2002年の竹林整備プロジェクト活動報告

 

 

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.1.15「ふるさと」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.1.15「ぽかぽか陽気」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.1.25遅れる自由

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.2. 1弥生ちゃんバンザイ

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.2. 6「カラスが飛んだ」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.2.13「ゴールがなくなった」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.2.22「メメントモリ

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.2.26「男たちの夢と豪華なトイレ」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.3. 5「タケノコ初掘りとしいたけ菌打ち」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.3. 9「タケノコ初掘り」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.3.12「研究熱心な男たち」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.3.16「雨上がりのタケノコ掘り」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.3.22「大物ゲット!」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.3.26「ちょっと中休みしたいかも?」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.3.30「もう一日早ければ…」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.4. 5「見つけても見ぬふりしたい」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.4.11「初めてのホリ」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.4.13「宝の持ち腐れ」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.4.18「色黒さん」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.4.20「ナンバーワンの地位」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2003.4.23「ああ!旬が過ぎ行く」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.4.28「疲労と故障」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.4.30「心、ここにあらず」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002. 5. 2「また来年」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002. 5.11「思いがけない出会い

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002. 5.18「ミニミニ竹遊び、楽しみ!」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.8. 3「まちこん辞めても・・・」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.8.10「夏休み」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.9. 6「はにかみ」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.9.14「無題」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.9.14「竹花鉢作る人」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.10. 6「神の摂理」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.10.12「昔のかぐや姫」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.10.19「働く人よ、集まれ!」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.10.26「無題」

  ■ $$$竹林日記$$ ・・・ 2002.11. 2「冬の楽しみごと」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.11. 8「湿れるタイマツ」

  ■ 杉爺の竹林日記・・・ 2002.12.14「援軍現わる」

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「ふるさと」

 2002.1.15 杉谷保憲

土入れ

参加者 杉谷、高田、南井、野本、佃、橋本、松尾、堀
1月6日(日)朝、大阪へ行くため長岡京駅の改札を通ろうとしたら、上がってくる高田さんにばったり。新市民である私には知り合いに駅で出会えるのは心弾む思いである。それほど知人が少ない。
田舎の停車場で同級生同士が出会った瞬間と似ていた。
どうやら私にもこの町がふるさとになってきたようだ。
「明後日またね」と軽く別れた。
この日私は文楽を観に出かけた。この3年、大阪の国立文楽劇場にはよく通う。
正月公演は「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」。近松門左衛門の異色作といわれるもので、江戸時代の日中の混血児、鄭成功こと国性爺が中国で大活躍するお話である。
人形劇の中ほどで、鄭成功は竹林に迷い込み道がわからなくなる。
現れたのは人食いトラで危うく一命をとりとめる。
なるほど迷い込めば竹林は雑木林よりずっと前後が分からなく始末が悪い。
竹はみな同じ表情をしている――妙に感心させられた。
今日は人数からみて盛会だ。
新年最初の作業日。
橋本さん、松尾さん、堀さんが昼餉の準備にかかり、他のものは最も手を焼きそうな低い部分の土入れに取り組んだ。
杉谷はスコップ職場を離れなかったが、高田さん、南井さん、野本さん、佃さんは一輪車とスコップと双方をやる。
今日は一輪車が3台動いている。
まちこん所有車2台のほかに高田さんが自宅から持ち込んでくれた。
それでもここの竹林の土入れは大変な労働、これだけの人が総力をあげて働いても今日の午前で、全体の60%の土入れにしかならない。
こんなに手間のかかる斜面竹林は経済原則では採算が取れるわけは無い。
放置竹林になるのも無理からぬことだ。
拙宅の周りにある平地の竹林作業を見ていると、同じ程度の面積を一人か二人で一日仕事で終えている。
平坦地ではユンボを上手く使える。ユンボで土を掘りそのままウデを延ばし土の山を作っていく。そんな土山を随所につくり後はその山を均すだけだ。だからスコップ作業も一輪車作業も省略できる。野本さん、松尾さんが引きあげ、堀さんが時間が来たので山を降りていった。
残った男性5人で新年会。千円づつ出し合う。(これはいい方法なのか?)
すでに餅が焼いてある。堀さんの好意だろう。
橋本さんが皆の年齢を次々に聞いている。
そしてたちどころに本日の平均年齢をはじきだした。平均値を暗算するのが彼の得意芸らしい。
ちなみにその時の申告年齢を記録しておこう。
杉谷(68)、高田(66)、南井(64)、野本(60)、佃(59)、橋本(51)。
ご馳走がいろいろ。
アルコールもいろいろ。
話題もいろいろ。
話題だけはメモしておこう。

<1> 支援センターの構成員に政治や商売にかかわる人は参加できない問題があるという。こんなやり方は憲法違反だと杉谷が論評したら、支援センター事務局はそれを承知で、市会議員立候補経験者などを排除しているという。
杉谷の意見では、そんな団体に市費を投ずるのは大問題。
また自分たちとそりの合わない人を外へはじき出すような風土の“ふるさと“をつくってはならないと思う。
商売についていうなら石田さんがこの問題について出すメールには介護機器の広告がついているではないか!

<2> 高田、野本ご両人から入会金の申し出があるが、杉谷は例会が開かれる時にしますといっているが例会というものはいつ誰が召集するのか?
12月は無いのか?1月は?

