放置竹林が日本のあちこちで問題化

日本でほぼどこにでもある植物のひとつに竹がある。松竹梅という言葉から分かるように、古くから日本の文化の中に定着、めでたい植物とされてきた。若芽を筍として食べ、道具や工芸品などに加工もすれば、かつては住宅建設時に土壁の内部に使うなど万能な植物だが、このところ、あまり、良い印象を持たれていない。

竹は繁殖力が強く、放置しておくとどんどん広がって周囲の森林などに侵入して繁茂する。それが傾斜地の場合には土砂災害を引き起こす可能性があるとされる。竹は樹木と違い、根が浅い。そのため、雨が降った時には竹林ごと斜面を滑り落ちる危険があるというのだ。

また、放置された竹林には猪が住みついて獣害を引き起こしたり、日が射さなくなったことで竹が腐って倒壊。どんどん人が入れなくなり、問題の解決を妨げるようにも。最近では都市近郊でも里山、空き家の周辺が竹藪に変わりつつある姿を目にするようになっており、放置竹林は日本の多くの地域を悩ます問題のひとつになっているのである。

きちんと手入れされていれば竹林は美しいものだが……

それに対して竹を建築の現場で使えないかというこれまでにないアプローチが始まっている。具体的には集成材にして建材として使う、竹を原料にしたセルロースナノファイバー(CNF)を塗料や樹脂サッシにするなどの2つの方法が検討されている。

その「竹でイエを建てちゃおう!プロジェクト」と題した研究が始まったのは2016年。研究の推進役となっている日建ハウジングシステムにlid研究所が立ち上がったタイミングである。同社は日本有数の建築設計事務所である日建設計から1970年に都市型集合住宅を専門領域として分離独立した会社だが、その後の社会の変化を鑑み、ただ、建物を建てるだけでなく、暮らしの変化に対応、それをより高めるための仕組みづくりを研究する組織として研究所が設置された。竹だけでなく木造建築についてや、地方と都市をどうつなぐかなどについても幅広く、研究を積み重ねているという。

成長のはやい竹は課題であり、資源でもある

竹の研究については鹿児島県薩摩川内市、吉本興行株式会社をはじめ、大学、製造メーカー、建築設計事務所その他の事業者とも連携して進めている。

「日本で竹林の面積が最も広いのが鹿児島県。その県内でも最も広い面積を有するのが薩摩川内市です。そこで薩摩川内市では山で竹を伐採するところから始まって一次加工、二次加工、製品化、流通と川上から川下までの利用を総合的に進めようと考えています。それにより雇用の創出はもちろん、産業の創出、地球温暖化対策などを図ろうという計画で、その中で建築の世界で何ができるか。それが課題です」と日建ハウジングシステム大阪代表理事設計部部長兼lid研究所I³デザイン室室長の古山明義氏。

現在は悪者に見られることもある竹だが、繁茂のきっかけは戦後盛んに行われた筍栽培。筍を取った後、竹林が適切に管理されていれば現在の状況にならなかったはずだが、同時に海外から安い竹が入るようになり、国産の竹材の利用が減った。プラスチックの利用も竹を駆逐した。1960年代には竹の笊や籠よりプラスチックのチープでカラフルな品が現代的だと尊ばれたのだ。

結果、竹林は放置されることになるわけだが、竹自体は悪いのではない。

竹を建築の現場で使えないかという取組みを推進する日建ハウジングシステムの古山明義氏
筍栽培が現在の放置竹林に繋がっていたとは。当時はそんな結末を思った人はいないだろう

「竹は強度があり、建築材料に向いています。針葉樹は40~60年、広葉樹に至っては100年以上かけて育てますが、竹なら3年で使えるようになり、一度伐採してもすぐに次の世代が育って使えるようになります。逆に大量に使っていくことが里山の保全に寄与します。

樹木と違い、成長期の1年ほどしかCO2は吸収しないといわれていますが、単位面積あたり多くの竹が育っていることを考えると竹の使用は環境にも寄与します。課題であると同時に資源でもあるわけで、うまく活用できれば付加価値の高い産業に育てられるのではないかと期待しています」

