ったりしていた。

 20センチ近くもある太い竹を焼却炉に入るぐらいの長さに鋸で切ったり、燃やしたとき破裂しないよう節を抜いたりするのが面白いらしくて慣れない手つきで鋸を扱っていた。それでも少なくとも10本以上の竹を切ってくれたので、おかげで私は大助かりだった。慣れない仕事でへとへとに疲れたようだが、はじめての仕事だけに面白くもあり興味もあったらしい。

 竹林にいつまで来るのか聞かなかったが、「ホリ」の扱い方ぐらいは覚えてほしい。見るからに やさ男だが、まだ若いから覚えるのも早いのではないか。そのうちに重宝な助っ人になったりして。



 きのうは四月一日、エイプリルフール。最近はあまり言わなくなったが、うそをついてもよい日、ということになっている。

 ただし、どんなうそをついてもよい、というわけではない。人に迷惑をかける、人を傷つけるうそは、言ってはならないのはもちろんである。要はユーモアのあるうそ、笑って済むうそである。あの人自動車にはねられはってんやて、はダメ、百万円拾わはってんならよい。これなら誰も傷つかない。うまいことしよったな、いっしょに飲みにいこか、で済む。ユーモアは人を傷つけるよりむずかしい。

 近ごろの世の中はユーモアがなさすぎるのではないか。エイプリルフールが下火になったのはこのへんにも原因がありそうである。


  うそのつけない男(ホンマか) 山 本 律


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【管理人より】 本年3月末のHPへのアクセス数です。 Inaoka

 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月 10月 11月 12月 合計
2012年 396 471 533 1,400
前年比 +59 +75 -21 +113
2011年 337 396 554 735 604 483 471 369 349 331 359 317 5,305
 
 


 

 

 24 傘寿の 竹林独り言 「筍掘りは一休み」 

 2012.03.28(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「筍掘りは一休み」 2012・03・28 (水) 晴・風に流された小雨ぱらつく

 参加者 : 山本、塚崎、川路、高田、松本、野本、窪田、錦織、池田、濱上、世良田、竹内、高橋、原。 [14名]

      エコツアーのビジター : 「島本町を美しくする会」のご夫妻と娘さん親子3人の5人 (稲岡さんの紹介)



 風も穏やかでさほど寒くもなく、やっと春らしい気配が漂ってきた。と思ったのも束の間、寒くはないが風が強くなってきた。やっぱり本当の春はまだ来ない。桜も咲かないうちから本当の春が来るわけがない。しかし桜が咲いても、花冷えなどという寒いときがある。

 日本の季節の移り変りは微妙だ。おそらく世界に例がないだろう。



 先日の筍の穫れ具合から、今日は筍掘りを休んで、以前からシートをかぶせたままになっていた資材倉庫の屋根葺きに作業を集中した。その中で私(山本)は久しぶりに再開した竹材の焼却に専念した。

 途中で世良田、濱上、高田、錦織、塚崎の5名が、何かの資材の整理に出かけた。詳細がよくわからないので、後日くわしく報告する。



 今シーズン初めてのエコツアーのビジターが来園された。稲岡さんの紹介で、「島本町を美しくする会」のご家族の、子供を含めて5人。

 ご主人のおっしゃるには、「私の家のすぐ裏が竹薮ですけど、立ち入り禁止で藪には入ったことがありません」

 山本のいわく、「農家の竹薮は筍の畑ですから勝手に畑に入って筍を持っていかれたら、盗まれたも同然です。その点、私たちの竹林は皆さんが自由に入れるように遊歩道を作って竹林に親しんでいただけるようになっています。もちろん、黙って入られたら困りますけど」

 そういえば、竹林コンサートに来られた人の中にも、「竹薮は外から見るだけで中に入ったのははじめてです」という方がおられる。おそらく、ほとんどの人がそうではなかろうか。竹の学校の趣旨の一つに、竹林に親しんでいただく、がある。

 これだけ竹林に囲まれた中に住む我々にしてそうである。まして竹林に縁のない人にとってはなおさらである。


                   山 本 律


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【本日の作業風景】~Kimiko撮影

今シーズン初めてのエコツアーのビジターさんです


 
 


 

 

 23 傘寿の 竹林独り言 「週三日作業の初日」 

 2012.03.26(月) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言  「週三日作業の初日」 2012・03・26 (月) 晴・一時粉雪

 参加者 : 山本、窪田、錦織、澤、濱上、世良田、竹内、稲岡(喜) [8名]



 今朝はおとといの土曜日ほどではないが風が冷たい。それでも日差しがあるので、日が当たるところにいるとそれほど寒さを感じない。しかし作業をしている最中に、霰まじりの粉雪が舞いはじめた。山は雪なのだ。それが風に乗って飛んできたのだ。3月も終り近くになって雪が舞うのは珍しい。やはり今年は寒いのか。しかし私(山本)がまだ子供のころ大阪の箕面で、4月に入って雪が積ったことがある。



 今週から月、水、土の週3回、作業に入る。今日がその初日。月曜日はすでにほかの予定を入れている人が多いのか参加者が少ない。その上、筍の出かたがもう一つである。朝のうちに竹内さん、窪田さん、錦織さんたちが竹林を一巡したが、3人とも手ぶらで戻ってきた。今年は例年にくらべて寒いのかもしれない。それとも筍掘りの初日 21日の調子がよすぎたのか。それでも乙女の丘には出ているらしくて、つるはしやホリを動かしている人影が見える。

 しばらく中断していた竹材の焼却を再開した。放置したままになっている竹材を整理して、やがて始るエコツアーで竹林に入った人たちに乱雑なところを見せないようにするためである。久しぶりに焼却窯に火を入れて、休憩場所の焚火とはけた違いの焼却能力に、あらためて感心した。澤さんが竹竿についたままの枝を切り取って、枝は枝、竿は竿と整理するうちに、いままで山のように積み上げてあった竹竿がきれいに片付いた。次回からこれをひたすら焼却にかかる。

 その近くで竹内さんと濱上さんが上の段に上がる作業道を付け替えている。今まで竹材で土留めをしただけの歩きにくい階段だったのを崖に沿って坂道に作り変えている。

 そうこうするうちに正午のサイレンが聞こえて今日の作業を打ち止めにした。



 きょうの筍の収穫は10kg。これを参加者8人で1.25kgづつに分けて、買取った。

一昨日の土曜と今日の2回、倉庫の鍵が鍵穴にぶら下がったままだった。最後に現場を離れる人は施錠を確認してください。



 昨日の京都新聞に、こんなことが書いてあった。

 「京都を囲む山のうち東山と北山にくらべて、西山はなじみが薄い。タケノコぐらいしか思い浮ばない人が多いかもしれない。しかし西山は森林保全の取り組みが活発な地域だといえる。市民団体「里山再生市民フォーラム」が、京都府から本年度の水づくり賞を贈られた。

 移り住んできたサラリーマン層が退職期を迎え、ついのすみかとして地域に目が向くようになった。ベッドタウンは人材の宝庫だ」

―― 何か我々のことを言っているような気がする。


                   山 本 律


 
 


 

 

 22 傘寿の 竹林独り言 「竹炭の作り収めとタケノコ掘り」 

 2012.03.24(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「竹炭の作り収めとタケノコ掘り」 2012・03・24 (土) 曇り・薄日・小雨

参加者 : 山本、塚崎、高田、尾崎、松本、窪田、錦織、澤、池田、辻井、濱上、世良田、大西、小椋、

      竹内、稲岡、稲岡(喜)、高橋。村山。[19名] 



 
 朝のうち風は強いがどことなく暖かで、やっぱり春だと思ったが、竹林に入ったころは風が冷たくなって冬の再来を思わせる寒さになった。そういえば比良の八講荒れじまいというのが間もなくやってくる。そのあとにも花冷えなどというのがある。オーバーを着て寒さに震えながら夜桜見物をした記憶がある。



 今日は21日に火を入れた竹炭の窯出しから始った。濱上さんが何度も、こんどの炭はできがいいと言った。窯に入れたときの形で竹材が炭化していることを指すらしい。言われてみると、十分炭化していない竹材はバケツに半分もあるかないかである。きれいに形が残っている竹炭は、エコツアーでビジターとして参加する人たちに提供するため袋を別にして取り出した。

 2月22日(水)から始った竹炭づくりは4回目の今日で終った。竹炭作りは重労働である。担当された方々お疲れさまでした。



 休憩のあと、全員で筍掘りにかかった。

 木曜金曜が雨だったから雨後の筍になりそうなものだが、思ったほど出ていない。これなら初回の21日のほうが多かったかもしれない。それでもみな形よくふっくら太っている。その上まだ時期が早いせいか、白子とまではいわないが皮の色が薄くて黄色い。



 今日はバンビオ3Fメインホールで催される「長岡京ジャズライフ」の会場に飾る竹行灯の世話のため、澤さん、高橋さん、窪田さんの3名がバンビオに出向いている。ジャズと竹行灯という取り合わせも面白いが、あの竹行灯を見た人は細工の繊細さ優美さに驚くに違いない。