<3> タケノコの料金設定(注文者に送るときの値段、注文者が自分で掘って持ち帰るときの値段、メンバーのエコマネーによる値段)をしよう。

<4> トイレの設置(橋本提案)

<5> ボランティア保険(佃提案)

<6> 1月13日(日)の豚汁企画(佃提案)

一杯入ったせいもあるが、竹林整備PJは加入者もふえて活発化し、次々と話題が途切れない。
そうこうしているうちに粉雪が舞いはじめた。
季語でいう風花か。
竹林の下の道路はその昔は峡谷だったろうか、奥山から冷たい風がこの道路に沿って吹き降ろしてくる。風花はそれに乗って私たちの焚き火を襲うが、竹の燃える力に出遭い反転し舞い上がる。
風は竹林と摩擦し唸りをあげる。
小さな交響曲。
あの山の向こうはもう既に雪に埋れているのかもしれない。
そこは雪女の里。
雪女にもふるさとがある。
それぞれのふるさとを大切にしなければ――。
1月13日は加藤さん、学生さん3人の参加があると橋本さんが連絡をくれました。
この日はひねもす竹林に入っている予定。楽しみですね。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「ぽかぽか陽気」

 2002.1.15 杉谷保憲

土入れ

参加者  杉谷、高田、加藤、野本、佃、橋本、山本、今村、松尾、高木伸子、(棟久)

参加者の名前を並べる時、男女別と年齢順に並べるのを原則にしていたが、ある回の日記に女性の年齢順を私が間違えてしまった。
女性の年齢については世間でとやかく言われるが、誰からも抗議はでなかった。
まちこん女性はさすがと思ったことだった。
ところで前回の日記で年齢を間違えてしまった。今度は男性である。
南井(66)、高田(64)が正しい。
年齢が入れ替わっていたのだが二人から何の反応もなかった。
これはさすがというより、もうこのぐらいになると2歳ぐらいの違いはお互いどうでもよいのかな?ともあれ上記に訂正。
この日はぽかぽか陽気。
それでも冬の日だから皆、長袖の上衣を着て作業しているが、佃さんだけはランニングシャツ姿で一輪車を押している。
それでも額に汗がふきでている。
これだけたくさんの人数だから、下段の土入れは午前で終了するかと予想したが、それは無理だった。
松尾さんの動く姿勢を見ているとどんな時でも100%の力を出していると映る。
今日は松尾さんを先頭に、高木さんが手伝いし棟久さんが応援しての豚汁づくり。
松尾リーダーは大車輪の120%の働きぶりである。
「お餅が融けてしまう!」
彼女の悲鳴があがるので土入れ作業を中断して昼餉となる。
(加藤さん、野本さんが時間前に退出したのは惜しかった。後がメチャ面白かった。)
豚汁をいれる食器は山本、イマジン両君が直前になって竹をきりだし製造した。
太い孟宗竹でつくったので樽ほど大きさのお椀となった。
この豚汁にはお餅のほかに多様の野菜が盛り込まれ野趣に富んでいる。
それにウォットカつきだから一気に座が盛り上がる。
各人それぞれ自己紹介したが、その一こま、高田さんがしゃべる。
高田「もの書きに没頭していたが、杉谷さんに引っ張り出されてしまって・・・」
杉谷「高田さんの昔の名前は三菱電機の技師長やディレクTVの役員で・・・」
松尾「ではお聞きします。我が家はテレビを買いました。デジタル番組が見たいので・・・」
高田「今は受像機買い替えの時期としてはまずいです。もう少し待って・・・」
松尾「電器屋に言われて昨日買ってしまいました。」
高田「衛星放送もまだ増えます。その時期までお待ちになった方が・・・」
松尾「もう金は払いました。買ったのは三菱製品ですよ。」脅迫的悲鳴的な言辞。
高田「エェエ?困ったなあ。その時には改造に参上せざるをえませんかねェ」
松尾さんは120%の収穫を得ていた。
昼餉は愉快に続いた。
私だけは2度槍玉にあがった。
一つは「妙齢の婦人」という言葉遣いについて松尾さんから、もう一つは“教育はもっと厳しく”と佃さんから。
慣用句をなにげなく使ってしまう老人、若いものに甘くなってしまう老人。
私は反省したり改めたりする気はない。
これでよしとしよう。(ゴメンネ。)
午後の作業は下段の土入れ完了をもって終った。山本、イマジン両君がスコップを置いた。
上段でひとり忙しく働いた高木さんが腰を伸ばして下段を眺めている。
下段200坪ほどには、ワラの上に土が赤く伸びて、その上に日が落ちる。
明るい「竹の園」である。
ぽかぽか陽気に、なにか心に満ちてくるものがある。
去年はここにはタケノコは生えなかったが今年は生えてほしい。
そのときを待つ。
今日は作業日としては特別仕立ての日曜日。
佃さんが発案・実現したが、陰で下準備を橋本さんがやっていた。
そして普段参加できない人も加わっての共同作業。
集まった人たちが共同作業の苦労というものをよく知っていることを肌で感じられる。
楽しく働こう、可笑しく面白く話そうとしている。
スコップを持つ人、一輪車を押す人たちが、働きながら男性歌手の名前をどれだけ言えるかを競っている。
こうして労働の単調さを補っている。
人生経験には無駄なものはないなと思う。
この日は翳りのない一日であった。

