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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「今年の梅雨は・・・」
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2009. 6.
27 杉谷保憲
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竹林日記「今年の梅雨は・・・」2009・06・27晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、世良田、小椋、竹内。高橋(治)、塚崎。
今日も主力がB竹林に入っているので、A竹林は閑散としている。 日差しは強いが竹林の中は風が流れてしのぎやすい。
昨日、寺町二条で竹工芸の専門店に入ってみた。目を引いたのは竹の文鎮など小物である。 入り口に竹の皮が積んである。2枚300円。へェッ――いい値段だ。
今日の竹林ではカブトムシが数匹ケースに入れられている。塚崎さんが言う。「カブトムシは一匹300円です。」
この竹林には竹の皮やカブトムシはたくさんある。生産原価がタダだから、商売をするなら、これが最高の利益率だ。
高橋もとめさんが「今年はキヌガサタケを見ませんね。どうしたのでしょう?」 そうなのだ。
一昨年の6月23日に隣の竹林に出た。そのときの日誌に「去年より2週間早い」と記している。 昨年の6月25日は地元の写真家瀬野氏が撮影に来て、この辺は今、盛りですよ。と言っていた。そこで6月28日に瀬川氏、田中氏と写真を撮って歩いたのだ。
それなのに今年は? 皆で雨が少ないのだろうと推定した。山歩きの好きな高田さんが「今年はモリアオガエルも見ない。」と浮かぬ顔。 キヌガサタケよ、開いてくれ。あの華麗な姿が見られないのはさびしい。 11時から理事会。12時終了。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「今東光夫妻のこと」
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2009. 6.
24 杉谷保憲
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竹林日記「今東光夫妻のこと」2009・06・24(水)晴れ
参加者 杉谷、高田、西村、野本、世良田。
朝、6時小雨。天気予報を見ると9時から晴れ。竹林には5人しかいない。
西村、世良田さんはB竹林の伐採、野本さんは畑を少しずつ拡大しながら、クロマメの苗を植える。高田さんは運搬機にかぶせる木製カバーの制作、私は雑草引き。相変わらずそれぞれに仕事をする。
しきりに、言い残しておきたいと思うようになった。なにかが近いのかもしれない。
作家今東光さんが八尾の天台院に居られるときだった。友人に連れられて誕生パーティに訪問した。本堂にはすでに先客が30,40人あり、今さんはその中央に座っていた。 酒席ができていて、一升瓶が並んでいる。
最小限の衣装をつけた踊り娘が登場する。彼女は道頓堀の舞台の間に駆けつけているとのことであった。 今さんは舞い姿を楽しんで、いつものワッハッハッの豪快な笑い。
客たちは多数の力を頼んで、ヌード娘に声援を送っている。 仏壇の扉は閉められていたが、悪がきたちは「先生、開けてもいいですか?」とそそのかしている。
昼にひなかのヌードショウは目のやり場に困る。私はみんなの勢いに押されて、片隅で小さくなって、ことの成り行きを見ていた。
今さん「オー、お前らだけを喜ばせても仕方ない。仏さんにも楽しんでもらおう。ワッハッハッ。」と、御開帳である。今東光という作家は桁外れに大きい人物であった。
私は気疲れして、本堂の濡れ縁に出る。そこでは奥さんがチワワを抱いてあやしている。
私「犬がお好きなんですか?」
奥さん「好きなのだけどね。でも飼いたくはないのよ。生きものは必ず死ぬからね。それが辛くて、辛くて。」 私はそれを聞いて粛然となった。春の庭の緑が眼にしみた。
本堂の中は笑いさんざめきが続いていた。 あのときも、あの場も別世界だった。
杉谷 保憲
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✲ $$$竹林日記
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・・・「竹林の水琴窟」
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2009. 6.
20 山 本 律
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竹林日記「竹林の水琴窟」 2009・06・20 (土) 晴
参加者 : 杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡(夫妻)、諸橋、山本、塚崎、
村山(テクテク)
竹林に水琴窟が入った。「水琴窟」と名前はいかめしいが、見たところはただの土甕である。
もともとは酒か醤油を醸す甕だったのではないかと思うが、
この中に水滴が落ちると微妙な澄んだ音を出す。 いまはいろいろ改良が加えられているとは思うが、最初にこの音に気づいたのは誰だろう。いかにも日本人らしい繊細な感覚の持ち主だったに違いない。
すでに一つテスト用というかサンプルとして竹涛庵に据えられているが、
細い竹筒を耳に当てて水を落すと、水滴の大きさによって微妙な高低のある、金属的といってもよい チン コンという澄んだ音が聞える。
きょう入った水琴窟は、
この音をマイクで大きくして、10月18日の竹林コンサートの会場に流す計画である。
竹林を吹きわたる秋風に乗ってこの音が会場に流れるのを聞いてみたい。
久しぶりに諸橋さんが顔を見せた。
仕事の関係でいつも参加できないが、出られるときはぜひ参加したい
、と言っておられた。
山 本 律 記
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹の学校
総会 写真」
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2009. 6.
13
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司会開会挨拶
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議長選出
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理事長挨拶
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筍成長記録調査報告
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✲ $$$竹林日記
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・・・「竹炭収穫」
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2009. 6.
7 小椋耕治
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竹林日記 「竹炭収穫」2009.6.7(日)晴れ 10時~12時
参加者 窪田、早川、竹内、小椋
昨日竹炭製作の後半は、早川さんの孤軍奮闘。 本日10時から窯明け竹炭回収、半生竹は全開の
1/3 以下と良好、じっと我慢の早川さんのお陰が大。 収穫量は半生を除き 75kg
程で 3回目にして量共に一番の出来でした。
藤下さんへは前回半生竹 15kg 返却に付き 今回
3袋納品の連絡、後日取に来るとの事。 必要な方は、お気軽にどうぞお持ち下さい。
次回の製作予定は未定です。
小椋耕治
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✲ $$$竹林日記
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・・・「竹林のホトトギス」
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2009. 6.
6 山 本 律
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竹林日記「竹林のホトトギス」2009・06・06(土)曇→晴
参加者 高田、早川、野本、窪田、世良田、小椋、竹内、稲岡夫妻、辻井、山本、村山(テクテク)
きょうは杉谷会長が所用で東京に行っておられるので竹林はお休みである。
久しぶりに、テクテクの村山君が顔を出した。筍の時分に顔を合せて以来である。誰もが異口同音に「久しぶりやなあ…」と声をかけてゆく。
竹炭の窯に火が入った。窯のてっぺんの穴から、見るからに蒸し焼とわかる白煙がもうもうと噴きあがって、天日為に暗し、といった風情である。小椋さん、早川さん、世良田さんたちは夕方5時半ごろまで窯の見張りをするという。「携帯テレビでサッカーの試合見てんね」と小椋さん。
竹林のどこかでホトトギスの声が聞えた。キュッキュッ キキョキュキュ。
テッペンカケタカ、トッキョキョカキョクとも聞える。竹林を吹き抜ける風が汗ばんだ肌に心地よい。そんな中でホトトギスの声を聞く…。できることならクルーグ(蓋つきの陶器のジョッキ)でビールを飲んで、陶然として時の経つのを忘れる。これこそまさに贅沢である。竹林の七聖人を思いうかべる。
下の段では機材倉庫の地盤整備に余念がない。竹炭窯の3人も、地盤整備の人たちもみな弁当持ちで、午後も作業をされるらしい。考えてみると、これはボランティア(自発的作業)だからできるのであって、誰かの指示や命令ではこんなのどかな雰囲気で作業はできない。
山 本 律
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹を植える日」
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2009. 6.
3 杉谷保憲
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竹林日記「竹を植える日」2009・06・03(水)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、早川、西村、野本、世良田、小椋、竹内、辻井。
格納庫(器具置き場)の屋根が竹の小枝で葺かれた。辻井さんがその上で、寝そべったり飛び上がったりして、弾力を試しご満悦である。
今日はC竹林で、一本の竹を切るのに三人が取り掛かった。普通なら一人で何とかするのだが、稲荷社の周辺は念には念を入れている。伐採竹が倒れるときに、社殿の屋根を傷つけないように注意が必要だ。そして周辺もかなり伐採した結果、放置されたC竹林は中央部がやや開けてきた。
今日、伐採した竹は7,8年生であるが、切り株から水が噴出す。6月はそれほど竹の力が旺盛である。
「竹は八月、木は六月」という言葉がある。“竹を切るのは八月が適している。木を切るには六月が適している”という意味だ。 この八月は陰暦なので、今の暦では九月のことである。つまり九月に竹を切れば、その竹は水を吸い上げていないので、加工しやすいし、虫もつかないというのだ。
今日、伐採したのは老竹であるが、激しく水を吸い上げている。加工などには不向きであるが、労働力の面から、今、伐採作業をしなければ、放置竹林の解消が進まないのである。 不思議な話であるが、竹を植えるには五月十三日がいいと伝えられている。 これも陰暦なので、丁度今頃のことである。水を含んでいる時期の竹が、植えるのに適当という意味であろう?
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「幼い姉妹の大研究」
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2009. 5.