 以前にもプロバイダーのトラブル(先方はエラーという)で竹林日記が送信できず、やむなく翌日に送信したことがある。確かあれも土曜日の夜だったように思う。今回も土曜日の夜である。エラーの原因を調べても正常に処理されているという表示しか出ない。アクセスが多すぎて電話でいえば話中の状態なのかもしれないがyahooもgmailもどちらも話中なんてあるか。yahooやgmailには、おかしなユーザーが多すぎるのではないか。

 こんなことが続くのなら、もっと確実な信用のおけるプロバイダーに乗り換えようか、とも思う。
 ともかくご迷惑をおかけしました。申しわけありません。


                   山 本 律


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【本日の作業風景】4度めの竹炭造りの窯出し作業~Inaoka

カバー(スカート)の取り外しと保温土の除去です


・窯の蓋を外しました
・蓋と窯のシール用土の掃除です
・上段の窯を外したところです

・今回の炭は形が崩れてません
・炭の回収です。炭袋へ手作業で入れていきます


・内部煙突(通気口)の取り外しです
・中段の窯も外しています。後、半分です

・ようやく、すべての炭を回収しました
・取り外した煙突、蓋、カバー、上段と中段の窯と内部煙突です

・スノコです
・窯の各部品の清掃です

下段の窯の、しわ(熱歪?)です
・窯を復元しています
・復元完了しました

・一袋は約3kgです
・運搬車に積み込み中です
・完成間近の資材倉庫に搬入しました

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【本日の作業風景】雨中のタケノコ掘りでした~Inaoka

屋根のある本部でミーティングです
・おいしそうなタケノコです 
・上手に掘ってね

・本日の収穫分です。まだ少ないです

 
 


 

 

 21 傘寿の 竹林独り言   「筍の初掘り」 

 2012.03.21(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「筍の初掘り」 2012・03・21 (水) 晴

参加者 : 山本、塚崎、川路、高田、松本、野本、窪田、錦織、澤、池田、原、濱上、世良田、荒木、竹内、

      稲岡(喜)、高橋。安田。 [18名]



 よく晴れているが風が冷たい。気温はそれほど低くはないが、とにかく冷たい。そういえば去年もいまごろはこうだった、と言う人がいた。しかし、比良の八講荒れじまいとうのが3月の末ごろにやってくる。



 筍が穂先(といってよいのかどうか)が頭を見せている。一週間前に研いだばかりのホリが勢ぞろいして、お礼肥の油粕を倉庫から出して今年はじめての筍掘りが始った。水曜日には珍しく女性のメンバーのほとんどが参加しているので作業が遅滞なく進んでいる。先週の土曜は私(山本)は京都にいなかったのでわからないが、女性のメンバーに今日は竹林に入るようにと連絡が入っているのか。

 一方では本来なら先週の土曜日 17日に行うはずだったが雨のため今日に持越された竹炭窯の火入れが始っている。担当は濱上さん、荒木さん、世良田さん、錦織さんの4名。同時にB竹林の竹材の焼却も。担当は高田さん、松本さんの2名。どれをとってもすべてが人力、参加者が多いからできることだ。筍も掘らず竹炭窯に火も入れずB竹林にも入らなかったのは私だけである。

 そんならお前は何してたんや。恥ずかしながら焚火の番をしてました。



 掘り出した筍は、どれもみなよく太っていてみごとな育ちようである。数えていないが60本か70本はあったのではないか。前もって注文を受けていた分を取り出したあとは今日の参加者に初物として無料で配られた。
 
 ということで来週の月曜日 26日から、毎週 月・水・土の週3回の作業日になる。今週の土曜24日は筍掘りと竹炭の窯出しが重なるが、今回の竹炭作りはこれで一応は終了する。来週から、いよいよ筍掘りに専念する。



 先週の17日から昨日20日までの4日間、私は米沢、仙台に行ってきた。米沢は先祖の墓参りに行ったのだが、今年は稀に見る豪雪で、墓が雪に埋もれてどこにあるかわからず、もちろんあり場所の見当はついているが、雪が深くて近くまで行けず、遠くから手を合わせるのが精いっぱいだった。屋根の庇近くまで雪が積っていて、2階から出入りしたほうが簡単なくらいである。

 しかし60年以上も昔の話だが、彼岸の中日が大吹雪で列車が不通になったことがあるから、最近は雪が少なくなったのであろう。

 山形県と宮城県の間に蔵王山という山があるが、そのあたりは一面の雪雲に覆われていてどこに山があるか見えない。

 ただ意外だったのは鉄道の線路沿いのいたる所に孟宗竹の竹林があったことである。もちろん乙訓で見るような大規模な竹林ではなく、あれ、これは孟宗竹ではないかと思う竹薮が散在するだけだが、それにしてもあんな寒いところに孟宗竹の竹薮があるのは驚きだった。

 そして、仙台の七夕の竹は一体どこから運んでくるのかと思っていた疑念がこれで晴れた。仙台でも七夕の竹は簡単に手に入るのだ。


                   山 本 律


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【本日の作業風景】~Kimiko撮影                          

初堀り!!です




 
 


 

 

 20 傘寿の 竹林独り言   「筍の気配が見える」 

 2012.03.14(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言  「筍の気配が見える」 2012・03・14 (水) 晴れたり曇ったり

参加者 : 山本、塚崎、高田、松本、野本、窪田、澤、辻井、濱上、世良田、竹内、高橋。 [12名]



 乙女の丘の西のはずれに、筍が数本頭をもたげているという。竹内さんが確認した。でも、いま掘るのは早いと言う。しかしそれを受けて目印の竹串作りが始った。今年は少し生育が遅れているようだが、3月もすでに中旬、筍が頭をもたげていてもおかしくない。



 辻井さんが「ホリ」の刃を研ぎなおしている。刃を固定する台を意識して見たのは初めてだ。倉庫にころがっているのを見たことはあるが、何に使うのかわからずに見過ごしていた。私(山本)がボケッとしているのを見て辻井さんが「ちょっと手伝うて」と言うので、ホリを台に固定するのを手伝った。何本かあるホリのうち、1本だけ長くて重くて使いにくいのがある。辻井さんがグラインダーで研ぐのを見て、ほかのホリにくらべて刃の材質が軟らかなのに気がついた。

 「このホリはなまくらやな」と言うと「そうやね」という返事。見かけからしてこれは鍛冶屋が一本一本手で作ったホリでないことがわかる。おそらく市販されている既製品であろう。そうだとしても、こんなホリを実際に使う農家があるのだろうか。

 ともかくこうして研いだホリの出番が、間もなくやってくる。



 先日の京都新聞に、京都府勤労者山岳連盟のメンバーが東北地方の被災地で「力仕事」をする、という記事が出ていた。

 まだ山登りを楽しむ気持になれないだろうが、荒れた山道を整備すれば山歩きが楽しめる。山道の整備だけでなく、まだ手がつけられていない瓦礫の撤去でも、壊れた家の修理でも、やることはいくらでもある、と。

 楽しみながら役に立つことができるのは幸せである。もう少し若かったら私も参加したい。



 貧乏人の節季働きという言葉がある。いまの私はまさにそれである。

 小学校の同窓会が4月に催される。それに向けて案内状、返信はがき、名簿の作り直し、郵送用封筒の宛名ラベルなど105名の作成と印刷が私のところに回ってきた。発起人3人の中でパソコンを扱えるのは私しかいないという。

 一方で私は、この17日の土曜から20日まで、春の彼岸をかねて米沢にある先祖の墓参りと、そのついでに仙台に出かける。
 ということで17日の土曜は休ませていただきます。

 そうしたことが重なって、心ならずも竹林日記の送信が1日遅れました。申しわけありません。


【追記】

 野本さんから 「今度の竹林日記に書いておいてくれ」といわれていたことを思い出しました。

  3月12日(月)に、先日火入れをした竹炭の取り出しをしています。
  参加者は 濱上さん、世良田さんの2名。
  作業時間は 9時から13時まで。
  休みの日に出てくださった二人と、指示された野本さんにお詫びします。
  歳のせいにしてはいけません。私の不注意です。


                   山 本 律


 
 


 

 

 19 世良田さんの竹林日記  東日本震災から1年」 

 2012.03.10(土) 世良田 芳弘

 

竹林日記 「東日本震災から1年」 2012・03・10 (土) うす曇

参加者 :塚崎、高田、松本、野本、錦織、濱上、澤、小椋、世良田、荒木、竹内、

      稲岡、尾崎、稲岡(喜)、高橋。 [15名]



 今回は山本さんが私用でお休みなので私に竹林日記がまわってきた。山本さんのような文才ないのでメモ程度に書きます。

あの震災から1年になるがどれだけ作業が進んでいるのか心配です。原発の問題、洪水のことやら天才人災がありその後目覚ましい復興をしていると言っている人がいますが、現実はどうか課題が多く存在してますね。