追記
これまで(20回ばかり)この文章はmatikで流していましたが、matikonで流した方がよいとの意見もありますので、今回テスト的にそうしてみます。
どっちがいいか私には判断がつきかねます。
ご意見を下されば幸いです。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・遅れる自由

 2002.1.25 杉谷保憲

土入れ

参加者  杉谷、高田、加藤、野本、佃、橋本、古澤。山本、志茂、高木伸子。
竹林下段のファームは去年中のうちに土入れを終えたかったが、作業の遅れ(ユンボの遅れのせいもある)で本日をもって終了となった。
今後は上段をどう整備していくかという課題になる。土入れができれば一番いいのだが今年は無理だから今後どんな姿にしてシーズンを待つか?上段は<佃実験区が多いので、来週は考え方の調整から入ることになろう。実務としては踏み歩く道を分散させる必要があるので、たくさん橋を架けておいた方がよい。それと伐採をもう少し進めたい。
11時から学生さんの要望に応じて、各員がまちこんに対しての意見や取り組みの姿勢を開陳するミーティングである。北のキャンプでは枯れ竹が燃え盛っているがその火から少し離れるともう寒い。この調子では日本海側は雪だ。
結局焚き火の間近で話が進んだ。あとで気づいたが火の粉が飛んできたのだろう、私の作業ズボンは穴ができていた。竹林作業に出かける時、家では妻はいつもあれこれと注意を垂れる。やれ帽子を持ったか、やれ車に乗って行かない方がよい・・・実は生返事をしておいて聞き流して出るのだが、そのご忠言のひとつに、竹が燃えるとよく飛ぶからというのがある。そして既にひとつズボンをつぶしてしまって今日は二度目である。子どもの動きを親は全部知っていて、その全部にわたって注意事項を述べれば親の言うことは必ず当たる。叱られる子どもの気持ちがよく解かる。
質問をするのは主として山本君。古澤さんが竹林PJの生い立ちを説明している。
野本さんが「ホホー、道路予定地ですか」と感心して聞いている。古澤さんは、竹林には女・子どもは入れない伝統があったと客観的に述べる。彼女は事実を述べるにとどめて、女権の問題とか市民運動とかに竹林整備をことさら結びつけない。淡々とした話の仕方が印象的だった。
爆弾発言が飛び出した。発射させたのは橋本さんである。「まちこんには自由がある。例えば竹林の作業に参加する場合、朝の決められた時間から作業は始まるのだが自分が朝のTV番組を見たくて遅れて参加するときに、他の仕事場であれば遅れる理由を適当につくって遅刻の正当性を言うが、まちこんでは言い訳は要らない。TV番組と正直に言える自由と雰囲気がある。」という趣旨。面白い観点である。私も考えないではなかったがこれほど明確に指摘されると、頷きたい一面と、他方それを強調すると集団の作業が上手くいくだろうかと心配になる。
ぼかしておいた方がいい場合でも橋本さんはわざとメスをいれる。意表をつく発言をするのが彼の特徴でもある。
NPO資格取得についても同様なことだろう。NPOは運動体の資格であり世間での信頼感を得るが、ある一面では束縛であることも事実である。
人間社会は自由をどこまで求めるのだろうか。自由は大切な徳目であるが、生きていくのに無制限の自由がなければならないのだろうか。この日は大いに考えさせられた。
他にもたくさんの問題点が提起された。それらの議論のまとめを作っていた志茂、高木両君は今ごろ苦労していることだろう。その作品(論文?)を是非読ましてもらいたい。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・弥生ちゃんバンザイ

 2002.2.1 杉谷保憲

竹の間引き作業

参加者  杉谷、高田、野本、佃、古澤、堀、(松尾)
今日は上段の整備だ。上段は土入れが無理なので、竹の間引き作業にする。竹の伐採は時期的には晩いのだがやむをえない。伐採によって日光を取り入れ、歩く道、橋をつくること。これは今年のタケノコのためでもあるが、それ以上に来年の作業をやりやすくするためである。男たちは竹に取り組んだ。竹は天空をめざして伸びている。
その先の冬空は雲が低い。今日は肌寒いが、懸命にノコギリを動かしていると汗がにじむ。佃さんが吹っ切れたように元気。オールドファッションの眼鏡が曇っているが物ともしない。
かつて伐採し積み上げてあった竹を焼却処理するのは女性陣。
盛大な焚き火である。
11時過ぎだろうか、橋本さん夫妻が現れた。弥生夫人は相変わらず愛らしい。
早速、古澤、堀ご両人から声がかかる。
「橋本サーン、テレビ観てたの〜ン?」
「いやァ、午前中は○○に行ってたので・・・」
橋本さんは柳に風と受け流すが、女性陣はテレビ、テレビとしつこく橋本さんに絡んでいる。
この問答の意味がお分かりだろうか?
先週の竹林日記をお読みいただいたら、ニヤリとなさることでしょう。つまり作業時間に遅れて来ても、遅れた原因がテレビを観たためであればそれを正直に言うのがまちこんの良い点である、との橋本さんの言辞があった。それを逆手にとって、11時頃に現れた本人を揶揄したのである。
しかし先週の竹林日記を読んでいない人には皆目わけが解からない。
弥生夫人が言った。
「テレビってなァ〜に?」全くあどけない奥さん。
皆でゲラゲラ笑った。
松尾さんが遅れて参加し、この話を聞いて彼女独特の高笑いをあげた。
私が竹林PJに初参加したとき、古澤さんか堀さんか松尾さんかの誰かが言ったことを記憶している。
「弥生ちゃんは橋本さんにはもったいないほど可愛い女性ですよ。」
来週も再来週も作業は続きます。もう少し頑張りましょう。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「カラスが飛んだ」