30 杉谷保憲
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竹林日記「幼い姉妹の大研究」2009・05・30(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡。
川路、尾崎、高橋(治)、稲岡(喜)、原。
タケノコが終ってから、15名という大人数が参加したのは初めてのことだ。 竹林はいっぺんに華やいだ。そしてその片隅で、クロマメが芽を出した。
一人で作業する人もいたが、今日は自然に3つの作業グループができていた。一つのグループはこのところずっと続いている竹炭の材料づくり、二つ目は小屋(機械置き場)づくりである。
三つ目のグループが面白い。穴のあいた枯れ竹を切って、ベニカミキリムシの食べかす(あるいは糞)をとりだし、集める作業である。この粉=竹フラスはアトピー性皮膚炎などに効用があるので、利用の仕方を自由研究しようというわけである。
一昨日、京都府庁で行われた竹カフェ(府内の竹団体の会合)の第二分科会で名古屋から出席した広瀬さん(株アクティベイト)がカラーコピー4,5枚を配布した。それは茨城県水戸市立五けん小学校の3年生、2年生の姉妹がつくった研究発表(壁紙の写真)である。
「虫たちが教えてくれた たけのことタケのひみつ」と題されている。その2番目には、ベニカミキリムシの生態観察がされていて、それによればベニカミキリムシは枯れタケが大好きで、一生(2年)をタケの節にある粉を食べて暮らしているという。
竹林で作業している人には常識的現象であるが、新タケと2年生タケは、タケの節のまわりに白い粉を噴いていて、3年たつとそれが消えてしまう。その白い粉はどうなるのか?という研究がされている。
研究結果を紹介しよう。白い粉は2年目まではタケの外側に出るが、3年目からはそれは内側に出る。
ほかに、ゼリー状のチロシンを舐めた結果、チロシンパワーがあることやタケが6メートルに達すると水を吸い上げないなど注目すべき研究である。まだまだある。
小びつ花奈子さん(姉)とゆき子さん(妹)の発表で、数々の賞を得たようである。 私もインターネットでこの姉妹の存在は知っていたが、研究の詳細を読んだのは初めて。
「NPO法人 竹の学校」で講演してもらいたいものだ。 杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「茫々50年」
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2009. 5.
27 杉谷保憲
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竹林日記「茫々50年」2009・05・27(水)曇り
参加者 山本、杉谷、早川、西村、野本、窪田、世良田、小椋、辻井。
今日も思い思いに働いた。作業の主なところは来週に控えた炭焼きの準備である。竹を割って、大きさをそろえるのはかなりの手間である。
西村さんと私はC竹林で伐採した。春は伐採には不適な季節であるが、枯れる寸前の竹を切り倒す分には季節は関係ない。久しぶりに放置竹林と格闘した。
帰宅してみると古巣の読売TVから「50年社史」が郵送されている。分厚いものだが、写真中心に編集されているのでぺらぺらめくってみる。
記憶にある写真が目に留まった。髪も黒々とした私がいる。 昭和40年のこと、ロックヘラー、ヘミングウェイ、キング牧師、ヒッチコック、ロバート・ケネデイ、パールバック、ジョン・フォードなどのお歴々の家庭を訪問してインタヴェーする番組である。
当時は1ドル360円、日本は貧しい国であった。海外取材が珍しい時代であったが、アメリカ政府の招待という形で実現した。家庭訪問の希望先を提出すると、アメリカ政府が万難を排して交渉してくれた。 どこの夫人にも、“内助の功”という意味を説明しても理解してもらず、これには苦労した。アメリカの夫婦にはそんな意識はないのである。
キング牧師夫妻には歌を教えてもらった。「We
shall
overcome」である。当時、日本でもすでに知られていた黒人の歌であったようだが、私は知らなかった。そんな私に夫妻は熱心にピアノ伴奏をしてくれた。
まだ黒人差別が激しい頃であり、アトランタの自宅訪問には気をつけるようにと念には念を入れた案内もあったが、家庭の中は穏やかで長い時間を過ごしてしまった。
そのキング牧師もロバート・ケネデイも暗殺されてしまった。アメリカのいい面も悪い面も見てしまった取材であった。
社史を眺めている。 白黒TVが床の間に置かれていた時代である。まさに茫々50年。 あのころ、インターネットでメールが発信できる時代が来るとは誰が想像したであろうか。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「新型インフルエンザ」
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2009. 5.
23 杉谷保憲
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竹林日記「新型インフルエンザ」2009・05・23(土)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡、辻井。
稲岡(喜)。塚崎。
来月初めに竹炭を焼くのでその準備。竹を割って大きさをそろえておく。
これが大量に必要なので、 ずっと その作業が続いている。
シイタケ園ができ、百本ほどのホダ木が整列した。休憩用のベンチが青竹の取り替えられた。竹の落ち葉が掃き寄せられ、雨水が地中に浸透するように工夫されて、水資源の涵養に気を配っている。サバエ刈りなどの諸作業が進んでいる。
作業終了直前に3人の中年女性が竹林の小径に現れた。 「この奥は通り抜けられますか?」 「いえ、行き止まりです。この道を散歩する人はいままで見かけたことはないのですが・・・。」
「町にでるとインフルエンザが怖いので、今日はその心配がない竹林の中を歩いているのです。」 余りものおじしない女性たちだ。聞いてみると、去年の竹林コンサートに来たことがあるので、土地勘はあると言う。
私が、竹林は森林と比べると清潔感があるので、健康増進に役立つと説明すると、彼女たちはほんとにそうだと言って、竹林内を歩く。
健康づくりをする体育には三つの流れがあるように思う。 一つは西洋型のスポーツで、ゲームとして勝敗を競うもの。二番目は日本型の剣道、柔道、合気道など、鍛錬と礼儀を大切にするもので、体と精神の合一を求める「道」。三番目はヨーガや太極拳にみられる、ゆっくりした動きで呼吸法を重んじ、体を自然に添わせようとする古代東洋が生んだもの。
竹林のなかで、古代東洋の健康づくり、つまり竹に体を添わせる運動(ヨーガには瞑想も含まれる。)をやれば面白いと説明したら、彼女たちは大いに賛成した。
ところで、新型インフルエンザは神戸から大阪へ、そして京都へと広がるようである。都市部ではレストランはガラガラになった。祭りや催事は中止されている。
これでは人が集まらないから、都市機能が失われてしまう。竹林には抗菌性がある。インフルエンザが下火になるまで、ここを散歩道にするのは賢い選択である。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「サバエ」
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2009. 5.
20 杉谷保憲
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竹林日記「サバエ」2009・05・20(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、西村、野本、世良田、小椋、竹内、辻井。
京都橘学園(2)
気温が上がり蚊がでてきた。 学校の授業(総合)に竹林を入れたいというので、2人の先生が見学に入山。竹林には中学生向きに、環境教育・古典文学・科学・絵画・音楽・社会問題などテーマがたくさんあるので、予想外の収穫があると喜んでいた。 中学生が年間を通じて竹を学習してくれれば、私たちもうれしい。
私はずーと不思議に思っていることがある。 私たちのタケノコ畑は、50年にわたる放置状態を経て(=タケノコ畑としては中断して)、再び畑にして今7年になる。わが家の隣のタケノコ畑は200年継続しているという。 この二つの畑でのタケノコの発生具合にかなりの開きがある。前者に比べて、後者は発筍量も多いが、収穫期間も長い。
今、サバエがでている時期だ。サバエの本数も圧倒的に200年畑が多い。やはり年期の入った畑は違うのだと思わされる。
サバエとはタケノコではあるが、細いし、時期外れの発育不良のものである。これがタケノコ畑にはしつこく顔を出すので、鍬でこまめに除去していく。
漢字は「五月蝿い(うるさい)」を当て、「五月蝿(サバエ)」と読ませている。タケノコ畑としてみれば本当にうるさい存在だ。除去作業をしているときにやってくる5月のヤブ蚊もウルサクなってきた。 タケノコ栽培の年期の成果は収穫にもサバエの発生にも現れてくる。 この疑問を市役所の藤下さん(タケノコ栽培の権威)に問うた。
彼は言った。「杉谷さん、あと50年、畑の手入れをしてください。」
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹の皮その後」
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2009. 5.
16 杉谷保憲
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竹林日記「竹の皮その後」2009・05・16(土)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、世良田、小椋、竹内、稲岡。塚崎。
前回に記したが、新竹が皮を落としつつある。 竹林の一年で最も変化が見られる時期である。今日、私はその皮を拾った。きりのないほどあるので拾いきれない。
この皮を無理にはがすと、そこでその節の成長が止まるという。やってみたかったが手が進まなかった。 タケノコのときに水を吸い上げて先端から水がこぼれているのを、今年は写真に撮った。そのタケノコが今日は10メートル位に伸びている。そしてその下の地面を濡らしている。若竹はまだ水を吸っているのだ。
この皮が柔らかいとき(甘皮)は料理して食べるのだそうだ。私はその経験がない。 一度食べてみたものだ。竹をこれだけ観察しているのに知らないことが多い。
今、日本のタケノコ生産は経済的に立ち行かない。それは中国の安いタケノコが水煮になって輸入されるからだ。中国のタケノコは1970年代に、日本が技術指導した結果、飛躍的に大量生産されるようになったからだという。全く皮肉なものだ。
しかももっと皮肉なのは、中国タケノコを日本産だと産地偽装して日本内で販売して逮捕されていることだ。
技術の国際移転と食品の安全とがないまぜになっている事態である。
民主党の新代表に鳩山さんが選ばれた日である。 杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹の皮」
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2009. 5.