 杉谷理事長も昨年3月10日に脳梗塞で倒れられ、1年が経ちますが、リハビリの甲斐があり、よくなられました。1年が経つのが早いです。



 昨日の雨で今日の作業がどうなるのか心配でしたが、大勢の参加で作業がはかどりました。

 竹炭つくりの担当の濱上さんは早出で8時前から一人で窯の準備をしてくれました。 

 今日の作業はB竹林で高田さんと松本さんが竹の焼却作業、さらに焼却用の水を確保のためブルーシートを使い雨水を受ける作業をしてくれた。

 竹炭つくりは濱上さんが中心となり、割った竹を約400㎏窯に詰める作業と上部に枯れ竹を載せて9時15分に着火し10時40分にはふたを閉めて蒸し焼き作業に入った。煙突のけむりの管理をして、15時40分には完全密閉し作業完了となった。

 荒木さん、竹内さん、野本さんグループは遅れている倉庫の製作作業に追われていた。

 残りグループは次回竹炭用材料作りに追われていた。まだ材料が足りず、14日の作業日にすることにした。



 やりたい作業はいくらでもあり、皆さんができる範囲で頑張ってくれるので助かってます。

 3月末からはタケノコ堀作業が入り、またエコツアーの受け入れ等で一番忙しい月になるが、参加者も増えるので楽しい月になります。今年は豊作が期待できます。頑張って掘りましょう。


              世良田 芳弘


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【本日の作業風景】 ~Inaoka

・本年3回目の炭焼き中です。今回アップデートした「竹炭マニュアル」を作られた濱上さんです。

 今回は、たくさん良い炭が収穫できそうです。

 管理人の参加出来ない、窯入れと窯出し日の写真が未だですが、4回目の炭焼き時には、皆様のご協力で写真を入手して、「竹炭マニュアル」に追加して完成版にする予定です。







・資材倉庫の屋根に透明シートを追加中です。棟上式をやれなかったので、お楽しみは落成式になるそうです。

 
 


 

 

 18 傘寿の 竹林独り言   「ウグイスの初啼き」 

 2012.03.07(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「ウグイスの初啼き」 2012・03・07 (水) うす曇

参加者 : 山本、塚崎、高田、松本、野本、窪田、錦織、辻井、濱上、世良田、稲岡(喜)、高橋、多田。 [13名]



 昨日の暖かさにひきかえて、今日は風が冷たい。というより昨日が暖かだった。京都の18.8℃は、3月初旬の気温にしては暖かすぎる。でもそのせいか、今朝竹林でウグイスの初啼きを聞いた人がいるという。

 時にあらずと声も立てなかったウグイスが、さては時ぞと声を立てたのか。しかし一方では、お水取りが終らないと春は来ない、ともいう。そして、比良の八講荒れじまい、という寒波もやってくる。気を許してはならないが、春は間違いなくそこまできている。もう少しの辛抱…、なんて言っているうちに、汗を拭きながら、きょうは暑いなあ、という日がやってくる。

 考えてみると、こんなに微妙に目まぐるしく気候が移りかわる国は、世界中で日本だけではないか。この間まで氷雨、霙。かと思うと春雨菜種梅雨、そして五月雨、梅雨。梅雨があがると夕立、雷雨。涼しくなると秋雨。その間に、にわか雨、時雨、通り雨、優雅な言葉で村雨。日本語以外に訳しようのない言葉ばかりである。

 イスラム教、ユダヤ教、キリスト教など、唯一絶対の神は、日本では生れようがない。これらの宗教は、いずれも雨季というものを知らない地域で生れている。日本は八百万の神が住む世界である。



 きょうも3日の土曜日に火を入れた竹炭窯から竹炭の取り出しと10日土曜日に火を入れる竹材の窯入れに、ほとんど全員が没頭した。

 枯竹の焼却にB竹林に入ったのは高田さん、世良田さん、松本さんの3人。

 久しぶりに、多田さんが竹林に入った。3日に搬入したシイタケのホダ木の点検に来たのだと思う。そしてホダ木の点検を済ませたあとは竹炭用の短冊作りに加わった。竹を短冊に割るのははじめてだが、慣れない手つきながら、積んであった竹材を全部割り終えてしまった。

 なせばなる、とはこういうことを言うのかと思う。腰が痛いのを我慢しての竹割り、ご苦労さまでした。


                   山 本 律


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【本日の作業風景】~Kimiko撮影

竹炭用の短冊作りです

 
 


 

 

 17 傘寿の 竹林独り言

「ホダ木の搬入と竹炭作りと
  短冊作りと竹の焼却と」
 
 

 2012.03.03(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「ホダ木の搬入と竹炭作りと短冊作りと竹の焼却と」 2012・03・03 (土) 晴

参加者 : 山本、塚崎、高田、松本、野本、澤、窪田、錦織、辻井、濱上、世良田、

      荒木、小椋、竹内、稲岡、高橋、稲岡(喜)。 [17名]



 空は明るいし日差しは穏やかだが風が冷たい。まさに「春は名のみの風の寒さや」だ。しかし凍てつくような冷たさはない。やはり春だ。お水取りが終らないと暖かくならない、とはよく言ったものだ。



 今日はホダ木の運びいれ、竹炭窯の火入れ、竹炭用の短冊作り、B竹林の枯竹の焼却と、四つの作業の同時並行だった。

 ホダ木の搬入 : 野本、世良田、濱上、荒木、竹内、窪田、錦織、辻井、塚崎

  きょうは休憩時間がなくて参加者全員が顔を合わせることがなく、この中に竹炭の短冊作りのメンバーが入っているが、名前を確認していない。

 竹炭窯担当 : 稲岡、山本
 枯竹の焼却 : 高田、松本

 久しぶりに錦織さんが顔を見せた。膝関節の具合がわるくて歩くのも不自由だったが、近ごろは1㎞ぐらいは歩けるようになった、という。見たところは、びっこをひいているわけでもなく、しゃんしゃんと歩いている。



 あくびというのは眠いから、あるいは退屈だから出るに違いないが、眠ってはいけないと、脳を刺激する生理作用だと知った。顎の筋肉を動かして脳細胞を刺激するのだという。

 そういえば、眠ってもよいときにあくびは出ない。知らない間に眠ってしまう。電車の中の居眠りがそうだ。それの逆に緊張しているときにあくびは出ない。脳が刺激を受けているからである。

 余計なことを書いたが、スペースを埋めるために、あくびをしながら書いている。


                山 本 律


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【本日は2度目の竹炭作りです】~Inaoka

・2/25(土)の最後の写真と同レベルで
 煙突を取り付けから約2H経過です
・煙突と通気穴を入れ替えました
 風向きもありますが、すごい白煙です
・1本の煙突の煙が青くなってきました
 さらに約1H経過しています

・青い煙からほとんど透明になりました
・煙突を取り外して穴をロックします。煙突は隣に移動してまだ4本です

・次の煙突も青い煙になりました
・とうとう煙突が1本になり、青い煙に変わってきました


最後の通気穴もロックされました   ・最後の煙突も取り外して、通気穴も盛り土で目張りしてシールします。
 煙突取付けから約4.5Hです。

 このまま放置して、3/7(水)に窯出しします。

 今回は前回以上の収穫量になって欲しいですね。






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【本日の本隊作業です】 同行の山行きのカメラマンがいなかったので、写真はこれだけ~ Inaoka

・ホダ木の竹林への搬入作業です。今回はトヨタレンタカーより借用しました。
・遅~い昼食ミーティングです

 
 


 

 

 16 傘寿の 竹林独り言   「ボランティアの意味」 

 2012.02.29(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「ボランティアの意味」 2012・02・29 (水) 雨 → 晴

 参加者 : (2月28日・火) 野本、濱上、世良田、竹内。 [4名]
       (2月29日・水) 山本、野本、窪田、辻井、濱上、世良田、荒木、竹内。 [8名]



 29日、朝起きたとき本降りではないが、雨が降っていた。天気予報でも「午前中は雨」だった。だが今日は25日に焼いた竹炭の窯出しと3月3日に火入れをする竹材の窯入れがある。私(山本)も前回と同様8時に竹林に入るつもりだったが、出足をくじかれて、いつものとおり8時半に竹林に入った。人影が見えると思ったら竹内さんだった。

 竹内さんの言うには 「きのう野本さんから、あしたは雨やからきょうのうちに予定の作業を済ませてしまおうと連絡があったんで、炭出しも材料の窯入れも、みな昨日のうちに済ませた」

 言われてみると竹炭窯がブルーシートできちんと覆われている。メンバーを聞くと、野本さん、濱上さん、世良田さん、竹内さんの4名。



 そういえば去年の秋にも、同じようなことがあった。「長岡 竹まつり」のための竹灯篭作りが、台風のため土曜日の作業が翌日の日曜にずれ込んだのだが日曜も雨で、野本さん、荒木さん、小椋さんの3人がずぶ濡れになって竹灯篭作りをされた。

 その日の竹林日記に私はこう書いた
「天候で作業が遅れるのを、自分の努力でカバーする真面目さ律儀さは敬服に値する」
 今回もこの言葉を上記4名の方に申し上げる。

 おかげで本番の今日は、次の竹炭の短冊作りに集中できた。その上、以前から雨漏りがしていた作業準備場所兼休憩場所の屋根に、シートをかぶせることまでできた。



 竹灯篭作りのときも書いたが、ボランティアとはどういう意味なのか。自分の意思で、自ら進んで事業に参加することを言う。

 金儲けのためだったり、命令されて、したくないことをするのはボランティアではない。自発的にしてこそボランティアである。その意味で、竹の学校のメンバーは、まさにボランティアである。