 2002.2.6 杉谷保憲

竹の伐採作業ほか

参加者  杉谷、南井、高田、野本、佃、今村
今日も雲が低い。雨が降らないだけでもいいとしなければなるまい。
女性軍は誰も来ない。
男性軍は分かれて作業している。
南井、高田組は伐採を黙々と続ける。
佃さんは焚き火をつくったあと、一番高く奥まった場所で竹を切っている。この一週間のインタバルの間に“落ち葉ゾーン”に土入れがなされているのは、佃さんが一人でやった作業だろう。
野本、今村組は竹林への上り口に階段をつくりはじめた。
これまでもここは登るのにやや危ない道であった。そこに竹の階段ができた。まだ3段しかないが、もう足を滑らせる危険はない。うれしい。イマジンが言った。
「これを奥の焚き火のところまでつくって散歩道にしたらいいですね。」
それはいいに違いない。それができれば竹林と美しい小道が現出するだろうが、大作業になるから今は無理だ。
休憩もなく12時まで働いて、最後はやはり焚き火に集まった。
南井さんが1千円札をだした。一月ほど前のビール代だとのこと。確か500円を皆で出し合ったかな?
いずれにしても橋本さんが居ないので次回ということにした。
高田さんがチラシを持ってきていた。自宅の郵便受けにあったという。
「京都第二外環状道路西山トンネル部地質調査実施のお知らせとお願い」表題は長いが、要はここはトンネル道路になるのでその調査を3月下旬までに行なうということである。道路工事が実際にいつから始まるかはわからないが準備は既定方針どうり実施するのだろう。
そんな会話を交わしながら小屋をめざして歩き始めた。するとカラスが上段の竹林のなかを飛んでいくのが目に入った。低空で竹の間を飛び、そして去っていった。
私は息を呑んだ。
これは我が家のまわりの竹林でゴミ出し日によく見る風景である。
カラスがゴミをくわえてきて竹林のなかに蓄えるのか、食べるのか?
カラスは直線に飛ぶ鳥である。だから竹が密生しているとカラスはなかを低空で飛べない。いま、飛んでいったということは、直線に飛べるほどに竹が疎林になった証拠である。何か胸が熱くなった。竹林整備は所期の目的を果たしつつあるのだ。

次回12日(火)は整備作業の最終日です。
現場で打ち上げをやりたいですね。皆さんご都合をつけてご参加ください。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「ゴールがなくなった」

 2002.2.13 杉谷保憲

竹林作業の今後

参加者  杉谷、高田、野本、佃、橋本、堀

日本海側が大雪というTV情報を見て、ここから100キロも行けば40センチ以上の積雪があると思うとこのピーカンは嬉しいし有難い。
今日が今期最後の作業日と思い、早めの9時に竹林に入った。
ところが皆、早い出勤(?)だ。最終日だからという同じ思いなのだろうか。
堀さん「今日で終わるわけにはいかないでしょう。まだまだやることがあるのに・・・」
前夜の雨で、焚き火の火付きが悪く苦労しながら問いかけてくる。
私はその場をつくろいながら別の場所にいる橋本さんに会う。
彼は「引き続きやりましょうよ。タケノコがでるまで。」
杉谷「ちょっと休んで、また働く方がいいんじゃないの?」
橋本「休んで、それで来週から火曜日をどうして過ごすのですか?」
杉谷は頭を掻いている。「竹林は気分がいいね」と関連のないことをぼそぼそ。
橋本「竹林もいいですが、僕はここに来ている人たちが好きです。」
話題がほかに移っていくが、その話のラインに乗りながら、“本当にそうだなァ。
気分のいい人たちだなァ”と周りを見回す。
野本さんは階段づくり、高田さん、佃さんは道の整備、橋本さんはトイレづくり。
皆それぞれが、自分の仕事を自分でつくり自分で遂行する。
予定通り11時半に作業を終えて、焚き火を囲んでミーティング。
一番目の議題は、引き続き毎週火曜日の作業は続けることで決まり。
作業のゴールはなくなった。
二番目の議題は、別紙の「タケノコについてのお願いと要領」を決める。
三番目は??ご馳走とアルコールが入ったので忘れたが一つ覚えている。
それは小屋を買うこと――料理をできるように道具を揃えておく。
収納小屋製品を調べるのは橋本さん――後は楽しい楽しい時間・・・
たわいない話に興じながら、お開き14時に。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「メメントモリ