13 杉谷保憲
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竹林日記「竹の皮」2009・05・13(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内。
タケノコ掘りが終って、みんな思い思いの仕事をした。10人居たから10種類の作業である。野本さんが種を播いている。枝豆ができれば、夏が楽しみ?だなあ。
彼がなんとなく言う。竹の皮を集めれば・・・。 そうだ。忘れていた。今、今年竹が皮を落としている最中である。竹の皮には利用価値があることは知っているのに、それを集めることを忘れていた。
ネットで「竹の皮」を検索してみる。おにぎり、寿司、鮮魚、肉を包むのに非常にいいと例証があがっている。竹の皮を売っている商店もたくさんあるようだ。
飯田市立松尾小学校4年1組の実験結果には感心した。 竹の皮とラップやアルミホイルで包んだ場合との比較をしている。竹の皮は水分を出したり、吸ったりして鮮度を保つのだそうだ。 自然のものは価値があるものなのだ。
私たちの竹林では、昨年までこれを見過ごしてしまっていた。 今年は採取を考えたい。次の土曜日と来週までだろう。みんなで集めたい。
誰か利用したらどうだろう。集めて捨ててしまうのはもったいない。 活用法を考えたい。 竹の皮をほしい人は?
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹林セラピー序説(3)」
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2009. 5.
9 杉谷保憲
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竹林日記「竹林セラピー序説(3)」2009・05・09(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、竹内、稲岡。
塚崎、林。
急に暑くなった。28度になると予報されている。だから長い時間の作業はしんどい。タケノコはもうお終い、今日はいくらか掘ったり、切ったりしたが、それを持ち帰る人も少ない。
来週から繁忙期体制が解かれ、水、土の作業に戻り、つづいて間伐が始まる。放置竹林のためタケノコがほとんど出ていないB,C竹林から伐採をはじめ、最後にA竹林に戻ることになる。 そして6月13日(土)10時からNPO法人竹の学校の総会を予定している。
竹林セラピーについての3回目。森林セラピーはだんだん知られるようになってきた。森林の中を歩いたり,瞑想したりすることで、健康を回復させたり、心にダメージを受けた人を癒す作用がある。竹林は同じ効果、いやより大きな効果が期待される。しかし竹林セラピーについては語られることがほとんどない。わずかに、増山 均氏(早稲田大学文学部教授)が幼児教育を竹林内で行い、『子育ての知恵は竹林にあった』(柏書房)で世に問うているぐらいだろうか。
森林面積の中で竹林面積は1%という。竹林が少数派であるために無視されている。 竹林セラピー序説(1)(2)で、森林ほど生物多様性には富んでいないので変化には乏しいが、竹林の土は乾燥しているし、竹に抗菌性があるので清潔である、また竹林セラピーの結果、糖尿病患者の血糖値が下がるなど医学データがたくさんあると書いた。
今日は、森林や竹林はなぜ健康にいいのかについて書いていきたい。 樹木(竹)はフィトンチッドという物質を出している。これは樹木(竹)が動物や細菌にいためられたときに、樹木(竹)自身を守り、その傷を治す作用をする芳香性のある物質である。芳香性だけではない。ニンニクのあの臭みもフィトンチッドである。それが人体を元気づけるのである。
竹が持つ抗菌性もフィトンチッドである。竹林にセラピー効果があることは歴然としている。ただ少数派ゆえに注目されないだけである。今後もこのことを扱う。
今夜は満月。まるい大きな夢を見てみたい。 杉谷 保憲 |
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✲ $$$竹林日記
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・・・「竹林と水琴窟と」 |
2009. 5. 6
山本 律
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竹林日記「竹林と水琴窟と」 2009・05・06(水) 薄曇
参加者 :(竹林) 高田、山本 (常滑―水琴窟)杉谷、小椋、竹内
前日の5日が雨だったので心配していたが、朝起きてみると雲の切れ間から薄日が射している。これはうまい具合だ、昨日の雨で筍が顔を出しているのではないか…、と竹林に出かけた。
しかし、いつまでたっても仲間が来ない。かなりたってから、高田さんがやってきた。高田さんも 「きょうは休みだというメールは入っていませんね」と不審そうにしている。
そして、先日からやりかけの、木箱の解体作業を始めた。私も籔に入る気がしなくて、かねて気になっていた古い竹材を焼却場に運んだりした。 そうこするうちに10時近くになって、「きょうは誰も来ないから私たちも帰りましょう」と二人とも竹林を出た。
あとで、ほかのことで杉谷さんに会ってこのことを言うと、「あの日は、私は愛知県の常滑に水琴窟の甕を探しに行ってたんですよ、竹林日記に書いてあったでしょう」 とのことだった。そういわれてみると、参加者が3人でもう一人乗れるが、7時の出発だから、間に合う人はどうぞ、と書いてあったのを思い出した。
それにしても、竹林の参加者がたった二人とは…。 きっと筍掘りが一段落して、皆さん やれやれと思っておられるのであろう。
水琴窟の甕は硬い焼物(陶器)でないと、澄んだいい音が出ないのだそうである。 また、いくらいい音が出る甕でも、こちらの懐の都合もある。果して気に入った甕が見つかったのだろうか。
山 本 律
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹林セラピー序説(2)」
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2009. 5.
4 杉谷保憲
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竹林日記「竹林セラピー序説(2)」2009・05・04(月)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、世良田、竹内、稲岡。
ゴールデンウィークの連休に入った。今日はみどりの日である。祝日が動いて、休日が連続する仕組みになってからは、みどりの日であるのか何の日であるのか分らなくなって、ただ連休が何日続くのかだけが関心の的になってきた。 今日はさすがに作業参加者は少ない。タケノコ採取も落穂ひろい的で、10時半には終了した。
前々回の本欄で、山本夫人が竹林に来て、「次は糖尿病患者を連れてきてみたい」と感想を述べられたと記した。説明を省略しているので、意味がとり難かったと思う。山本夫人は今も病院で糖尿病患者の食事指導などをしている。そんな背景があるのであの発言になったと思う。
最近は森林療法(セラピー)研究が進歩してきた。 森林が出す物質が、人体に好影響を与えることが医学的に証明されてきている。
森林も竹林も同じ物質(フィトンチッド)を出している。それが健康回復に役立つ。 両者の違いは、森林が生物多様性(動植物が多い)があることとせせらぎがあるなど変化に富んでいるが、竹林はより清潔で乾燥しており、抗菌性が高い。 しかしタケは樹木と比べると少数であり、竹林におけるその面の研究はまだない。
森林に糖尿病患者を入れて調査したところ、血糖値が下がったというデータがでている(森林医学Ⅰ、Ⅱ)。
山本夫人はこのデータをご存知で発言されたかどうかはわからないが、糖尿病患者に竹林が好影響をあたえることが実証できれば面白い。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「東大修士論文」
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2009. 5.
2 杉谷保憲
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竹林日記「東大修士論文」2009・05・02(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡。
尾崎、高橋(悦)、高橋(治)、稲岡(喜)。塚崎、林。
京都西ワイズメンズクラブ(4)、ダイハツ(3)、野本(2)、東大(2)。
タケノコの出は今日が最後かと思われたが、今朝、朝掘りをしている篤農家に聞くと、「まだまだ終りません」という。 5月4日(月、みどりの日)はお休みの予定でだったが、都合のつく方は作業を。
なお、6日(水)は水琴窟調査、交渉に常滑市に。小椋、竹内、杉谷の3人なので、車にはもう一人分の席があると思う。しかし朝7時出発なので、参加希望者は果たして?
東大大学院の2人が挨拶に来た。氏橋氏は長岡京市の竹林をテーマに修士論文を書いて、無事合格し、農林省林野庁に勤務し始めた。彼の先輩で論文指導した山口氏は竹林問題にくわしい。
この論文は、長岡京市の放置竹林におけるボランティアと地権者の関係を取り上げている。A,B,C3例のうち、BがNPO法人竹の学校と所有者との関係で、三つのなかでボランティアと所有者との関係がうまくいっているので成功例としている。
氏橋氏は合計3回来たように記憶しているが、われわれよりも竹林所有者によくアプローチしていて、論文を読んでいるとこの世界もなかなか難しいようだ。
論文のことだから読みやすくはないが、後半に来ると実例としてわれわれのことが取り上げられているので面白い。回覧ご希望の方はお申し出でを。 氏橋論文を読み終えてTVをつけたら、阪神―巨人は5-6で負けていた。 ああ。
杉谷 保憲
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筍が地下水を吸い上げて水滴を作っている様
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹林セラピー序説」
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2009. 4.