建物に使えるように竹集成材の性能評価書を取得

最初に取り組んだのは竹の集成材。フローリングなど床材としてはすでにあるが、構造材としてはまだ世にない材である。2017年7月から2018年3月にかけて各種強度試験を実施し、竹そのものが一般に構造材などに使われる杉に比べて強度が高く、集成材にするとさらに強さが出ることが分かった。

そこで2019年5月から2020年3月にかけては実際に集成材による建材の開発、展開を行った。

「柱、梁を竹で作ったブースを作り、2020年2月に東京ビッグサイトで開催された『東京インターナショナル・ギフト・ショー春2020』に出展。広く、ご覧いただきました。竹で作った集成材の柱や梁を大工2人に組み立ててもらったのですが、竹そのままの状態だと中が空気なので軽いのですが、竹だけになると重いものだと分かりました」


竹集成材は木材(杉)よりも強度があるという結果が出た

次いで作ったのが竹集成材のパーテーションテーブル。40ミリの集成材を使った3枚のフレームと天板というシンプルな構成で組み方によって作業スペースや展示スペース、避難所、投票所などにも変化させうるもので、現在は薩摩川内市役所に置かれているそうだ。

集成材としていろいろに使えることが分かってきたことから、そろそろきちんと建築にしていこうと2021年4月から取り組み始めたのは竹を構造材として使えるようにするための竹集成材構造の性能評価書の取得。鹿児島大学大学院理工学研究科鷹野敦研究室、ハフニアムアーキテクツと共同研究を実施してきた。

「竹はイネ科の植物で、ある意味“草”。そのため、建築基準法37条で規定する指定建築材料でもなければ、JIS(日本産業規格)やJAS(日本農林規格)にも建材として定義されていません。そこで竹が構造材になりうることを証明、具体的に地上1階建て、延べ床面積70m2の薩摩川内市の市有地に建設する店舗を想定したモデルプロジェクトで2023年3月の性能評価書を取得しました。ここまでしておけば、あとは実際に発注があった時に大臣認定を取得すれば、すぐに建築ができます」


の集成材で作ったターテーションテーブル。組立式でさまざまな用途で使える
モデルプロジェクトの完成予想図

竹を最先端バイオマス素材、CNFとして利用

もうひとつの研究は竹セルロースナノファイバー(CNF)を活用して建材を開発するというもの。CNFとは木材などの植物繊維をナノレベルまで細かくほぐすことで生まれる最先端のバイオマス素材のこと。鋼鉄の5分の1の重さで、鋼鉄の5倍以上の強度を持つというスーパーな素材だが、研究は始まったばかり。ここでは具体的には窓枠(サッシ)、窓ガラス、外部塗料として利用できないかを検討、実験を行っている。

「樹脂サッシに使われる樹脂自体は強度がなく、それを強化するために中に金属が入っています。そのため、どうしてもサッシが重くなり、見た目にも太くなります。ところがCNFを使うことで軽くすることができ、スリムな樹脂サッシができることで、金属製のサッシが樹脂サッシに置き換わり、断熱性能も高まります。
窓ガラスの場合も一般的な遮熱ガラスは金属酸化物を使い遮熱性を出していますが、これを植物由来のものに置換することで環境にも優しい製品にすることができます。
遮熱塗料については雨風などによる劣化をCNFを使うことで抑えることができます。外壁の塗り替えが10年から15年に延ばせるようになり、CO2排出量の削減に繋がります」


暖化対策のひとつとしてセルロースナノファイバーの実用化が求められている。画像は環境省の資料 https://www.env.go.jp/earth/ondanka/cnf.html

この取り組みでは13の企業、機関による産官学連携コンソーシアムを構成して、2年6か月をかけて実施。材料を作るだけでなく、その性能を確認するために薩摩川内市内の市営住宅に実装、約1年間、温熱環境の実測を行った。それによると夏季には6.5%、冬季には2.4%と1日あたりのエアコンの積算電力量を抑えることができたとか。

その後、薩摩川内市内で空き家になっていた学校の艇庫として利用されていた建物をまちづくり複合商業施設に改装する際には屋根と外壁に竹CNF遮熱塗料を使用。地元では竹の思ってもいなかった利用法と話題になり、新聞、テレビなどが多く取材に来たそうだ。