 2002.2.22 杉谷保憲

まちこん活動の価値感

参加者  杉谷、高田、野本、佃、橋本

道づくり、古竹の焼却、トイレづくりそれぞれが進行する。
晴天ではあるが時折、粉雪が舞う。
竹林の外貌が少し変化をみせた。入り口がすっきりしたとでもいうべきか。
人目にはつかないところでトイレ建設が進んでいる。場所が若干移動したりしているが、踏み板の試作をみているとこのトイレは工芸品である。
芸術は制作途中ではあまり意見をはさまないこと、この欄でもしばらく触れないことにしよう。
私は1時間早や引きして、帰宅するため歩いていた。
墓地のなかの道。天気が怪しくなったなと思う間に横殴りの風。そして雪。墓石群がいちめんに雪をかぶる。竹林から吹き降ろす一陣の風がきて、重い響きを残して去った。
墓石がいっせいに呟くようだ。「メメントモリ」。
再び風が過ぎる。雪を吹き付けられた墓石がまた呟く。「メメントモリ」。
作業服の襟を立てながら、昨夜のまちこんの会合を思い出した。
「地域通貨」の議題が予想通り、あっちにいったりこっちにいったりしながら進行した。
それが落ち着くと、最後になって学生たちから、まちこんについてのリポートの要旨(一年間まちこんを見たことのまとめ)が説明された。
かつて学生たちはこのリポート作成のために丁寧なインタヴューを重ねた。
それなのにその割には説明されたリポートの内容はありふれて、ステロタイプな結論のようだ。
メンバーからたくさん感想が述べられた。
そのうちのひとつを私も述べておいた。
「あれだけ取材したのだからそれを生かしてもっと個人の感想に立ち入ってリポートを作れば、リポートに厚みがつく」と。
また「まちこんには高齢者も多いので、いろんな過去をもち、いろんな想いを抱いてきている。
たとえばまちこんのなかで誰かが旗を振って、みんなをある一つのところに連れて行くというようなやり方があれば、私はまちこんを辞めるだろう。
市民運動といっても緩やかな連帯で活動するのが望ましい・・・」などと。
けれども時間が気になり、リポートの作り方について充分な説明にならなかったように思う。
ここで私の意を繰返して述べておきたい。
学生さんたちがつくりつつあるリポートは新聞記事的な範囲にとどまっている。
その原因は「まちづくり」とか「里山保全」とか、既につくりあげられた観念にとらわれているからであろう。勉強した範囲内にいる。それを越えなければフィールドワークの研究とか作品とかのレベルに達しない。
ところで、学生さんたちはこれまでにまちこんメンバーに詳細な取材をして、個人の参加意識にまで分け入って調べている。そんな材料をもっている。それを生かせばリポートに厚みがつき生き生きしたものになるであろう――。
惜しい、もう一皮むければよいのに・・・ところが変な理解のされ方もあったようだが、それを耳にしながら私は壁時計を見た。
すでに10時前である。
もう会議は終らなければならない。会場の都合で散会すべき時間だ。
もう一度発言して、私の趣旨を理解してもらうには時間がない。
学生たちはきちんと理解してくれたであろうか?
心配であったがそれ以上の発言をしなかった。
会場にはもう次回の資料が廻されていた。
いま、吹雪のなかで、ふとそのことが思い出された。
人は老いる。
老いの過程での主旋律は、残る時間をどう生きるかと想いめぐらすことにある。
そしてその主旋律には通低音がいつも流れている。
「メメントモリ(死を忘れるな)」それが目だたぬように響いている。
メメントモリ――近頃はこの言葉を聞かなくなった。
フランス語を知らなくても、哲学をかじらなくても、かつてはメメントモリは若者へのいさめの言葉として使われていたものだが・・・メメントモリを意識すると、生き方は大切で切実なことになる。
残された時間をどう使うか?
まちこんに参加した高齢者は強弱はあっても何らかの形でそれを意識している。
例えば、竹林で竹を伐採し汗を流す。この「汗を流すこと」がとても貴重に感じられる。
若いときには汗を流すことがこれほどに値打ちがあるとは思いもしなかった。
けれども老いの肉体には汗を流す機会が少ないせいか、吹きだす汗に価値を感じている。
「汗」の例だけではない。「会話」もそうだ。
高齢者はギスギスした話を好まない。
これは問題を避けるために焦点をぼかしているのではない。
会話で心と心をつないで欲しいのだ。
人には心がもっとも大切だと老いが無言で教えてくれている。
「働く」ことも同じである。
労働はその対価として金で量られる。
幸せが金で計られる。
だから世間では、金利だ、株だ、金融だと朝から晩までかしましい。
ボランティア活動では金の話がでない。
金を基準とする社会に辟易しているのである。
まちこんに参加している人たちのそんな感情を丁寧に拾い上げてみると、里山保全という
大義名分(観念)が市民活動の根幹をつくるのではない。
そんな側面よりもっと個人個人の感情に根ざしたものが内実にあって、残された時間はここをふるさととして過ごす覚悟があり(つまり死に場所としている。)、そのふるさとの自然を大切にすること――すなわち里山保全につながる。
そんなものがまちこん活動の根底に流れている。
吹雪はほんのわずかな時間で収まったようだ。空が少し明るくなった。