29 杉谷保憲
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竹林日記「竹林セラピー序説」2007・04・29(水、昭和の日)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、世良田、小椋、竹内、吉田。
川路、尾崎、高橋(悦)、池田。塚崎。以上のメンバーの家族。
徳岡家三代。 家族感謝デー。 私は2歳半の孫(女児)を連れて行った。マンション生活は自然と隔離されているし、道路に出れば交通の危険がともなう。彼女はストレス環境から解放されて竹林内をはしゃぎまわっていた。
山本夫人がしきりに竹林の空気のよさを口にしていた。今度は糖尿病患者たちと一緒に来てみたい、好影響があるように思うと言っていた。
「森林セラピー」はかなり知られるようになってきたが、「竹林セラピー」も同じ効果がある。この欄で、これまで竹の抗菌性について、あるいは竹林土壌の乾燥について書いてきたことがある。ある面では森林より竹林の方がセラピー効果が高い。
今日は竹林での音環境について記しておきたい。 都会地にはパトカー(消防車)や宣伝の音や電車の発着アナウンスが日常的にある。 それらは情報であったりノイズであったりする。
それになれきった状態で竹林内に入ると、一瞬何も聴こえない。しばらくして、葉ずれの音や小鳥の声が耳に入る。 人間は騒音の洪水に対して鋭敏さを続けていると神経が参ってしまうから、わざと聴覚を鈍感にして身を守っているのだ。自然の中では感覚を解放する。
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しかし全く無音の世界も怖い。せせらぎの音、驟雨の音など自然音は心地よく応接できる。人工音でもお寺の鐘の音や弦楽器のような音は人間の心を慰める。
この2年、竹林の中に水琴窟をつくって、自然と人工がない交ぜになった音をつくれば、人は積極的(鋭敏)に耳をそばだてるようになるだろうと研究してきた。
それは心を病んだ人に回復効果があるに違いない。
タケノコシーズンが終ると、水琴窟に取り組みたい。心が傷ついた人たちに役に立つだろう。家族招待デーをしていて、つくづくそう思った。 杉谷 保憲 |
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「ザ ラースト ウィーク」
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2009. 4.
27 杉谷保憲
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竹林日記「ザ ラースト ウィーク」2009・04・27(月)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田。
川路、高橋(悦)、原。塚崎。清原。 松井さん(7名)。
一昨日(土)の雨は激しかった。私たちは作業ができなかった。昨日、天神さんの「たけのこフェスタ」を覘いたが客は少なかった。肌寒かった。 藤下さんは「この冷たさでタケノコの出は月末までもちそうですね。」という。藤下さんの予言どおり、最後の週がうまくいけばいいが。
一昨日の予定の松井さんたちが今日入山してきた。やっと面目を施すという程度であったが、松井さんはジャンボタケノコ2本を抱えてニコニコして帰った。
明後日29日(水、昭和の日)は留学生たちがくる予定。それに家族招待日にしている。5月2日の予定を繰り上げたのだ。 これで最終とするつもりでいたが、その2日(土)に京都西ワイズメンズクラブが入山したいという。
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「今年はタケノコがもう出ないかもしれませんよ。」というと 「出る出ないは自然のことだから仕方ありません。私たち が支援している障がい児童たちを連れて行き、喜ばせた いので・・・。」
そういわれたら応援したくなる。
神様。5月2日まではなんとかタケノコを出してください。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「フキノトウもワラビも」
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2009. 4.
22 杉谷保憲
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竹林日記「フキノトウもワラビも」2009・04・22(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、熊谷、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、 吉田。
高橋(悦)、稲岡、原。塚崎、林。ホンダ(3)。アカハタ(2)。
タケノコはジャンボが多い。深いところから生えてくるので、堀りの名手たちも手こずる。 今年のタケノコは、最盛期がたった一週間しかなく、もう終焉になる。黄ばんだ竹の葉が散り始めた。 これは物足りないな。やはり不作の年といって差し支えない。
20日(月)に入山された杉本さんが電話してきて、洛北ではフキノトウもワラビも少なかったと話す。平年の
三分の一もとれなかったそうだ。 タケノコも山菜的性格のものであるから、フキノトウ、ワラビと同様であろうか?これは今後の研究課題である。
タケノコシーズンの打ち上げを5月2日(土)にしていたが、この日はすでに終了している可能性がある。 繰り上げて、4月29日(水、昭和の日)を家族招待と留学生の日としたい。変更のこと間違いないようにお願いしたい。どうぞこの日までタケノコさん、出ておくれ。
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アカハタ関西総局が取材に来た。
4月28日から一週間 「竹林日記」 を掲載するという。 竹文化振興協会
(京都)の季刊誌「竹」も一年間(4回)連載するというので、送稿した。竹の価値再発見のためにはどんな機会でも利用させてもらうつもりだ。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「宮城さんのこと」
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2009. 4.
20 杉谷保憲
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竹林日記「宮城さんのこと」2009・04・20(月)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、竹内。
高橋(悦)、池田。塚崎、林。 杉本さん(4)、山本さんの娘同様の娘。
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タケノコの出は普通になった。ただ深いところから出るもの ――ジャンボが増えたので、掘り出すのに苦労する。野本さんが高橋さんを指導しながら、土を深く掘りながら取り組む。高橋さんがタケノコを傷つけてべそをかいている。
9時、宮城(みやしろ)光夫さんが入山してきた。彼はいつものイデタチ、登山用の服に道具をたくさん装備している。まだO社の現役サラリーマンだが、時間外はすべて自然観察に使う。この世界で彼を知らない者はいない。休みの日は子どもたちを引き連れて山や海にでかける。財団法人NACS-J自然観察指導員である。
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私は彼としばしば酒席を共にするが、山や川や木の実や魚の話以外は聞いたことがない。
その彼が「タケはタケノコ時代から太さは変わらないといいますね。本当でしょうか?」という。 私
「昔の学者がそう言ったので、皆、信じている。だから年輪がないと・・・。」 彼
「実感としてはどうですか?」 私 「初めのうちは太くなっていくように感じますが・・・。」 彼
「でしょう。誰も計測していないのですよ。実際に測りたい・・・竹の学校と一緒にやりましょうよ。」
去年、タケノコ掘りに来た子どもたちとともに実験した経験がある。 タケノコの先端にワッカをはめた。ワッカに日の丸の旗をつけておいた。私はタケが成長して、先端で日章旗がはためくだろうとマンガ的に空想した。 しかしワッカはずれてしまい、旗は開かなかった。
その話を宮城さんにすると、彼はワッカではなく、先端に釣り針型のものをつけ、メジャーを記した糸をたらし、タケの身長を調べようと提案した。 他にもタケの太さを計測するメジャーや様々な装置を手づくりしていた。
竹林内の20本ばかりのタケを指定し、タケの生態を当会会員とともに調べるという。
去年、宮城さんはこの竹林に鮎をたくさん持ち込んだ。焼いてみんなで食べた。計測の結果が学界を驚かすかもしれない。今年は鮎でタケ酒を楽しめるだろうか?
今夜から明日にかけて雨だと予報している。すると水曜日はたくさんのタケノコが顔を出すだろう。 頑張らなくちゃ。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「タケノコ台風」
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2009. 4.
18 杉谷保憲
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竹林日記「タケノコ台風」2009・04・18(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡、吉田,辻井。川路、尾崎、
高橋(悦)、高橋(治)、原。塚崎。
大阪市大環境(7)、ケンタ、杉谷関係(4)、もう一組か。
多分、今年最高の日であったと思われる。傷ついたタケノコがずらりと並べられた。堀り手の巧拙が目立つが、また、大きなタケノコが大量に収穫されている。
今年は4月初めまで気温が低く、タケノコは不作かと思われるほどであったが、今週にいきなり猛烈な勢いで出始めた。そしてもうチラチラ竹の葉が散り始めて、終わりの合図を送ってきている。 今日はすでに深いところに発生するジャンボタケノコがある。いつもなら月末に見るものである。
シーズンは短期間で収束してしまいそうだという意見が多い。 5月2日を留学生の日、家族感謝の日とし、今期の最終日と予定しているが、果たしてその日までもつのか?
先日、ホリを3本寄贈してくれた人がいた。新調であるから10数万円はする。世の中には奇特な人がいるものだ。感謝。
泉ケンタさんが子ども二人をつれて入山してきた。彼は竹林整備や土入れを手伝ってくれた。若いから戦力であった。 掘り方をつぶさに見ていた高田さんは感心して言う。 「彼はホリを使わなかった。ツルハシや普通の鍬を大変丁寧に使い、ホリを使うよりきれいに掘りあげた。」
今年から始めた愛筍会。今週は多忙を極めた。 山を越したようだ。お疲れが出ませぬように。
杉谷 保憲 |
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「華麗な夕陽」
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2009. 4.