 年金流用のAIJや、オリンパス、大王製紙の経営者に、ボランティアに参加する人たちの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 「働かざるものは食うべからず」はマルクスの言葉だが、彼らにも当てはまる言葉である。


                山 本 律


 これを書いたのが今朝の1時過ぎ。皆さんに送信しようと「送信」のキーをたたくと、サーバーエラーで送信できません、が出る。

 ならば下書きに一時保存しようと下書きキーをたたくと、1秒お待ちください。そして1時間たっても、1秒のまま。あきらめて電源を切って布団にもぐりこんだ。

 今朝起きて電源を入れると、あて先と件名しか出ない。いったいどうなっているのか。皆さんのパソコンでもこんなことになりますか。

 ぜんぶ書き直したために竹林日記が遅れた理由と言いわけまで。


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【管理人より】 本年2月末のHPへのアクセス数です。 Inaoka

 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月 10月 11月 12月 合計
2012年 396 471 - - 867
前年比 +59 +75 - - +134
2011年 337 396 554 735 604 483 471 369 349 331 359 317 5,305
 
 


 

 

 15 傘寿の 竹林独り言   「泥田の中の竹炭作り」 

 2012.02.25(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「泥田の中の竹炭作り」 2012・02・25 (土) 小雨→曇

 参加者 : 山本、川路、松本、野本、澤、池田、濱上、世良田、荒木、小椋、竹内、稲岡。 [12名]



 朝のうちごくわずかだか小雨がぱらついていた。だが、こんな雨ならきっと人が来ると思って竹林に行った。思ったとおり屈強の男性9人、元気な女性2人と老人1人の、12人のメンバーが集まった。



 かなり前から準備していた竹炭作りが、今日から始る。材料の仕込みは水曜日のうちに済ませてあるので、きょうは火をつけるところから作業が始った。

 昨夜の雨で、窯のまわりりが一面の泥になっている。泥がやまらかくて滑らかなので足が滑って、作業がしにくいこと甚だしい。自慢ではないが私(山本)などは2回も滑って、ズボンの膝に大きな泥のしみを作ったが、幸いなことに、泥とズボンが同じ色なので、乾いたあと泥を落すと汚れがまるで目立たなくなった。あのままではバスにも乗れなかった。

 作業を始めるころは幸い雨が上がって、支障なく作業ができた。竹内さんはすでに経験があるからもちろんだが、濱上さんは、いつの間にこんなに竹炭作りをマスターされたのか、と思う作業のしかたである。ご本人は「マニュアルを読んだだけです」と謙遜しておられる。ならばものすごいマニュアルの読み込みと、野本、竹内、荒木御三方の説明と指導を理解されたのに違いない。恐れ入った。

 順調に作業が進んで、2時過ぎごろにはいままで白かった煙が青色を帯びて透明になって、そろそろ作業の後片付けを始めようかという段取りになった。最後まで残ったのは荒木さん、濱上さんの二人。ご苦労さま。お疲れさま。



 窯出しは来週の水曜日になる。水曜日は竹炭を取り出して、窯を掃除して、次の竹材の詰め入れにかかる。そして土曜日に火を入れる。

 こうして土~水~土~水のサイクルで、あと3回、都合4回の竹炭作りをする。ただし雨が降らなければ、である。

 このほかにも、しいたけのホダ木の搬入、資材倉庫の屋根葺きが控えている。そして、たけのこの収穫がやってくる。これが竹林整備だ、とはいうものの、のんびりしていられない。



 ちょっとのんびりした話をしよう。

 きょう25日は三日月である。ゆうべ、細い鎌のような月が西の空にかかっているのを見て、三日月にしては細すぎる、多分二日月だろうと思ったが、新聞の暦に、2月25日、月齢3.2とあるのを見て、明日が三日月だと知った。

 三日月は誰でも知っているが、二十六夜というのは、ほとんど知られていない。二十六夜は、いわば明けの三日月である。朝の4時ごろ東の空に、円いほう、弧を下にして東の空から出る、あと三日すると新月になる月である。

 私の母親は、「さま」をつけて「二十六夜さま」と言っていた。そして二十六夜さまの日は精進料理で、魚は食べなかった。

 母親の言うには、「朝の4時ごろ東の空に、蝋燭を2本立てたように二十六夜さまが出てくる」という。子どものときはその意味がわからなかったが、二十六夜は下から太陽の光を受けて弧を下にして出るから、最初に弧の両端が見えるわけである。暗い空に、蝋燭を2本立てたような明かりが見えるのは、何となく不気味である。

 午前4時という時刻は、日付が変らないと寝ない私にとっては、文字どおり白川夜船で、私の生活時計には存在する時刻ではないから、二十六夜は見たくても見られない。どなたか見られた方はおられますか。


                    山 本 律


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【本日は竹炭作りです】~Inaoka

・火付けの準備です、ダンボールがミソ
・火が付きました



・消火用水タンクを運搬車で運んできました

・雨中ですが、順調な立ち上がりです
・温度センサー穴から火が見えます
・上から見ると、こんな感じ

・下の通気穴から火が見えました    
 ここまで約2時間です          
・ただちに上蓋を被せます
 逃げ場の無くなった煙が逆流します


・下窯に保温用のカバーを付けてます
 窯とカバーの間に土を入れます

・上蓋にもカバーを付けています
・保温用に耐火煉瓦と土を入れます
・下の通気穴に煙突と弁をつけます

・煙突を窯に針金で固定します
・煙突が4本たって、15分でほぼ一段落です。

・青竹が多いせいかすごい白煙です

・煙突下に竹搾液も溜まりだしました
 受け皿は当然竹カップです
・竹林に工場が出来たみたいです


・周辺の竹林一体も霞んでいます
・あとは、煙の色の変化を見て、煙突を順番に外して、蓋をしていきます。

今日の写真はここまでです。
2/29(水)に窯出しします。3/5(土)
に2回目の窯入れでフォローします。


◇歩いて10分位のところの我が家周辺にも炭焼きの煙の匂いがしたらしいです。ご近所の迷惑具合を確認しておく必要がありそうです。


 
 


 

 

 14 傘寿の 竹林独り言   「竹炭つくり 窯入れ作業」 

 2012.02.22(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「竹炭つくり 窯入れ作業」 2012・02・22 (水) 晴

参加者 : 山本、塚崎、川路、高田、松本、野本、窪田、池田、原、辻井、濱上、荒木、
      小椋、竹内、稲岡(喜)、高橋。 [16名]



 きょうは暖かくて風がない。さしもの寒さも峠を越したかと思いたいが、気をゆるしてはならない。高気圧の動きが早くて、あすあさってには次の寒波がやってくるらしい。

 関西では、御水取が終らないと春にならない、という。御水取は、三月(旧暦二月)一日から十三日まで奈良の東大寺二月堂で行われる修二会の最終の行事である。御水取だから寒いのではないが、「お水取りやから寒いのや」と言われるくらい、この前後は寒い日が続く。そして御水取が終ったと思うと、3月の終りには、比良の八講荒れじまいがやってくる。春とはいえ、3月は寒い季節である。しかも今年は、例年にくらべて寒さがきびしい。

 私は桜が咲くころの、いわゆる春爛漫よりも、いまの季節のほうが好きだ。寒いけれども、日が長くなって空の色が穏やかなのを見ると、春だ、と思う。



 先日から作り続けた竹炭用の短冊を、窯に詰める作業が始った。野本、荒木、竹内、濱上、辻井(順不同)の皆さん。

 聞くと竹炭作りはこれ1回ではなく、あと3回あるという。筍が出るまでに作り上げてしまう計画である。後方作業として短冊作りがきょうも続いている。



 それやこれやで、今度の土曜日、2月25日から作業開始が8時になった。そして、窯に火を入れると放置しておけないから、弁当を持参するように、と。

 さらに、しいたけのホダ木の運び入れが、3月3日の予定と決った。7人ないし8人が必要だという。われと思わん人は、こぞって参加していただきたい。

 このほかにも資材倉庫の屋根葺き、シルバーシートかぶせもある。

 さあ忙しくなるぞ!。しかし考えようでは、ボランティアだからできるのだとも思う。人に言われて仕方なくする仕事ではない。



 前回の竹林日記、「きつね」 「たぬき」を読んで、新京極の道場田毎に行ったという人がいる。

 気休めの楽しみで書く竹林日記に、こうして反応してくださる人がいると楽しいし、かつ嬉しい。

 そういえば、2月11日の「春は名のみの風の寒さや」に、長岡京少年少女合唱団の岡田美智代先生が丁寧なメールを送ってくださった。

 いままでに何回あれを歌ったことか、そして今後も何回歌うことか、と。感謝感激である。


                     山 本 律


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【本日の作業風景】~Kimiko撮影                          

・炭焼窯の竹束を投入、2/25(土)の火入れの準備です





・竹束造りです


 
 