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「男たちの夢と豪華なトイレ」

 2002.2.27 古澤 登美代

2月26日(火)午前9時半〜12時
くもり 気温7℃
参加者:杉谷・佃・高田・野本・橋本・古澤・立命イマジン

久々に竹林に向かって自転車をこぐ。
今にも雨が落ちてきそうな曇天。今日はあたりを見回しながらゆっくり走る。
天神さんの近くまで走ったとき、春めいた柔らかな空気の中に、梅の香がかすかにただよっている気がした。
邸宅の庭に咲く白梅の下で深呼吸し、早春の香を体に取り込んだ。
地味に、凛と気高く咲く梅に見惚れていると、突然目の前に『特別養護老人ホーム建設反対!』の大看板が見えた。
手入れの行き届いた竹林(タケノコ畑)は、すっかり姿を消し去り、重機が数台、せわしなく動いている。発掘調査中の看板が見え、しゃがみこんでいる調査員が数人。
「ああ、やっぱり消えたんだ。。。」
年の暮れに読んだ新聞記事が頭に浮かんだ。
“タケノコ畑の見本”といえそうなくらいに美しい景観はなく、今はもう、赤い土をさらけ出している。ぽっかりと大きな穴が開いたような景色に、呆然とした。
それにしても大きな看板、人目を引く。
天神さん、竹林、八条が池、それらをすべてひっくるめて理想の住環境とし、家を買った人にとって、この場所での建設はつらいんだろうなあ。けれど、地主さんにとっては絶好の環境の、終の棲家になるんだろうし。
どんな特養が建つんだろう。
坂道を行く。
池にはマガモのつがいがゆったりと浮かんでいる。
アオクビといわれるオスの羽の色は遠目にもくっきり鮮やかだ。
民家の庭の木々たちは花芽を膨らませて、梅を追うように開花の出番を待っている。
目前の西山もなんだか微妙に色が・・・なんて思いながらペダルをこぎ、竹林到着。
遅刻したわけではないのに、もうすでに車、バイク、自転車が。
みんな早いわあ。
「いやあ、ステキな階段!これ、のぼりやすいヮ」
感激しながら坂道をのぼっていくと、上のほうで高田さんが青竹を使って階段を作っていた。
娘の入院や猫の病気で、しばらくご無沙汰してる間に竹林はすっかり様変わり。
驚きの連続!
これは、一周してみなくちゃね。
青竹の道に誘導され、ゆるりゆるりと散策。
周遊路はなかなかイケてるじゃないですか。
ほんとに明るくきれいになった。
西端の斜面。
「おおー、しいたけできてるわぁ」
ちょうど一年前、わくわく自遊クラブ(自然)で、子ども達が一生懸命穴を開け、菌打ちしたしいたけが、もう顔を見せてくれている。
幹周りの大きい1本だけから出ている。直径5cmほどの小さいしいたけが8個、もっとちいさいあかちゃんが10個ほど。
雨が降ればきっと一気に大きくなるんだヮ。
かわいいかわいいしいたけを、わくわくの子ども達に見せてやりたいと思った。
収穫まで、2年はかかるといわれたのに早いなあ。
ひとつ谷を渡り、丘を越えると、奥まった平地で野本さんが女性用トイレを作っていた。まあ、なんと立派な、手の込んだトイレ。
竹を割ってつないで作った足置きが二つ、橋本さんが掘ったという直径40センチ深さ1mほどの穴、穴の横には砂が山盛り。
竹で囲いをつくりドアまでつけるとのこと。
棕櫚縄を使い趣がある仕上がりになりそうだ。
「入り口はどの方向がいいですかねえ」
「できるだけ出入りが見えないように、裏(西側)がいいかな」
今日、ただ一人の女性である私の意見を取り入れ、豪華なトイレの入り口は決まった。
うちのトイレの数倍はある広々としたトイレ、落ち着かないし、やっぱり私、用は足せないかもと、ふと思ってしまった。
ドアをノックされて、手が届くかしらん。
どうしても我慢できないときは、ありがたく使わせていただこうっと。
ごめんね、野本さん。
わくわくで竹林にきたとき、いつもだれかが「トイレ行きたい!」と言う。そんな時は大助かり。豪華トイレにみんなきっとびっくりすることだろう。
穴に落ちないか心配もちょっぴり。。。
杉谷さんは、ツルハシを手に、古い切り株を撤去しつづけている。
切り株は堅く、かなり力が要りそうだ。作業中、何度も腰を伸ばし、竹林の様子を見渡す姿は、「総監督」然として貫禄がある。
初めて竹林に立った頃の杉谷さんとは、全く別人。
いつのまにかツルハシが似会う男に・・・。な〜んてね。
佃さんはメインストリート?で、黙々と土を掘り、道を平らにし、竹のねっこなどの除去に精を出している。
いつのまにかランニングシャツ姿。身軽な、そして力強いスタイル。
日曜日の立命館のシンポの話やまちこんHPの話をする。
「長岡班の学生たちが一番良かった。がんばってたよ」と、称えていた。
佃さんのまなざしはとっても優しい。
遅れてきた橋本さんに、「テレビ見てたの?」とは、今日はだれも言わない。
橋本さんは相変わらず大きな声で挨拶すると、西の広場でブルーシートの屋根をつくろうと一人で奮闘。「なんか、失敗したような・・・。思ったようにはいかへんもんやわ」と言いながら、トラロープを操っている。
高田さん、一輪車に土を積むと、坂を駆け下り、その反動を利用して登り坂を一気に越えている。繰り返し何度も。階段はいよいよ完成間近のようだ。
野本さんは、自宅で作った竹の芸術品(皿、おわん、お茶碗)を手に、夢を語りはじめた。
「竹やぶで自然薯をつくってね、それで自然薯鍋を作って、このおわんで食べるんです。たけのこご飯とおつくり、自然薯鍋、いいでしょう?」
杉谷さんは、満面の笑みで、「こりゃあいい!すばらしいわ。くつろぎやに売り込みましょう。たくさん作ってくださいよ」と。
ロマンや、ロマン。男たちの夢。いいなあ。
それぞれが、ここでの生活をエンジョイしている。とてもいい顔をしている。
立命のイマジンがやってきたのは、もう、作業終わりかけの頃。
「きねとうすを運ぶんだけど、手伝って」と杉谷さん。
「イイっすよ」と、気持ちのいい返事をするイマジン。
のぶちゃんは若いかという話題で、二人はひとしきりしゃべっていた。
古澤は、今日も火の番。
パーンとすごい勢いではじける竹に、ビビリながら、でも豪快に竹をくべて、顔は焼けるほど熱い。フルフェイスのヘルメットかぶったら、竹がはじけても大丈夫だし、いいかも。熱いかなあ?
倉庫付近の竹やねっこなどはほとんど燃やし、すっきり片付いた。
「しいたけの菌打ち、来週みんなでしましょか?」
「子どもたちのしいたけ、とるわけにはいかんしなあ。」
「ほだ木、切り出しにいこか?」
「でも切ってから1ヵ月くらい置いとかな菌が打てへん」
「ほんならほだ木は買ったら?」
そんな話がでている。
来週は、作業の合間に、しいたけの菌打ちができるかも・・・・。