15 杉谷保憲
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竹林日記「華麗な夕陽」2009・04・15(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内。
稲岡(喜)、原。 島津製作所でノーベル賞をもらわなかった人たち12人、
早川3人組、一人。
昨日は一日中降り込められた。今日は長靴で竹林に入ろうかと思ったほど雨が続いた。案の定、雨後のタケノコである。今年はじめての数で、ついに掘りきれなかった。このタケノコの出にはゲストの皆さん(島津OB)も満足だろう。
今日は掘り疲れたので残した。土曜日には頑張って掘らなければならない。
長靴でなくてよかった。予想したことだが、タケ、タケノコは水をたくさん吸うので竹林の土壌は乾きやすい。昨日あれほどの雨なのに、今日は土に湿り気があるという程度である。
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今日はタケノコが私にも回ってきた。贈り物にする
分購入できたし、家でもタケノコ料理である。 孫娘(2歳6ヶ月)を呼んでおいたら、よく透る声が
する。 「おじいちゃん!タケが光っているよ。」 拙宅に来るたびにかぐや姫の絵本を読み聞かせて
いるから、彼女はタケに強い関心がある。 今、午後四時前、わが家の周りの竹林は夕陽を華麗
に受け、照り輝いている。 杉谷 保憲 |

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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「満月のタケノコ」
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2009. 4.
13 杉谷保憲
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竹林日記「満月のタケノコ」2009・04・13(月)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、熊谷、野本、窪田、錦織、世良田、竹内。塚崎。
川路、池田、高橋(悦)、原。ゴラク会(7名。)
去年は豊作でタケノコが採りきれなかった。手が回らなくて、タケノコを竹にしてから切り倒し、それを埋め込んで肥料にした。その記憶があるから、今日もまた物足りない思いの日であった。
天気予報は明日は雨だと報じた。雨後のタケノコというから、明後日の作業を期待することにしよう。
潮の満干についは誰でも知っていて、魚釣りにはよく利用される。しかし月齢は農作物にどう影響しているかは知られていない。いや、日本では古い時代には月齢を根菜収穫に利用したかもしれないが、現代は忘れてしまったように思う。 中米ニカラグアでは根菜は満月がジューシーで、新月は水分が少ないとされる。竹に水分が多いと虫がつきやすいので、水分の少ない新月のころに伐採すると読んだ。
今、この出典を明示しようとして、その本を探すけれどもどうしたわけが本棚に見つからない。記憶には、農文協の出版で、「月と農業」と題し、ニカラグア人の著書でその翻訳は福岡正行であったと思う。ただし明確な書き方ではなかったので、再確認しようと探すのだが・・・。インターネットで調べられるかもしれないが。 土中の水分は満月に上にあがり、新月には下がるという話であったと思う。
だから今年のタケノコシーズンで、私はタケノコの水分を調べようと思っていた。満月のときと新月のときとは違いがあるのだろうか? 私の知人の農学者はそんな話は聞いたことがないという。私も根菜の水分量の話は知らない。しかし知らないことが「ない」ことにはならない。 (竹と水分については、春から夏にかけては水分が多く、秋から冬には少ないことが知られている。)
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月齢をみると一昨日(土)が15.5、今夜が16.5である。
つまり一昨日と今日、掘り出したタケノコは水分が多いかもし れ ない。
しかし残念なことに、今日はタケノコの量が足りなくて私には
回ってこなかった。
昨日と今日にタケノコを料理した人は印象を教えてほしい。
この問題については私はまた来年の課題とする。 杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「桜花浪漫」
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2009. 4.
11 杉谷保憲
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竹林日記「桜花浪漫」2009・04・11(土)快晴
参加者 杉谷、高田、早川、野本、窪田、錦織、世良田、竹内、稲岡、吉田、辻井。
林、塚崎、安田。
尾崎、稲岡(喜)、高橋(悦)、高橋(治)、原。
ダイハツの8つの花々、FoE京都4人、星野さんと大阪の女性7人、
親子3人。
一昨日、第四中学の入学式に列席した。新入生は初々しい。人間の営みのなかで特に喜びに満ちているひと時であろう。ときあたかもサクラが満開であった。
タケノコも満開である。先日来、暖かい日がつづき、平年作になってきた。 この広い竹林に、これだけの人数が展開すると、休憩時間もとれなくなる。歓声が続く。
安田さんが久しぶりに顔を出して、ゲストに掘り方の指導をしてくれる。助かる。なお彼は来週から入院検査だと言う。
掘りあげたタケノコも大きく、量も相当である。尾崎さんと原さんに世良田さんが加勢して処理に追われている。来週が晴天ならうれしい悲鳴の日々となりそうだ。
今日は花びらが土に帰りはじめた。自然の移り変わりは的確である。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「特区」
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2009. 4.
8 杉谷保憲
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竹林日記「特区」2009・04・08(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、世良田、小椋、竹内。
稲岡(喜)。朝倉会、もう一人。
内緒の話。 あの白粘土を撒いたところを今日、窪田さんと掘ってみた。 なんと!素晴らしいタケノコ! どれもよく太って、皮が薄い黄色で、シロコの条件を満たしている。 ここはシロコ特区としよう。前途有望。
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ベニカミキリムシの粉を集めたのは世良田さん。ゲスト の朝倉会の皆さん(女性たち)に粉を分けている。どうぞ 花粉症が治りますように。
世良田さんは会計としてお金を集めるのも上手だが、周りに粉をふりまくのも上手だ。
いずれ祇園のママさんたちも入山する予定(問い合わせがあった。
乞うご期待。)だから、世良田さんに担当してもらおう。
杉谷保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「開幕の明暗」
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2009. 4.
4 杉谷保憲
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竹林日記「開幕の明暗」2009・04・04(土)曇りのち雨
参加者 杉谷、高田、早川、熊谷、窪田、世良田、小椋、竹内、稲岡、島田、林。
川路、尾崎、高橋(悦)、高橋(治)、稲岡(喜)、原。
一と百の会、長崎組、てくてく。
今日は一年一回のバーベキューの日。数年前、まだエコツァーを企画したばかりのとき、「一と百の会」が入山してきてもろもろ助けてくれた。 バーベキューは今年のタケノコのデキをうらなう行事である。プロ野球の開幕と同じ時期である。
去年はこの会の十数人が持ちきれないほどにタケノコを掘った。彼らはその重さを運びきれず、途中、天神さんの池のあずまやで休憩(宴会?)して帰ったという逸話ができた。 その日、竹林では午後も野本さんがタケノコ掘りを続行して、わが家に「もう送るところはありませんか」と電話してきた。捌くのに難渋したほど去年は大豊作であった。
さて、今年は・・・?早朝からバーベキューの準備をした。10時すぎには少し雨が落ちてきた。小椋さん、竹内さん、世良田さんが青いビニールシートで雨対策をする。
肝心のタケノコは少ない。これでは意気が上がらない。 特別会員の島田さんが現れて、「今朝、私の農園(大枝塚原―最高の産地)で掘ってきましたが、去年、採れ過ぎた反動ですね。」と浮かぬ顔である。早川さんが「タケノコが少なくて会員に回らない」と嘆く。
しかしうれしいこともあった。 毎年バーベキューの日は妻がタケノコご飯のおにぎりをつくって、全員に食べてもらっていた。ところが今年は、手術後で、手の動きが不自由である。
そこへ新入会員の高橋悦子さんがピンチヒッターに立って、タケノコご飯弁当をもちこんでくれた。料理屋さんを経営している夫婦である。温かい弁当にありついて、全員が満足した。
去年と今年は明暗を分けた。どうやら不作の年のようだ。 人事を尽くしたけれども、自然の力の前には致し方ない。 それにもめげず、裏方に徹して準備から後片付けをされた皆様、お疲れ様でした。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「ホームドクター」
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2009. 4.
1 杉谷保憲
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竹林日記「ホームドクター」2009・04・01(水)曇り
参加者 杉谷、高田、早川、野本、窪田、世良田、竹内、稲岡、辻井。
池田、稲岡(喜)、原。ゲスト2人。
タケノコ掘りや一輪車の塗装や焚き火がいつものように行われている。C竹林の枯れタケが世良田さんによって整理されている。辻井さんは花粉症の薬をつくるつもりだろう。「燃やさないでくださいよ。」といいながら、虫の穴がある枯れタケを集めている。
私は風邪がぬけない。今日も10時に引き揚げた。 わがホームドクターは怖い顔をしているが、面白い人柄である。患者である私が「なかなか風邪が治らない・・・」と訴えると、「すみません」と答える。風邪が治らないのはまるで医師の責任のようである。 こうなると診察室は春の海である。
4月4日(土)はエコツァー(一と百の会、長崎組)があり、メンバーを入れて合計40名でのバーベキュー(総指揮川路さん)になりそうだ。すでに鉄板や肉などは予約し、タケノコご飯は新入会員の高橋さんが引き受けてくれている。
天気予報が少し怪しい。願わくばいい春の日でありますように。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹と水」
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2009. 3.