 

 

 13 傘寿の 竹林独り言 「寒中より寒さがきびしい余寒」 

 2012.02.18(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「寒中より寒さがきびしい余寒」 2012・02・18 (土) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、高田、野本、濱上、世良田、荒木、小椋、稲岡、稲岡(喜)。 [10名]



 朝6時の気温が -1℃。道は一面雪で真っ白。車が通ったところだけは雪が融けて氷になっている。これでは竹林作業は無理だと思って「きょうは休みます」とメールを入れた。

 だが、気がつくと空が青く晴れて日差しが明るい。こんな穏やかな日に作業を休むことはないと思いなおして、すでに9時を過ぎていたが家を出た。最も難渋したのが長法稲荷から竹林に入る坂道だった。中でも板を敷いた竹林への入口である。濡れた板の上に積った雪にはてこずった。



 竹林に着くと上記9人の人が竹炭の短冊作りをしておられた。青竹を長さをそろえて切る人、それを竹割鉈で割る人、節の隔壁を落す人、短冊を紐でくくる人、それを竹炭窯まで運ぶ人、それぞれに作業にいそしんでおられた。遅れて行った私(山本)は、差しあたって仕事がなく焚火の番をするだけだった。申しわけない。



 来週の土曜日 25日に竹炭窯の火入れをする。

 あわせて柳谷から、しいたけのホダ木(榾と書くらしい)を運び出す。ただしこれは天気に左右されるから、天気がよければ、である。



 寒いときだから温かい食べものの話をする。

 以前、大阪と京都の「きつね」と「たぬき」の違いを書いたが、私は京都の「たぬきそば」が好きである。中でも、新京極の四条を上がった道場田毎のたぬきそばは、そばが固くてこしがあっておいしい。何十年と通い続けている店だが、この間、店の2階が虫籠窓になっているのに気がついた。しっくい塗りの壁に細かく縦に桟を入れた窓である。長岡京でも古い農家の建物でごく稀に見ることはあるが、新京極で見るとは思わなかった。新京極ができた当時からの店なのであろう。いかにも京都を思わせる。

 もう一軒、四条の御旅に、尾張屋というそば屋がある。本店は車屋町二条下ルにある。そこもそばがおいしい。そばもおいしいが、出しの味加減がよい。

 道場田毎のそばを尾張屋の出しで食べてみたい。所詮叶わぬ夢だが。



 パソコンというのは便利な道具だが、不便な道具でもある。画面を立ち上げようと思うと「表示できません」が出てくる。
 ゆうべ、一晩じゅうパソコンと睨めくらをして、とうとうさじを投げて、竹林日記がきょうになった。


                     山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka

・資材倉庫の屋根がシルバーシートで覆われました。一部、明かり取りのために透明シートに変えるのだそうです


・今日は竹炭用の割竹の束造りと、出来上がった竹束を炭窯へ運搬することになりました


・今日、運搬する竹束です
・今日はここがオアシスです
・竹束造り用の松本さん作の
 新兵器です

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【雪の竹林】~荒木さん&Inaoka撮影

 HPのトップページの竹林の四季ほどではありませんが、めずらしくかなりの雪が積もりました。

・竹林入り口前の光風台の道路です
・長法稲荷の鳥居も雪が乗りました
・お気に入りの場所からの柴垣です

・集合場所の前の坂道です
・椎茸栽培場です。

・太陽の丘の遊歩道です。

・遊歩道の敷き板です
・この板の上に野兎!の足跡?




・コンサート会場跡地です。日差しが入ってきました。



 
 


 

 

 12 傘寿の 竹林独り言   「霧の中の作業」 

 2012.02.15(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「霧の中の作業」 2012・02・15 (水) 曇(霧?)

 参加者 : 山本、塚崎、川路、野本、池田、辻井、濱上、荒木、竹内、高橋。 [10名]



 今朝の曇りようはただごとでない。200mか300m先の竹林が見えない。道が濡れているが雨は降っていない。曇り空というより霧である。

 この空模様で果して人が来るだろうかと案じながら竹林に入ると、いつものメンバーが次々と顔を見せた。やはり来る人は来るのだ。「こんな天気で人が来るかいな、と言うたら嫁さんが、誰か来てはるかもしれんし行ったらええね、言いよんね」と塚崎さん。奥さんの判断のほうが正しい。一とき雨がぱらぱらと落ちてきたが作業を中断するほどの降りにはならずに済んだ。



 資材倉庫の屋根葺き用のシルバーシートが入荷している。だが下葺き用の割竹がもっと必要なのか、割竹を火で炙る作業が先行した。

 私(山本)が炙ったのだが、3、4本炙ったところで、要領がわかったと思って油断したために、途中でちょっと目を離したすきに竹が焦げて、使いものにならない割竹ができてしまった。要領をつかんだつもりで気を抜くと、とんだヘマをやらかす。油断は禁物。初心忘るべからずとはよく言ったものである。齢八十にしてやっと気がついた。以後気をつけます。



 「80・20運動」というのがある。80歳で自分の歯を20本残そう、という運動である。

 これは自慢してよいと思うが、私は1本の虫歯も入れ歯もない。自分の歯が32本全部残っている。ただし、正確には31本である。上顎の左第2門歯が内側に生えた八重歯で、舌を噛んでしようがないので歯医者に相談すると 「抜かなあきませんな」と言う。 「どうやって抜くんですか」とたずねると、「これだけ頑丈な歯は力まかせです」というわけで、文字どおり力まかせに抜いたのである。

  80・20運動を聞いたのは私が40歳ぐらいのときだった。だが、40歳になってから聞いたのでは、もしそれまでに虫歯や入れ歯があれば、もはや手のつけようがない。これは大人に言うことではなく成長期にある子供に言わねばならないと思う。しかも、「80・20運動」と聞いても「それなに?」と怪訝そうに訊ねる大人ばかりである。だとすると大人が子供に80・20を教えているとは思えない。

 私は学生時代に肺結核になったおかげで、あえておかげと言う、60年近く牛乳を飲んでいる。ざっと計算すると 3,600ℓ、タンクローリーで運ばねばならないほどの量である。これだけの牛乳が何の役にもたっていないわけがない。私は多分骨粗鬆症にはならないと思う。


 思いがけないことにパソコンがダウンしました。幸いにすぐ復旧したので、1日遅れで竹林日記をお送りできます。


                 山 本 律


 
 


 

 

 11 傘寿の 竹林独り言 「春は名のみの風の寒さや」 

 2012.02.11(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「春は名のみの風の寒さや」 2012・02・11 (土) 晴

 参加者 : 向井、山本、松本、野本、窪田、澤、辻井、濱上、荒木、小椋、竹内。村山(てくてく)。 [12名]



 今日は建国記念日。昔の紀元節である。神武天皇が橿原の宮で即位した日ということになっているが、神武天皇自体が実在しない人物なのに、何を根拠に2月11日が紀元節となったのか。ともかく宮中では今日を神武天皇即位の日としているらしい。成人の日や体育の日ははっきりした根拠があっても都合次第で休日が変るが、皇室が関係する休日は変らない。昔はこんなことを言うと国賊呼ばわりされた。



 久しぶりに、向井シズエさんが顔を見せた。竹の学校トップの高齢者だが、まったく老いを感じない。きょうも鞄から地下足袋を取り出して「これを履いて、またどじょうすくいを踊ります」と言っておられた。気が若いのと健康が、あの元気さを保っているのだろう。さすがに作業はされず、「長いことご無沙汰したんで、ちょっとご挨拶に」と、さくら餅とゆで卵を持ってきてくださった。ゆで卵はご自分がゆでて、一つ一つラップで包んである。あのマメさには敬服する。



 野本さんからの指示というか連絡を一つ。

 そろそろ筍のシーズンが迫ってきた。筍を希望される方は、再来週の土曜日(2月25日)までに申し込んでください。
 できればそのとき、「何月何日に何㎏」と、希望日と希望数量をあわせてお知らせください。
 愛筍会の申し込みは、後日あらためて受け付けます。今回は竹の学校のメンバーのみとします。



 前回の竹林日記で、資材倉庫の屋根の葺き方を間違ってお知らせしました。

 U字形の割竹を葺いて、それに逆U字の割竹をかぶせると書きましたが、正しくは「逆U字の割竹を葺いた上をシルバーシートといわれる防水シートで覆う」です。ろくに調べもせず、ええかげんなことを書いてスンマセン。



 きょうの朝日新聞の土曜版 "be on Saturday"に、 「早春賦」が出ている。大正2年(1913)に刊行された「文部省唱歌」に収録されている という。この歌を私が知ったころは女学校で教える歌で、私たち男の中学生の歌ではなかったが、歌詞がよいし、何より曲が美しい。

 大正時代の小学生はこんな歌を学校で習っていたのか、と信じがたい気がする。

 アホかと言われるのを覚悟の上で歌詞を書き写す。
    
      一  春は名のみの風の寒さや
          谷の鶯 歌は思えど
          時にあらずと 声も立てず
            時にあらずと 声も立てず