竹関連産業が廃業。その結果、竹は高いものになった

建材として、素材として竹の可能性は証明されてきたわけだが、次の問題は実用化。そこにはまだいくつもの乗り越えなければならない課題がある。ひとつ、誰もが思いつくであろう課題はコスト。竹の利用は高くつくのだ。

「昔の住宅の土壁の内部には竹で編まれた竹木舞が入っていました。ごく普通の家にも使われていたことを考えると、その当時の竹は高いものではなかったはず。ところが今はたくさんあって邪魔モノ扱いされているにも関わらず、竹を伐採、輸送、加工しようとすると高くつきます。それはかつてあった竹を使う産業がビジネスとして成り立たなくなり、廃業してしまったから。
たとえば弊社の大阪オフィスでは薩摩川内市の真竹を120本利用、インテリアとして使っています。これを鹿児島から大阪に運ぶ際、最初は現地で割って輸送しようと考えていました。竹をそのまま持ってくるのは空気を運ぶようなもの。高くつきます。ところが、3mの竹を割れる人がいない。そこで仕方なく、高い運送費をかけてそのままで運びました。
また、竹で集成材を作る際も加工できる場所が市内にないため、高知まで運んで加工してもらわなくてはいけません。これが地産地消、地元で加工できるようにすれば送料その他が節約でき、安くできるはずです」


壁を作る場合、内側に入っているのが竹で編まれた竹木舞。写真は福岡県八女市の伝統的な建築物が残る一画での建物再生工事現場

建ハウジングシステム大阪本社のエントランス。竹で彩られている

現段階では使い方が限られている点もコスト高に繋がっている。

さまざまな利用が模索されてはいるものの、それはまだ始まったばかり。そのため、部分的な活用はあるものの、竹1本をまるまる全部使えるようにはなっていない。そのため、捨ててしまわざるを得ない部分があり、そのために高くなっているというのである。今後、使い方の研究が進み、廃棄せずに使える部分が増えていけばそれに伴って安くなっていく可能性は十分ある。

不燃化、樹脂サッシの普及度などの問題も

建材として考えた場合には耐火性能の問題がある。今のところ、不燃の竹はなく、建材として使おうと考えた場合、使える場所が限られてしまうのである。

「木材を不燃化するのには薬剤を注入するのですが、竹の場合、均一に薬剤が入っていかず、性能にむらがでてしまうのです。ただ、使う試みはまだ始まったばかりなので、今後、研究が進めば不燃化できるようになるかもしれません」

素材として考えた際、伸びしろがあるのは樹脂サッシのように思われる。今後、温熱環境に関する法規制が厳しくなっていくことを考えると樹脂サッシ利用は必須になっていくと思われるからだ。

「日本ではアルミサッシが全体の6~7割を占めていますが、海外では樹脂サッシが普及しています。欧米はもちろん、お隣韓国でも8割ほどで、日本は出遅れています。ただ、樹脂サッシ自体がまだ普及の途上にあるのに、そのさらに先の製品を開発するのはあまり現実的ではないと思われているのかもしれません」

個人的には日本で売れないなら海外で売れば良いのにと思ったが、サッシを輸出するのは送料が嵩むと古山氏。ただ、面白い意見もあるそうだ。

「樹脂サッシに竹由来のCNFを使うと樹脂が黄変します。日本人は黄変を嫌いますが、海外では逆にこれが受けるかもしれません。竹といえば日本というイメージ。そして日本には繊細、精密、自然豊かというイメージもあります。それを利用、黄変する樹脂サッシに竹の模様を入れ、自然由来の樹脂と言って売ったら売れるのではないか、そんな意見を聞いたことがあります」

問題点はあるものの、竹が建材、素材として使えるものであることまでは分かってきた。あとはそれを広く知ってもらい、さまざまな観点から実用化への道を探りたいと古山氏。
幸い、吉本興業株式会社という広く知られている存在と組んでいることから、リリースへの反響は大きく、いろいろな問い合わせが来ているとか。まずはモデルプロジェクトの竹の建物が実用化する日を楽しみにしたい。


デルプロジェクト内部。まずはこの竹集成材でつくられた建物が実現することを楽しみにしたい

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