30 杉谷保憲
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竹林日記「竹と水」2009・03・30(月)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、世良田。川路、高橋(悦)、原。塚崎。
今日から春の繁忙期体制、月・水・土 週3日の出動である。新入会員高橋悦子さんの初作業、焚き火とタケノコ掘りを山本さんと野本さんが指導している。
まだそんなに採れない。一昨年、昨年の豊作と比べると大違いである。 それでも愛筍会が送り出したタケノコを受け取った方たちから、お褒めの言葉をいただいている。「稀に見る白いタケノコ」「3月なのにこんな値段でいいのか?」・・・。
午後、市役所で水基金の精算業務。 終って野本さん、世良田さんとともに環境政策監藤下さんとタケノコについて話し込む。藤下さんは市役所のなかでもタケノコについては最右翼である。
いいタケノコはどんな条件下で採れるかについて意見がすぐ一致した。 水分が多いところである。私たちの竹林では寄り合い場のすぐ上、かつで溝だったところを埋めた場所である。すでに2年にわたり、きれいなタケノコが採れている。シロコ並みである。
タケは水を好む。一日中雨が降ったのち、野菜畑であれば三日間は土が湿っている。竹林の土は一日で乾いてしまう。それほどタケは水を吸い上げる。
ことに春はそうだ。稈(幹)に聴診器をあてると水の音が響いている。ノコギリをあてると水が滲みだす。竹林の土は乾いているので、モグラもミミズも棲めないと内村悦三さんに教えられた。 いいタケノコをつくるには雨水をうまく利用することである。今年の研究課題だ。
杉谷 保憲
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✲ $$$竹林日記
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・・・「そろそろ筍が本調子」 |
2009. 3.
25 山本 律
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竹林日記 「そろそろ筍が本調子」 2009・03・25(水) 曇→晴
出席者 : 高田 豊、早川 俊博、西村 昌春、野本 鉚司、窪田 征明、小椋 耕治、 竹内 優夫、稲岡 喜美子、
原 道子、塚崎 正正、山本 律。
今日は杉谷さんが風邪でお休み。竹林で仕事をしていると風邪を引かないと思っていたし、いまもそう思っているが、気を許してはいけない。よく食べて(よく飲んで?)、 よく寝てよく働いて…を心がけよう。 枯れ竹燃やしと一輪車修理に各一人づつたずさわった以外は全員が掘りに従事。 今日は上の段からも収穫があった。しかしまだ小さい。去年の3月15日撮影の写真をみると、両手で抱えるほどの筍が写っている。今年は生育が遅れているようだ。
しかし今日の収穫は25㎏。先週の土曜日は20㎏だったから、少しづつではあるが収量が増えている。4月に入ればさらに増えるだろうから楽しみに待とう。
シイタケの種を埋め込む木を「ホダギ」というと教わった。漢字は「榾」または「榾木」と書く。書かれてみれば、これは「ホダ」と読むと気がつくが、言葉で聞いただけでは
すぐには見当がつかない。読めるけれども書けない字は、特にパソコンを使うようになって急激に増えた。ほめる、あがめる、うらやむ、あなどる、さげすむ、あざむく。 褒める、崇める、羨む、侮る、蔑む、欺く、と書けば意識せずに読んでいるのに…。
山本 律 |
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹灯り再開の試み」
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2009. 3.
21 杉谷保憲
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竹林日記「竹灯り再開の試み」2009・03・21(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、世良田、小椋、吉田、稲岡、辻井。
川路、尾崎、高橋、稲岡。てくてく、塚崎。
晴れ上がった。 枯れ竹の焼却が2箇所で、シイタケ原木の菌うちも。そのなかでタケノコ掘りが進んでいる。自然の力に、人の労力をそそいで、ゆっくり芽を持ち上げるタケノコ。まだ収穫は少ないがこの風景には心が豊かになる。
今年初めての試みの「愛筍会」は採れたてのものを発送し始めた。 武田悦子さんが健康増進企画の打ち合わせに、松井守さんは竹林コンサートの打ち合わせに来訪。
それに エコツァーとして3人の入山で竹林が華やいでいる。
実は小生も忙しくしていて、今、一日遅れで竹林日記をつくっている。 今日は「竹灯り」の企画打ち合わせもあった。すでに15年の歴史を重ねた有名な催しなので、その再開にはいろんな意見が出ていてまだ成案に至らない。市内のボランティアグループが結束して放置竹林対策にあたるようなので頼もしい。今月一杯を目途にして企画をまとめるようだ。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「花粉症の特効薬?」
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2009. 3.
18 杉谷保憲
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竹林日記「花粉症の特効薬?」2009・03・18(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、西村、熊谷、野本、窪田、世良田、小椋。
稲岡、原。
10時半ごろから気温がぐんぐん上がってきた。しかしまだタケノコはそんなに顔をみせない。去年は掘りきれなかったほどの豊作だったので、今年はどうかなあと思いながら、地面を探している。
タケノコのデキ不出来は一年おきという言い伝えがあるが、京大の徳地準教授が落ち葉の量が一年おきに変わるという調査報告を提出した。今年はそれを意識して、去年の大豊作が果たして今年もあるのかどうか注意しよう。
今年の竹林コンサートは10月18日(日)と決まった。出し物はこれから検討に入るが、舞台製作について目下いろいろ動きがある。
昨夜、市内の竹関係のボランティア団体が「竹パブ」と称して寄り集まった。そこで、中止された「竹あそび」を場所を変えて復活させ、「竹林コンサート」と同日にして、新しい祭りにしたらどうだろうという意見がでされた。 昼下がりからたそがれへつなげる催しにしようというわけである。今後検討されることだろう。
タケノコ掘りのエコツァーの4月スケジュール。 土曜日はほぼ満杯、水曜日は半分ぐらい、月曜日は申し込みなしという状態。
「わかさ」という雑誌がある。「花粉症をピタリと止めるすごい新成分が竹に見つかった」という記事が出た。それをもって近所の主婦が我が家に来た。その竹を見つけてほしいと。
なんと、すぐ傍にその竹を見つけた。 主婦と娘は自分たちの花粉症にさっそく験した。 今日、その主婦が私に言う。「鼻、耳の中を取り出して、かゆみを除きたいほどだったのに、竹のお陰で全く治ってしまった。」というではないか!
私はこの種のことを信じない方だが、目前に起こったことに驚いてしまった。花粉症に有効な粉が竹の中にあるのだ。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「21年初ホリ」
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2009. 3.
13 杉谷保憲
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竹林日記「21年初ホリ」2009.03.13(水)雨のち曇りのち晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内。
昨日からの雨なので、今日の初ホリはできるかどうか悩んだ。ネットの天気予報を見ながら今朝6時半に連絡をだした。「午後一時から作業・・・」
初ホリは曇り空の下でできた。かつて味わった初ホリの緊張感はないが、あれは放置竹林を間伐し終えた喜びも手伝っていたであろう。 今日は水分を含んだタケノコがゴロンとしている。野趣に富んだタケノコではなく、文明に洗われたきれいなタケノコである。
タケノコ掘りの初体験者は世良田、竹内さん。先輩たちが手取り足取り教えるが、そううまく掘りあげられるものではない。その姿を写真に収めながら、去年の豊作を思い出した。
去年は週3日の作業では掘りきれなかった。今年はどうであろう?今日の状態を見ていると同じように思う。
しかしタケノコの豊作、不作は一年おきになっているとも考えているので、その意味でもこれから興味がある。 掘りあげられた瑞々しいタケノコをみていると、森(竹)林のなかの水が気になる。
昨日、大山崎、八幡を基点にして、小畑川をさかのぼり亀岡の源流地点まで見学した。この地方の水は西山でつくられて桂川にそそぎ、その間に乙訓の山林・竹林があるという構図である。
私はいまこの地域の山から川へつながる水のことを考えている。環境という複雑な問題を前にして、幼いものの笑顔のようなタケノコを眺めていると、心の安定が保てない。 初ホリを終え十五時に帰宅して、焼酎をお湯割にてじっくりと喉に流し込んだ。
竹群(たけむら)に複眼の棲むことは稀 岸本 尚毅
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹炭」
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2009. 3.
11 杉谷保憲
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竹林日記「竹炭」2009・03・11(水)曇り
参加者 杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織,小椋、竹内。
皆がマスクをしているので、さては花粉症をさけるためかなと思ったが違っていた。竹炭を焼くときは顔が黒くなってしまうので、せめて口だけでも守りたいという。
その竹炭を焼く作業。数日前から竹片を大量に作り、昨日の朝、窯に入れた。そして今朝、蓋を開けたので
ある。 「今度のできはどう?」 「前回よりはいいにしても・・・」と首をかしげている。 見ると一級品がない。キーンと音がしない。竹炭づくりもむずかしい。
帰宅してみると、家の南と東の竹林では掘っている。 「今年も(タケノコが)よく出ています。だけど去年の半分の値段ですワ。不況のせいだそうですワ。」
タケノコ農家は辛そうだ。金融危機ではじまったものが実体経済に影響し、ついにタケノコの値段に厳しくなっているようである。 我々は今度の土曜日(14日)に初掘りする予定である。 やはり胸が高まる。どうぞ、いい天気でありますように。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「愛筍会」
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2009. 3.