      二  氷解け去り葦は角ぐむ
          さては時ぞと 思うあやにく
          今日もきのうも 雪の空
           今日もきのうも 雪の空


      三  春と聞かねば知らでありしを
          聞けば急かるる 胸の思を
          いかにせよとの この頃か
           いかにせよとの この頃か

  またメロディがよい。ここに譜を画き写せないのが残念である。私はときどき一人で歌っている。


                    山 本 律


 
 


 

 

 10 傘寿の 竹林独り言 「寒明けの雪の中での屋根葺き」 

 2012.02.08(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言  「寒明けの雪の中での屋根葺き」 2012・02・08 (水) 粉雪

参加者 : 山本、塚崎、松本、野本、辻井、濱上、世良田、荒木、小椋、林、竹内、稲岡(喜)。 [12名]



 2、3日寒さがゆるんだと思ったのも束の間、また寒波が戻ってきた。しかも粉雪をつれて。粉雪は気温の低いときに降る。気温が高いとボタ雪(牡丹雪)になる。

 新聞の天気予報で京都府南部に雪だるまが書いてあった。京都府南部が雪なんて…愛宕山も京都府南部やからなあ、ぐらいの気持でいたが本当に雪が降った。天気予報も最近は正確になった。だが同じ寒波でも、前回と今回は寒波の性質が違うみたいである。

 そういえば、気温はこの間ほど低くない。ドラム缶の水が凍っていない。だが、そこらじゅうが濡れているので、何をつかんでも手袋が濡れて手が冷たい。



 粉雪の舞う中で資材倉庫の屋根葺きが続く。U字形の割竹を並べて屋根の形がほぼできた。よくわからないが、次はこの上に逆U字の割竹を伏せて並べるのだと思う。今までは、その上に厚く重ねた竹の枝を載せてあった。今回もそうするのかそれとも、もっと耐水性のある本格的の屋根にするのか。

 その一方で、竹炭用の短冊作りが真っ最中である。
 直径が10cm以上もある青竹が電動鋸で、秒単位の速さ切りそろえられていく。それを今度は輪状の鉈で何本かに割る。

 かながね思っていたことだが、あの鉈は、本来何に使うのか。どう考えても竹炭の短冊を作るための鉈とは思えない。専用の鉈が市販されるほど竹炭作りが行き渡っているとは思えない。まさかそのために鍛冶屋に作らせたわけでもなかろう。それとも私(山本)の認識不足なのか。

 松本さんが、和風のくずかごを作るといって皮を剥いた竹を蒸し焼きにして油抜きをしている。じかに火で炙ったのでは竹が焦げるという。竹で三脚を作って、竹筒を入れて密封したバケツを吊り下げて焼却炉の火で炙っている。凝り性というのか、探究心があるというのか、人のしないことをやってみようという人である。私には真似ができない。

 世良田さんは一人でB竹林に行って枯れ竹を焼いている。B竹林は水が不自由だから、火の始末に気を遣っておられると思う。



 粉雪のちらつく竹林は、寒いけれども風情がある。


                    山 本 律


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【屋根葺き作業の進捗状況です】~02/10 Kimiko撮影


 
 


 

 

 09 傘寿の 竹林独り言

「倉庫の屋根葺き本格化と
   竹炭の短冊作り」
  

 2012.02.04(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「倉庫の屋根葺き本格化と竹炭の短冊作り」 2012・02・04 (土) 晴

参加者 : 山本、塚崎、高田、松本、野本、窪田、澤、辻井、濱上、世良田、小椋、林、竹内、
      稲岡、稲岡(喜)。 [15名]



 8時の気温は1.2℃だが風があってとにかく寒くて冷たい。竹林のドラム缶に溜めている水が棒で叩いても割れない。

 子供のときから、節分は雪が降るものと思っていた。雪こそ降らないが節分寒波とはよく言ったものだ。これが何ヶ月かすると本当に半袖でも汗をかく陽気になるのかと思う。



 きょうは参加者が多くて竹林がにぎやかだ。倉庫の屋根を葺く割竹が次々と運ばれてくる。5m以上はある割竹を屋根に持ち上げるのは やさしい仕事ではない。

 一方では竹炭の原料の短冊を作る電気鋸がうなりをあげている。



 日差しも明るくなったことだし、そうこうするうちに筍のシーズンがやってくる…なんていってると、来週の半ばごろにまた寒波がやってくる

 という。文字どおり、春は名のみの風の寒さやである。

 しかし、春は間違いなくやってくる。もう少しの辛抱々々。



 京都府が主導する「地域力応援団」に、竹の学校も参加しようという話が出た。

 社会の役に立つ仕事に参加したいが、どこにどんな仕事があるのかわからない人たちと、我々の仕事に参加したい人を求める団体との接点を紹介する活動である。これに参加することで竹の学校の事業をもっと充実させることが期待できる。ご理解とご協力を期待する。

 預っている添付資料に竹の学校の竹林作業の写真が載っているが、恥ずかしいことに私にはこれをメールに載せて皆さんにお見せする技術と知識がない。われながらつくづく勉強不足を思い知った。

 関心のある方は、小椋さんか世良田さんにお尋ねください。


         山 本 律


                        この写真(2009.7.11)ではないですか→
                      ~地域力応援団(府民力バンク)のHPより
                     (http://www.pref.kyoto.jp/npo/ohendan.html)
                                         Inaoka
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【本日の作業風景】~Inaoka

・3月の竹炭作りの準備が始まりました
・竹割り道具です
・一釜に60束位必要です。まだまだ

・倉庫造りです。お楽しみの棟上はもうすぐです。

 
 


 

 

 08 傘寿の 竹林独り言 「氷雨の中の倉庫造り」 

 2012.02.01(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「氷雨の中の倉庫造り」 2012・02・01 (水) 氷雨 のち曇

参加者 : 山本、野本、濱上、世良田、林、竹内。 [6名]


 
 朝起きたとき山が一面雪雲に覆われて見えなかった。下界は粉雪まじりの雨が降っている。しかし傘をさすほどでもない。風がないから寒くはないが冷たい。8時の気温が0℃ぴったし。さすがに参加者が少なかった。



 枯れ竹焼却専属の山本とB竹林の整備に入った世良田さん以外の全員、といっても4人だが、倉庫の屋根葺きにかかった。

 青竹は重い上に、真っ直ぐのようでいて曲っている。ドリルで柱に穴を開けて番線を通して屋根材を固定する。最後は濱上さんが湾曲した竹にぶら下がって柱に載せた。これをあと何回も繰り返してやっと屋根の骨組みが出来上がる。半端な作業ではない。棟上が終ったときのやれやれという気持がよくわかる。



 濱上さんが竹炭と竹酢作りのマニュアルを作ってきた。B4版2枚に、竹炭用の短冊作りから竹酢採取までこと細かに段取りと注意点が書かれている。

 実際に作業すれば、さらに書き加える点が出てくるのかもしれないが、見た限りではこれで十分だと思う。ただ、竹酢を採取する仕方はもう少し詳しくてもよいのではないか。竹酢がどこから流れ出るのか、それを何でどう受けるのかなど。

 なお、1月25日の竹林日記でマニュアル作成の担当を松本さんと書いたが、濱上さんの誤りでした。お詫びして訂正します。



 またしてもアホなこと、というより不思議なことを一つ。

 前回、拙宅のガスストーブの調子がおかしくなった、と書いたが、自分でもわけがわからないままに調子が戻った。

 10数年使い続けたストーブなので埃がたくさん溜っているはずだと思って、故障とは別に中を掃除しようと思ってカバーを外しにかかった。ストーブをひっくり返して底を上にしてビスを外したのだが、カバーが外れない。だが素人がこれ以上分解しては、ますます調子がおかしくなるかもしれないと思って、再びビスを締めなおしてストーブを元どおりにした。

 ところが、何ということかストーブは機嫌よく火がつくではないか。温度の設定もちゃんと作動するし、火も消えない。

 ガス会社に見せたら、このストーブはもう製造していないから部品がありません。買い換えてもらわんと、と言うにきまっていると思うのに、ひっくり返してビスを外して締めなおしただけで復旧した。中は一切さわっていないし掃除もしていない。世の中にはこんなこともあるのだ。

 おかげで余計な出費をせずに済んだ。ご参考までに。


                     山 本 律


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【管理人より】 本年1月末のHPへのアクセス数です。 Inaoka

 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月 10月 11月 12月 合計
2012年 396 369
前年比 +59 +59
2011年 337 396 554 735 604 483 471 369 349 331 359 317 5,305
 
 


 

 

 07 傘寿の 竹林独り言 「資材倉庫の造り替え」 

 2012.01.28(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「資材倉庫の造り替え」 2012・01・28 (土) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、松本、野本、窪田、濱上、世良田、小椋、林、竹内、稲岡、稲岡(喜)。 [12名]