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「タケノコ初掘りとしいたけ菌打ち」

 2002.3.6 古澤 登美代

3月5日(火)  午前9時半〜1時半
天気:曇りのち小雨  気温:7度
参加者:杉谷、佃、高田、野本、堀、松尾、古澤

春だ〜!
タケノコのシーズン到来!
暖かい日が続いて、タケノコさんは例年よりずいぶん早くお目覚めのようで…。
ちょっと遅刻していくと、もうみんなそれぞれの場所で作業に入っている。
堀さんが小ぶりのタケノコを手に、「もう、出てますよー、ほら、こんなんがありましたよ。掘らなあかんねえ」とみんなに伝えている。
それを聞いたタケノコ犬(古澤はここではそう呼ばれているのだ)、「よっしゃー」とは言わなかったけど、さっそくタケノコ探し。
運良く、数本が見つかりラッキー!
「あったー!」
「ここにもある、しかも双子ちゃん」
「これは上物や」
やっぱ、タケノコ探しは楽しいわ。
『タケノコ犬』の面目躍如といったところ?
わらが敷いてあるところはとても見つけにくかったけど、なんとか見つかってほっとした。
ツルハシをもった松尾さんと堀さんが次々に掘ってゆく。
3年目になると、手馴れたもの。
小ぶりのタケノコなんて屁の河童みたいだ。
短時間のうちに次々にタケノコを掘りだし、今日の収穫は20数本。
「さあ、みんなに“のこ”で買うてもらおか」
「ちまたでは今、g500円らしいよ」
「注文とらなあかんねえ」
あ〜、タケノコシーズン突入だ。忙しくなる〜!
去年より2週間くらい早いのでは?
タケノコさん、こちらはまだ準備が・・・といってられない。
タケノコは待ってはくれないんだ。
頑張って掘りつづけるしかないってこと。
でも、今年は、頼りになる男手がいっぱいあるし、心強い。
10時半、しいたけの原木が届いた。ぎょっとするほど太い幹。売れ残っていただけのことはある。やっとの思いでみんなで竹やぶに担ぎ上げた。
さあ、菌打ちだ。
あれれ、あれれ。電動ドリルの先が細すぎてダメなことが判明。
急遽杉谷さんが農協へ走り、しいたけ原木用のものを買ってきてくれた。
このドリル、うまく穴が開かない。
おかしいなあ、去年は子どもの力でも簡単に穴が開けられたのに・・・と、経験者のはずの古澤は頼りない。ドリルのせいにしている。
回転が逆になっていること、スピードが5段階あることに佃さんと松尾さんが気付いてからは、作業はトントン拍子。
高田さんと佃さんが丁寧に穴を開け、松尾さんと堀さんが菌を詰めトンカチでたたく。
それを見ていた杉谷さんの気持ちを察して、松尾さんが言う。
「杉谷さんがやりたそうにしてはるし・・・。代わりましょか?」
「うん、面白そうだネ」と杉谷さんが詰める役にまわる。
たしかに楽しそうに作業する杉谷さん。
「ほだ木が6000円、菌が2700円、うーん、8700円分のしいたけが採れますかねえ?
もとがとれるんやろか」と、だれかさんがつぶやく。爆笑!
まあ、そのことは考えないことにしようよ。
充電式のドリル2本は、7本のほだ木に穴を開けたところで力尽きた。
また次回ということで、ほだ木は竹林の端っこにごろんところがしておいた。
野本さんは、先週にひきつづき、総竹製の豪華トイレづくりに集中。
囲いが出来、竹林にマッチしたステキなトイレになった。
高田さんの手がけた竹の階段も完成間近のよう。
西の丘の端に、突如出現した竹のおうち「ツクダハウス」は、風流で、ほっとできるスペースだ。一週間前にはなかったもの。いつ作ったのかしら?
ドアも壁もない、シンプルなつくり、お金がかかってないのもいいよね。竹林に溶け込んでいて、ブルーシートのような違和感がない。
「佃さん、ここにも同じの作って」という松尾さんの要望に応え、西広場の物置場に『竹のおうち2』を作り始めた佃さん。
「ゆがんでないか気になるんよ」と言いながらにこにこ顔で。
「佃さん、竹林の中の道に、向日市の「竹の径」みたいな、竹の枝先の垣根作ったらステキよ」…さあ、佃さんはどうするでしょう。
熾き火の中で焼きタケノコがいい香りを漂わせ、採れたてのしいたけもまた香ばしく焼け始めた。
みんなで、心して初物をいただく。
あつあつの焼きタケノコ、焼きしいたけ、バツグンにおいしかった!
「う〜ん、美味い!」連発。
みんなで、しかも外で食べるから余計においしい。
杉谷さんと高田さんが引き上げてから、女性陣は倉庫の大掃除。
判断力に優れた松尾さんが、いるものといらないものを瞬時により分け、テキパキと片付けていく。
堀さんはタケノコ発送用品の在庫チェックに抜かりがない。
それにしてもずいぶんといらないものを大事に倉庫にしまっていたんだわ。
今度倉庫を見たらみんな驚くはず。
すっきり、整理整頓した倉庫はずいぶん広く感じられる。
『竹のおうち2』をつくり続けている佃さんを一人残し竹林をあとにすると、雨が少しずつ勢いを増してきた。
この雨で、タケノコはまた大きくなるんだろうなあ。
この時期の雷を「虫出しの雷」というらしい。
今夜はその雷が轟くかもしれない