7 杉谷保憲
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竹林日記「愛筍会」2009・03・07(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡、吉田、辻井。
川路、尾崎、池田、原。塚崎、林。
今日は山本さんと杉谷は講演「竹林と森林の仕組み」徳地直子京都大准教授に出席し、竹林現場には9時前後にいただけ。講演会は内容豊富で、竹林というものの特長が理解できた。
介護活動をつづけていた錦織さんが久々の参加だったようである。 作業はいつもの通りであるが、C竹林の伐採竹の運送が始まった。
野本さんがタケノコ3本を見つけたが、まだ小さかったので掘らなかったそうだ。 初ホリの記録をみると、一昨年は3月7日、本格化したのが一週間後からであり、昨年は3月22日、本格化は
3月26日と記している。
今年から「愛筍会(あいじゅんかい)」を発足させた。30名の会員に限定して、竹の学校の最高級品を時価で送るという企画である。現在15名の会員登録(登録は無料)がある。うち10名から注文が来ている。 皆さんのなかで会員登録を希望される方をご存知であれば、すぐにお知らせ願いたい。
タケノコの値段はどうなっているか?について、3月4日に京都新聞の随想欄に書いたものを転載しておこう。
竹想譜 「タケノコの値段」 杉谷保憲
間もなくタケノコの季節だ。乙訓産(京タケノコ・乙訓タケノコと呼ばれるもの)は全国一の品質と評価されている。その理由を挙げてみよう。
一番目は乙訓の土質は酸性の粘土である。粘土は高品質のタケノコを育てる。砂地では土の中に空気や光が入るので上ものにはならない。
二番目は栽培法である。伝統的な京都式軟化栽培は手間がかかるが、タケノコにはいい畑になる。 三番目は収穫の仕方である。タケノコが地上に芽を出す前に、ホリ鍬で掘り出す。その上、夜の水分を保ったままの状態で“朝掘り”をする。
四番目は歴史的背景である。明治になるまで天皇が京都におられ、エリート社会が形成されていた。乙訓はそこへ生鮮野菜を供給する基地になっていた。その上、京都は仏教都市で肉食が禁じられていたので、精進料理が発達した。
そうした理由が、当地のタケノコをエグミが少なく、軟らかく、風味に富んだものに磨き上げている。
さて、そのタケノコの本場では値段はどうなっているだろう?旬のものであるから、3月は高く5月には安くなるので一概に言えない。スーパーに並ぶ他県産のよりはるかに高いことは事実である。上ものに限って値段の地域比較を試みた。
長岡天満宮の正面鳥居から東にでる店舗は長岡京市内の有力なタケノコ農家のもので、上ものの標準的な値段である。市役所辺りや長岡天神駅周辺もそれに準ずる。市内には、軽トラックの荷台で即売するものを含めれば30軒を越す店がでる。向日市にはタケノコ専門店があり、また簡易売り場も多い。
京タケノコといえば西京区大枝塚原が本命である。大都市京都の消費力を背景にしていることもあって値段は他を圧している。シーズンになると、国道9号線沿いや芸大付近に幟がはためくが、そのなかでもJAの関係する店など数店がトップクラスの高値で、デパ地下に近い値段だろう。
しかし上には上があるもので、塚原の特定の農園は古くからの得意先の予約だけで捌いているので、店頭には姿を見せないし値段もうかがい知ることはできない。最高級品シロコは1キロあたりが2万円~3万円ともいう。
「タケノコは手間ばかりかかって、その上、他県産に押されて儲かりません」と農家は異口同音である。しかしさすがは本場、上ものは高く取引されている。
竹の学校はどうしている?ここは伝統農法を保存し、環境学習を目的としている。そのためエコツァーを募集してタケノコ掘り体験をしている。したがって地元産の良さを市民に知ってもらうために、値段はボランティアたちがNPOらしく工夫している。
杉谷 保憲 |
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「京都の女性」
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2009. 3.
4 杉谷保憲
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竹林日記「京都の女性」2009・03・04(水)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、早川、西村、熊谷、野本、小椋、竹内。
雨が上がった。2月後半から3月の初めに、これだけ雨量があればタケノコにはいいはずだ。いまは暖かくなってくれるのを待つだけである。
今日の作業は竹炭作りのための竹材料をつくることと枯れ竹の処理(焚き火)など。私は市役所に行ったり、会議に出席したりで竹林には出たり入ったり。
京都府庁の女性管理職から、3月3日の午前の女性を中心にした会合に是非参加してみてほしいと電話が
あった。どうせ午後からの会議には出なければならないので、時間を早めて参加した。
会議名「地域力・女性のイチオシカフェ」、このタイトルでは私はどんな内容か予想がつかなかった。 京都の女性といえば、マスメディアにのる祇園、日本舞踊、茶道、華道・・・華麗なイメージであるが、ここに集まった京都の百人ちかい女性はまるで違った。
次から次へと発言が続く。地域のおみやげ物をどうしてつくり上げたかとか、郷土料理のレシピを新しく考案したとか、この舞鶴名物・肉じゃがを、さあ食べてみてください、米粉でつくったパンは美味しいでしょう・・・地域力をつくりだす女性パワーが炸裂する会合である。「女性たちが一番に推薦するもの」の紹介、これがイチオシカフェである。
その元気さに居並ぶ男性たちは呆然とした。 地域の活動で女性の力が伸びている。むしろ女性の力で地域おこしが行われているといった方が当っている。時代は明らかの転回している。 おそるべき京都の女性パワーである。
杉谷 保憲 |
✲ $$$竹林日記
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・・・「無題」 |
2009. 2.
28 世良田芳弘
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竹林日記 2009・02・28(土)晴れ
参加者 杉谷、高田、早川、野本、窪田、竹内、稲岡、辻井。池田、稲岡(喜)、塚崎、辻井夫人、てくてく2名。
前回(25日)は雨のため中止となった。
今日、朝一番に杉谷理事長が印刷の出来た竹の学校のパンフレットを持ってこられた。 大変立派なものである。私たちもその内容に負けないように、さらに頑張って活動 して行きたい。
今日の作業は3月10,11日の竹炭作り準備をした。 B地区から竹を伐採して竹炭釜のあるところまで運び、そこで材料つくりを塚谷さん、早川さんたちがした。
B地区も竹薮が明るくなってきたようです。
野本さん、池田さん、辻井夫人、稲岡夫人はA地区隣りの枯れ竹の整理に奮闘された。
なかでも辻井夫人の力強さには驚きました。私も負けないように竹運びをしたが、また 腰をいためたようです。
明日からは3月入りますが、部外行事も多くあり多忙になってきました。これからは、竹炭作り、竹の子ホリの準備等で忙しくなりますね。
頑張りましょう。 代筆 世良田 芳弘
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「愚直」
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2009. 2.
21 杉谷保憲
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竹林日記「愚直」2009・02・21(土)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、世良田、小椋、竹内、稲岡、吉田。高橋。林、塚崎。ワイズメン
ズ3名。
一日2時間程度ではあるが、昨日も一昨日も雨があった。 この湿り気は今春のタケノコの出を安心させるもの、期待したい。 地球のあちこちで、集中豪雨と旱魃が現れるので、この地がいつそうなるのか不安である。 対策が立てられるものなら、怠りたくない。水問題はこれから激化することが避けられない。
農は愚直である。竹林内を歩いてみると足跡をつけるのが悪いと思うほど、土壌が軟らかくなっている。愚直に努力した成果は、天候に問題がなければ、必ず報いられると思う。
今日は白粘土のエリアに「立ち入り注意」の縄張りができた。 ここでは今年は無理であろうが、来年は最高級品のシロコが期待できる。
炭焼きが始まった。ほとんどの人がこれに加わった。 先ほど(20時)、現場にいる小椋さんと連絡したら「煙はもくもくと上がっている。全ては明日の昼前後に判明する」と、自信ありげであった。好首尾を祈る。
2月28日(土)10時―12時 NPO交流会(竹) 長岡京サポセン
3月3日(火) 11時―16時 地域の宝さがし ルビノ京都堀川
3月4日(水) 13時半― 乙訓大好き連絡会 向日市民会館
3月5日(木) 13時半―16時 竹を食べる講演 京都府庁旧本館
3月7日(土) 10時― 徳地直子さん講演 バンビオ6F
ご都合をあわせてご参加を。 杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「掲示」
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2009. 2.
18 杉谷保憲
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竹林日記「掲示」2009・02・18(水)晴天なれど冷風
参加者 山本、杉谷、高田、早川、西村、野本、世良田、小椋、竹内。塚崎。
塚崎さんが掲示板を持ってきた。「竹林友の会」時代に掲げていたものをはずして、「竹の学校」の文章に変えたのを、塚崎さんがきれいに文字を仕上げてくれた。
もとの立て札は私の高校時代の同級生、嘉本氏がつくってくれたものである。この立て札とともに、鉄鍋とステンレスの窯を出雲から贈ってくれた。放置竹林整備の旅立ちのときのことである。 |

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それから7年が経った。竹林は見事によみがえった。その上、いいタケノコが採れるようになったし、シイタケ栽培や炭焼きをやりはじめた。掲示の最終に、「竹林に文化を創りだしたい」とあるが、竹林コンサートができるまでに成長した。
ここまではなんとか来たが、これからはなんだろう?