 今日は1月28日。1月の作業は今日で終る。このひと月何をしたか思い出せない。記憶に残るほどのことは何もせずにひと月が過ぎた。

 しかし、ものは考えようである。記憶に残るほどのことがないほど無事平穏だったのだ。世の中すべてプラス思考で行こう。うずうずぐずぐず悔やむより、精神衛生上そのほうが健康で、かつ楽しい。

 資材倉庫の屋根の葺き替えが順調に進んでいる。といってスピーディーにことが運んでいるわけではない。限られた人数で、火で炙って油を抜いた竹を肩で担いで屋根の高さまで持ち上げる。半端な作業ではない。できたら2月中、遅くとも筍シーズンに入るまでに仕上げてしまわねばならない。水・土と週二日で筍シーズンまで、中には雨でできない日もあるかしれない。日数の限られた心急く作業である。

 世良田さんが用事で遅れるということでB竹林の竹の焼却は今日は休み。



 寒に入ったとたん我が家のガスストーブの調子がおかしくなった。温度の設定がうまくいかず点火したと思うと消えてしまう。一方、ガスレンジは35年使っているが、ただの一度も故障しない。使うときに種火をつける構造なので、故障する箇所がないのである。

 このガスレンジはアメリカ製で、大正のはじめに第一号が神戸に輸入されて、いまはお孫さんが使っておられるが、いまでもメンテナンスに伺っています、と聞いて購入した。

 それから見るとこのガスストーブは、まだ10年も使っていない。確かに火はつくが、温度を調節する部分が壊れて使えなくなってしまった。アメリカという国はあまり好きな国ではないが、台所器具のようなものでも、こういう半永久的なものを造る国なのである。

 毎年ガス器具の点検に大阪ガスから人が来るが、種火を手でつけるというと 「最近はもっと便利なええのが出てまっせ」という。35年間一度も故障しないガスレンジよりええものというのはどんなガスレンジなのか。シンプルイズベストを知らないのか。


                    山 本 律


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【本日の作業風景】~Inaoka

・資材倉庫用の柱の油抜きです
・柱のための杭穴堀りです

・大黒柱を立てて、打ち込んでいます
・良質のタケノコのでてくるのを待つ乙女の丘
 柴垣のほぼ全景が見える、好きな場所の一つです

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【追伸】~ Inaoka

 新型PCが入りました。インテルCORE i7- 2600プロセッサー、12GBメモリー搭載、ブルーレイディスクドライブ付でOSはVistaを飛ばして、いきなり64bit Windows 7になってしまいました。

 周辺機器が古いので、ドライバー・ソフトで問題が続出しそうです。毎年更新している「ノートン360」と、商売用の「ホームページ・ビルダー」だけは、何とか稼動することが出来ました。そのうち、使用状況報告いたします。


 
 


 

 

 06 傘寿の 竹林独り言   「棟上の予行演習」 

 2012.01.25(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「棟上の予行演習」 2012・01・25 (水) 晴

 参加者 : 山本、塚崎、高田、松本、野本、窪田、濱上、世良田、荒木、林、竹内、稲岡(喜)。 [12名]



 寒やから当り前やといえばそれまでだが、寒い。というより冷たい。竹材の焼却場に置いてあるバケツの水に、うっすらと氷が張っている。

 私(山本)が山形にいたころ-8℃、-10℃という朝が何度かあって、道を歩いていて洟をすすると、鼻水が凍って息ができなくなったり、涙が凍って瞬きがしにくくなったり、飲み残した茶が湯呑の中で凍ったりした。最近は温暖化のせいか、そういう寒さはなくなったらしいが、それにくらべると、この程度の寒さは穏やかといってよい。それにしても、この寒さの中で、震災の仮設住宅で寒さをしのいでおられる人のご苦労を思う。



 建替えのため空地になった倉庫の跡が広くなったように思う。思うではない、よく見ると東のほうに1~2m広くなっている。

 南の崖沿いに立てられた柱の上に屋根を葺く最初の竹材が据えられた。これは棟上やないか…と思っていると、休憩時間に枇杷焼酎が振舞われた。

 野本さんがきょうのために用意してこられたという。そして、屋根が葺きあがったときにあらためて棟上をしよう、と。かなりアルコール度の高い焼酎で、ひと口かふた口だったが、やや空腹気味の腹に心地よく滲みわたった。



 はじめのほうがよく聞き取れなかったが、竹炭作りのマニュアルを作るという。材料の窯の詰め方、燃料と竹材の並べ方、火の落し方、注意点などを、項目ごとに作る。松本さんが基本を作って各自が気づいたことを書き加えていく。

 こうしたことは竹炭作りだけでなく竹林作業の各方面で必要なのではないか。いままでは見よう見まねでやってきたことを、その目的から作業の準備・段取り、作業の要領・注意点などを文書にして、それを見て何をどのように処理するかを周知させるのは大事なことである。



 というわけで、いままでアホなことばかり書いてきた傘寿の独り言に、やや硬いことを書く。

 以前、ある病院の事務員採用の面接試験で「事務管理とか人事管理というときの『管理』とはどういうことを指すと思う」と聞いた。だが誰一人答えられる者がいなかった。

 会計管理だの、果ては計画管理などと、口では簡単に言うが、管理て何や、とあらためて聞かれると誰も答えられない。

 最近あまり言わなくなったが、かつて plan do see(略してPDS) という言葉がよく使われた。計画、実行、点検・確認の意味である。

 何かを計画し立案し、それを実行に移す、その結果を点検して、不十分な点があれば、あらためて計画を立て直して実行に移す。そしてその結果を点検する。これの繰り返しが「管理」である。一番いけないのが「やりっぱなし」である。「管理者」というのは、単に「偉いさん」ではなく、PDSを確実に把握し指示する立場の者を指していう。

 私たちの竹林でも、筍ができなくなった竹はどれか、それをいつ伐採するか、伐採竹をどう処理するか、作業の上で不便や危険はないか改善すべきことはないか、あればどう改善するか、などを考えれば、管理が必要なことはいくらでもある。

 幸いにもというか不幸にもとうか竹の学校にはそういった意味での管理者がいない。メンバーすべてが管理者的視線で行動すればよい。またそうするしかない。それを全員で協議する。「わしの知ったことやない」では済まされない。暴言多謝。


                    山 本 律


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【本日の作業風景】~Kimiko撮影

・北側通路の柵作りです

・倉庫の裏の壁側です。棟上のお酒ために頑張ってます 

 
 


 

 

 05 傘寿の 竹林独り言 「雨の中の倉庫造り替え」 

 2012.01.21(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「雨の中の倉庫造り替え」 2012・01・21 (土) 小雨→曇

参加者 : 林、小椋、野本。 [3名]



 8時ごろ、小雨だったが雨が降っていたので、私(山本)は竹林に入るのを断念した。それでも竹林に出向いた人がいる。

 上記(林、小椋、野本)の3人。

 いつだったかも、この雨の中で作業をする人はいるまい、と思いながら念のため竹林に来てみると小椋さんと野本さんが出ておられた。このときといい今日といい、この熱心さは敬服に値する。

 3人で倉庫の地ならしと支柱の建替えを12時ごろまでされた。お疲れさまでした。


                   山 本 律


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【管理人より】~Inaoka
 やはり、雨でも登校されたのですね。風邪気味だったので用心して、お休みさせて頂きました。出勤や葬儀で、まだ初日が出ていません。来週は登校出来ると思っています。

 
 


 

 

 04 傘寿の 竹林独り言   「寒中の竹林作業」 

 2012.01.18(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「寒中の竹林作業」 2012・01・18 (水) 晴

参加者 : 山本、塚崎、高田、松本、野本、窪田、濱上、世良田、荒木、林、竹内、稲岡(喜)。 [12名]



 今朝6時半の戸外の気温は-0.8℃。この冬はじめての零下である。竹林に来る途中の畠が一面に霜で覆われている。よく晴れた空に飛行機雲がたくさん並んでいる。あまり数が多いので数えてみたら確認できただけで7本あった。飛行機雲がいつまでも消えないときは、上空の湿度が高いという。天気が下り坂になるのかもしれない。ここしばらく雨らしい雨が降っていないから降ったほうがよい。

 風がないので寒いというよりは冷たい。きっと水槽の水が凍っているだろうと思ったが凍ってはいなかった。暖をとるため何をおいてもまず竹を燃やそうと思ってライターに火をつけようとしたが、気温が低くてうまく火がつかない。それでも竹を焼却炉におさまる長さに切ったり太い竹をまさかりで割ったりするうちに体が温まってきた。体を動かすというのはいいものである。しかし夏は違う。夏は、じっとしていても汗をかく。何度も言うが暑いより寒いほうがよい。



 資材倉庫を取払ったあとの、後ろの崖に段差をつけている。崖を崩して倉庫を広くするつもりかと思ったが、段差をつけているところを見ると、そうではないみたいである。倉庫が出来上がってはじめて、なるほどそうかと合点がいくのだろう。



 きょうもB竹林の竹の焼却に高田さんと世良田さんが入った。間伐した竹材の利用方法に、何かよい知恵はないものかと思う。我々の竹林だけでこれほどの間伐竹が出るのだから、日本中の間伐竹を考えると想像もつかない量である。それともこれほど丁寧に間伐をするのは乙訓だけだろうか。しかし、乙訓だけだとしても、ものすごい量である。