社会にストレスが溜り、人の心が傷ついている。 こんな時代に森(竹)林療法や笑いの場をつくることをテーマに掲げたい。 午後、市役所でそんなことについて意見交換をしてきた。 竹林日記にもジョークを増やそう。
アメリカ発の金融経済大不況である。 よく知られているアメリカの経済学者ガルブレイズは天井に届くほど長身である。一方、これまた有名なミルトン・フリードマン教授は小男である。
あるとき、ガルブレイズ教授が言った。「背が高いということは遠くまで見通せるということなんだよ。」 これを聞いて、フリードマン教授は「私の方が足元がよく見えている。」 笑って済ませればいいが・・・。
杉谷 保憲 |
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹の利活用」
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2009. 2.
14 杉谷保憲
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竹林日記「竹の利活用」2009・02・14(土)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、熊谷、野本、窪田、世良田、小椋、竹内、稲岡。
川路、尾崎、原、ワイズメンズクラブ3名。
昨夜は相当な雨と風であった。この雨量はタケノコによいことだろう。
竹炭の注文がきた。B竹林で炭焼きの準備として竹を割って束ねる。窯の一回分といっても大量の割り竹が要る。竹の学校は先日、テストに焼いただけで、ほとんど経験はないが、こんな集団に注文を出す人がいるとは
! 感謝。
今日の準備作業は力が入っている。 竹が資源として再検討されるようになってきた。竹炭、竹酢液はすでに評価は高い。繊維にして服地をつくったりしている。いずれも商品としては今一歩である。
竹でエタノール(アルコール)をつくって、ガソリンと混合させて自動車に使うことは研究が進んでいる。これもコスト面でもう一息というところ。
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竹を粉末にして、肥料に使うのは既に行われているが、今度は食品にする企画がある。
竹を食べるとは?!これまでなかったことだから革命的だ。あのパンダさえも食べるのは竹の葉である。
しかし考えてみると、竹の若いとき、つまりタケノコは美味な食品であるから、 処理の仕方がうまくできれば大いにありうることだ。
講習会は3月5日である。参加しよう・食べてみよう。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「ユーカリと雨」
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2009. 2.
11 杉谷保憲
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竹林日記「ユーカリと雨」2009・02・11(水)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、早川、西村、野本、世良田、竹内、辻井。
京都西ワイズメンズクラブ4名。
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B竹林で伐採作業(ワイズメンズ4名も参加)のほかに小屋づくりの地盤整備など。私は「NPO法人竹の学校」の紹介パンフレットをつくるために印刷屋さんと協議。
(竹内さん、パンフレットを26日のワイズメンズクラブの会合で使いたいので、制作スケジュールを前倒しにできないか、打診してください。) オーストラリア、メルボルン近郊で火事が起こり、被害が大きい。死者180人を超えると報道される。40度近い熱波が襲っていたところに山火事が起こった。友人からメールで送られた画像を見た。すさまじい。まだ鎮火していないようだ。友人の話によると、現地に生えている
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ユーカリは油が多く、燃えやすいという。
そういえば、ユーカリは南アジア一体にある植物だが、オーストラリアは特に右を向いても左を向いてもユーカリである。アボリジンはこの木の油を殺菌剤として使っていた。コアラの主食もこの葉である。 山火事は雨が降ってやっと鎮火になることが多い。
竹も春から夏にかけては油が多い。火には気をつけなくてはならない。 2月も雨が少ない。タケノコの芽が伸びはじめるころには雨が必要である。今年は雪も無かったが、雨も少ない ――心配だ。
去年の大豊作には悲鳴をあげたが、このままではまるで反対の現象になりそうだ。オーストラリアにも雨を!乙訓にも雨を!
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「回春」
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2009. 2.
7 杉谷保憲
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竹林日記「回春」2009・02・07(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、世良田、竹内、稲岡、吉田、辻井。高橋、稲岡(喜)、辻井夫人。
塚崎、林、てくてく。
昨日は長法稲荷の初午(はつうま)の祭礼が執り行われ、世良田さんと杉谷が参列した。
今日は焚き火で不用竹を処理し、周辺がきれいになった。倉庫の工事が続き、小石拾いも続く。春に備えた作業である。
来週の土曜日はタケノコ会議である。(タケノコ掘り)エコツァーの日程調整が中心議題、エコツァーを企画されている方は準備されたい。
また今期、「愛筍会(あいじゅんかい)」を発足させる。これは会員30名限定で、竹の学校が生産する最良のタケノコを頒布する会である。
会長 川路、副会長 原、事務局 栗山 という陣容で運営する。 知人に会員登録をお願いしてほしい。
21日(土)、22日(日)は竹炭づくり。生産した竹炭の取り扱いを決めた。最低限の採算の試みである。藤下さんにお世話になる。
3週間ほど前のこと、竹林の雑談のとき。 私は早川さんに排尿困難の症状を話した。彼はそのことを奥さんに伝えた。数日後、早川夫人から電話があった。
「それは免疫の力が下がっているかもしれない。私の知人(漢方医)は第一頚椎を温めると免疫が上がると言われている。試してみては・・・」と。 早速、カイロと襟巻きを使って、頚椎を温めた。10分もすると背骨全体が温まる。
その晩は熟睡した。なんと頻尿は大幅に改善した。それまで夜は一時間半間隔であったのに、それが2時間半間隔になり、3時間になった。小便の切れが悪かったのが勢いよく出るようになった。
それだけではない。 この療法を続けて一週間後、回春の兆候すら感じるのである。もっとも本当の春ではなく、その陽気を喜んでいるのだが。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「だんだん」
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2009. 2.
4 杉谷保憲
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竹林日記「だんだん」2009・02・04(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、西村、野本、世良田、小椋、竹内。川路、原。
立春。今年は温かい。 日本海側には雪がかなり降ったそうだが、当地はこの冬、二度少し白くなった日があった。この程度でもう春になるとは思えないが、今日、小屋をつくる工事をしていると、3センチばかりのタケノコがでた。土壌が立春を告げていた。
6日(金)14時~15時半 初午(はつうま)の祭礼がある。ご都合のつく方はご参拝を。 (世良田さん 包みの用意をお願いします。)
NHKの朝の連続テレビ小説「だんだん」がある。出雲と京都を舞台にした双子の話だ。私も出雲地方の生まれなので、だんだんは日常語であった。
十数年前、出雲出身の女性が大阪で小料理屋を開店し、店名を「だんだん」とした。私も開店祝いに出かけた。カウンターの隣の客が言う。「“だんだん”という店名に惹かれて入ったが、女将さんは出雲の出身。私は愛媛の出身、同じ方言ですね。」
あるとき、その話を竹林でしていたら、高田さんが福岡でも“だんだん”を使っていたと言う。 先日、京都新聞を読んでいたら、京都弁の欄で、江戸時代までは京都では“だんだん”と言っていたと書かれている。
“だんだん”は古語であって、それが各地に方言となって今も残っているということだろう。 それにしても“有難う”という単語は基本語彙であり、目、太陽、サクラなどと一緒で、簡単に変るものではないのに、オオキニやアリガトウに変わっていったのはなぜだろうか? 不思議なことだ。
竹林所有者上林ヨシ子さんが逝去されました。大変お世話になりました。 謹んでご冥福をお祈りします。
杉谷 保憲
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入着した中古運搬車
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✲ $$$竹林日記
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・・・「無題」 |
2009. 1.
28 小椋耕治
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竹林日記「無題」2009・01・28(水)
出席者:早川さん、西村さん、野本さん、熊谷さん、世良田さん、竹内さん、小椋 の七名
作業は、奥の竹林間伐に
西村さん、熊谷さん 2名 世良田さんはせっせと石ころ拾い、早川さん、竹内さんは小屋の雨漏りの補修に、
野本さん小椋は貯水槽のバルブ取り付け等、粛々と進める。
帰宅が遅くなり、その間色々動きがあったそうで、ご心配をお掛けしました。
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「コナラ」
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2009. 1.
24 杉谷保憲
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竹林日記「コナラ」2009・01・24(土)曇りのち小雪
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、世良田、小椋、竹内、稲岡、辻井。川路、原。てくてく。
21日(水)に調印した新しい放置竹林(長法稲荷社の上、C竹林としておこう。)は境界の問題をかかえている。B竹林にも境界問題があるようだ。我々は竹林の所有者ではないので紛争に巻き込まれることはないだろうが、伐採には注意が必要だ。
水槽が入った。タケノコ頒布の準備が始まった。また竹の学校のパンフレット制作に入った。いずれもやがて形になって現れる。
さて、加藤さんたちが西山で間伐作業をしている(西山森林整備協議会の活動)。そこで伐採されたコナラ10数本を野本さんがもらってきた。
山林も荒れているので、その整備に企業が乗りだしている。間伐作業は大抵、企業の協賛金で成り立っている。企業はこれによって「○○トンのCO2吸収に貢献した」とアッピールする。その結果、間伐材が大量にでてくるが、これを利用できないのが悩みである。山から木を運び下ろすのにカネがかかるので、その場で腐らせて無駄にしてしまう。伐採木のなかにコナラがある。これはシイタケ原木栽培のホダ木になる。これまで私たちがもっているのは業者から購入した東北産のもの、太くてたくましい。それに比べれば、このコナラはヒョロヒョロしてスタイルがいいとはいえない。けれども伐採木が利用でき、地元産のホダ木がシイタケを生んでくれればこれに越したことは無い。楽しみだ。 杉谷 保憲
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