 またしても愚にもつかない八十のじじいの独り言を。

 東日本の大震災をきっかけに、「がんばれ」が大はやりである。だが、何を頑張るのか、中身がわからない。言われた人たちも、誰もみな気にかけてくれていることはわかるし、有難いと思われるだろうが、心に響くものがないのではなかろうか。

 頑張るは、「我を張る」から出た言葉だという。自分を主張するだけで他人の立場や考えを配慮しない姿勢である。

 もうひとつ、最近よく使われる「こだわり」も、おかしな使い方である。もとをいえば、些細なことに執着する、とらわれるのが、こだわりである。「いつまでこだわってんね」などと言うのが本来の使い方である。

 しかし気をつけて聞いていると、「こだわり」という名詞形(体言)と、「こだわる」という動詞形(用言)とでは、使い方に微妙な差があることに気づく。「こだわりの一品」というとき、こだわるは使えない。

 そういえば、ラ抜き言葉もそうである。「ら」を抜くのは可能不可能を言うときだけで、敬語(尊敬語)のときに「ら」は抜かない。「食べれない」と言っても、「食べれますか」とは言わない。

 言葉は時代とともに変化するという。これらはその一例かもしれない。


               山 本 律


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【本日の作業風景】~Kimiko撮影

・資材倉庫の裏の崖です。段を付けています

  ・長法稲荷側の入り口の歩み板が橋?になりました 
  
 
 


 

 

 03 傘寿の 竹林独り言 「資材倉庫の作り替え」 

 2012.01.14(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「資材倉庫の作り替え」2012・01・14 (土) 曇

参加者 : 山本、高田、松本、野本、窪田、澤、世良田、荒木、林、竹内、高橋、多田夫妻+α。村山(てくてく)

      [14+α]  (+αは多田いいねちゃん)

来訪者 : 長岡京手づくりジャズの会 5名



 いつもこの時期に思うのが、日が長くなったことである。冬至のころは、夕方5時というと真っ暗だったのが、いまは5時を過ぎても空が明るい。寒さはこれからが本番だが、空の明るさを見ると春が近い、と思う。

 その割には朝が暗い。ときとすると、時計を見間違えたかと思うほど暗い。今朝は曇っていたこともあって、何度も時計を見て時刻を確かめた。 もう6時半やんか、起きなあかん…



 前回の竹林日記に、倉庫の屋根の葺替えが今日にも始るように書いたが、屋根の葺替えどころか外壁も柱もみな取払って空地になってしまった。

 そのことを野本さんに言うと、野本さんのいわく

「前から何度も、倉庫は作り替えなあかん、て言うてるやんか。竹を火で炙って油抜きをしてたんはそのためやないか。耳が遠いのとちごうて聞いてへんのや」

 言われてみるとそのとおりである。野本さんの計画説明をその気になって聞いていなかったのだ。

「おっしゃるとおりや、聞いてへんかったんや」

 野本さんは薄笑いを浮べてうなづいた。ということで資材倉庫は一から作りなおしである。筍のシーズンまでに完成させたい、とのことである。 



  長岡京手づくりジャズの会という団体から5人の女性の来訪があった。

  ジャズと竹林とは不思議な取り合わせだと思って聞いてみると、3月24日の土曜日に、バンビオ3階のホールで、手づくりジャズの会主催の「長岡京ジャズライブ」を催すので、会場の装飾に竹行灯をお借りしたいという話だった。

 先日、長岡天神の裏の長岡公園で「竹あそび」が催されたとき、竹の学校の竹行灯が展示されているのを見て、あの美しさに感動されたようである。

 何度も言うが、竹の学校の活動は筍栽培だけではない。そして私たちの活動を、見る人は見て下さっているのである。


              山 本 律


 
 
 


 

 

 02 傘寿の 竹林独り言

「資材倉庫の屋根の葺替えと
  B竹林の竹材焼却」
  

 2012.01.11(水) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「資材倉庫の屋根の葺替えとB竹林の竹材焼却」 2012・01・11 (水) 晴

参加者 : 山本、高田、松本、野本、濱上、世良田、荒木、小椋、林、竹内。 [10名]


 
 もともと水曜日は参加者の少ない日だが、「仕事始め」で仕事は始ったが、さしあたって急ぎの仕事はないと思ったのか、参加者が少ない。



 私(山本)の認識がうといのか、いきなり資材倉庫の物品の整理が始った。はじめのうちは、何をするのかわからなかったが、屋根を葺いていた竹材が、片っ端から取除かれるのを見て、ようやく、屋根の葺替えだ、と気がついた。自分でも恥ずかしいが、きょうが資材倉庫の屋根の葺替えだとは知らなかった。

 ともかく資材倉庫が空っぽになって屋根が取払われた。だが、3時間足らずでは古い屋根をはずすだけで精一杯だ。葺替えは次回の作業にしようということで、今日は終った。

 骨組みだけの倉庫は明るくて、がらんとしている。というより屋根のない骨組みだけの倉庫は、倉庫の姿をしていない。



 朝のうち姿を見た高田さん、世良田さんがいない。聞くとB竹林の間伐竹材の焼却をしているという。

 B竹林は、もともと水源の乏しいところである。あそこでの焼却作業は、火気の管理にものすごく気を使う。90ℓほどのポリタンクを運搬車に積んで運ぶ途中で、傾斜がきつくてポリタンクがひっくり返ったという。

 あらためて水を運びなおして、焼却作業は無事終った。たいへんな重労働だったと思う。
 ご苦労さま、お疲れさまでした。



 またしても余計な笑い話をひとつ。イギリスの話である。

 イギリスの国会でのこと、イングランドの議員がスコットランドの議員に言った
「イングランドでは羊の餌にするカラスムギを、スコットランドでは人間が食うというではないか」

 スコットランドの議員が答えていわく
「おっしゃるとおり。だからスコットランドは人間が優秀で、イングランドは羊がよく育つのだ」

 日本の国会も、これくらいユーモアのある議員がいればもう少しまともなやり取りができるのではないか。


             山 本 律


 
 
 


 

 

 01 傘寿の 竹林独り言   「七草の仕事始め」 

 2012.01.07(土) 山 本 律

 

傘寿の 竹林独り言 「七草の仕事始め」 2012・01・07 (土) 晴

参加者 : 山本、塚崎、川路、尾崎、松本、野本、窪田、池田、原、濱上、世良田、荒木、大西、小椋、林、

      竹内、稲岡(喜)、高橋。 [18名]



 遅ればせながら あけましておめでとうございます。

 一年間無事に過ごせて新年を迎えられておめでとうなのだと私は理解している。今年も元気で竹林整備に励みましょう。

 仕事始めは、まず竹林の四方に米、塩、酒を撒いて、今年の無事を祈った。

 土にも竹にも神がいる、という八百万の神の宗教観が、われわれ日本人にはある。唯一絶対の神を信じる西欧の人たちには理解できない感覚だと思う。

 前にも言ったが、文字をまだ持たなかったわれわれの先祖は、神を「さ」と言ったらしい。五月を「さつき」、その時期に降る雨を「さみだれ」、「さ」に供える稲の苗を「さなえ」、「さ」に仕える未婚の女性を「さおとめ」、「さ」に供えることを「ささげる」、「さ」から受けることを「さずかる」、みな「さ」に関係した言葉である。

 私たちも竹林に宿る「さ」に、今年一年の無事を祈った。



 そのあとが芋煮会。大なべ二つに、女性のメンバーが、里芋、ごぼう、人参、たけのこ、糸こん、豚肉などを煮て、青竹の器と竹の箸で食べる。酒も青竹のぐい飲みで。  竹林ならではの芋煮会である。

 気がついたのは、竹の器は肉が厚いのと青竹で水気を含んでいるのとで、なかなか冷めないことである。

 少し冷め加減になってやっと味わいがわかった。それに大なべで大量を煮るので味がまろやかなことである。家庭で小さななべで作っても、こうはならない。おいしかった。女性メンバーの皆さん、ごちそうさまでした。

 もっと食べて、もっと飲みたかったのだが、あいにく私(山本)は午後にも用事を控えているのでハメをはずすわけにいかなくて残念だった。



 午後は長岡京公民館サークルの「中世文学を読む会」。

 いまやっているのは、命を助けられた鶴が化身になって恩返しをする話。テーマは「鶴の恩返し」と同じだが機を織ったりはせず、秦の始皇帝の咸陽宮にも勝ると思われる宮殿に住んで、助けてくれた人をもてなす話。



 午前中は竹林で芋煮会を楽しんで、午後は優雅なお伽噺を聞く。― いかにもお正月らしい一日だった。


                              山 本 律


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【竹林の新年会】~Kimiko撮影

・いつもの記念撮影です

・さあ飲むぞ~じゃない、食べるぞ~

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【管理人より】 昨年1~12月末までのHPへのアクセス数です。今年も頑張ります Inaoka

 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月 10月 11月 12月 合計
2011年 337 396 554 735 604 483 471 369 349 331 359 317 5,305