■提案その1。
竹林見取り図とか、表札とか看板とか、道しるべとか遊び心でつくって竹林の中に立てたらどう?
トイレにも、竹のおうちにもおしゃれな名前がついたらいいな。
道端にもちょっとPRできるものがあったらいいかも。
「一緒に作業しませんか」とか書いて…。

■提案その2。
道端の景観がめっちゃ悪いと思う。
斜面が散らかりすぎなので、切り倒したままの竹の枝とか木とか片付けませんか。
側溝も葉っぱがいっぱい詰まっていて見苦しいし。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「タケノコ初掘り」

 2002.3. 9 杉谷保憲

2001.03.09 晴れ
参加者 杉谷、高田、野本、橋本、古澤、堀、松尾。

先日掘ったので、今日を「初堀り」というのも可笑しいけれど、先日はタケノコ側の都合で、あわてて掘りはじめたから「試し掘り」としておこう。
今日は勢ぞろい、心にはっぴを着て掘った。
古澤さんがオイヌサマ、竹林上段で次々と発見する。この上段はワラが被せてあるだけで、土入れは出来なかったところ。しかしワラが保温効果をしたのだろうか、タケノコが早く顔をだした。
堀さんが言う。私の日記によれば去年より2週間早いのです。
天候とワラのダブル効果なのだろうか?
オイヌサマが歩いた後にはピンクの目印が立ち並ぶ。
松尾さんが言う。
「今年の新人――高田、野本ご両人のこと――は筋がいい。」
確かに初年度としては掘る技術すなわち商品製造率がいいかもしれない。そしてこの二人は掘り方について科学的な考察をする。すなわち今の掘り方でなく、タケノコの周りの土を掘ったら次は鉄の鑿をあて木槌で叩けば上手くいくというのである。なるほど、なるほど。
それにしても去年の新人――誰?――の成績が悪かったことが思い出される。
みんなの収穫を集めたが、やはり傷物が多い。
杉谷の注文書の3分の1もまとまらなかった。
そのなかから堀さんが良さそうなものを選んで発送の準備をする。これが面倒な仕事だが手際がいい。
帰ろうとするころ、市役所の大隈課長さんが現れた。
まちこんが出来た時の総務課長、現在は支援センターの市側の責任者とか。
松尾さんがあわてて焼きタケノコをつくり「美味しいでしょう・・・」とサービスをしていた。
帰宅してメールを見て驚いた。
佃夫人からメールがきていた。夫は打撲で動けない・・・
橋本さんの足の捻挫についてはまちこんの責任はないが、佃さんが打撲で休んだのはどういう事情だろう?
一人で竹林に入り作業中に足元がふらついたのではないだろうか?
例会の席上、みんなで懸念していたことが現実になったのではないだろうか?
火曜日に佃さんが欠席するようなことがあれば対策を講じなければならない。

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「研究熱心な男たち」

 2002.3.14 古澤 登美代

3月12日(火)  天気: 快晴  気温: 14度   午前 9時 〜 正午
参加者: 杉谷、高田、野本、橋本、堀、古澤

連日快晴が続き、このまま一気に春本番かなぁと思えるほど暖かい。
朝の空気の中に沈丁花の香りが漂い、もくれんの花芽が今にも開きそうな気配。
桜の開花予想は22日らしいけど、もっと早いかもね。
竹林に差し込む陽射しは眩しく、みんなの顔もまた明るい。
「ハッシー、足の具合はどう?」と、堀さんの声が竹林に響く。
「佃さんはどんな具合なんやろ?」
口々に心配する面々。
タケノコ犬は、さっそく旗を持ってうろうろ。
掘り手が多いから、早く探さなくてはと思うものの、三日前のように次々に見つけることができず焦る。
高田さんは「たがね」を持参し、タケノコ掘りの“最後のツメ”に利用している。大工さんのようで面白い。
「最後に、小型スコップを使うといい具合に掘れそうですね」などと、野本さんと相談しながら、実に楽しそうにタケノコを掘っている。
二人でしゃがみこんで“最後のツメ”に取り組んでいる姿は、研究熱心な職人という感じで。一見、発掘調査隊?というか・・・。どう見てもタケノコ掘りには見えない。
農家のタケノコ掘り名人が見たら、なんというだろう。とっても不思議な光景。
思いかえせば、一年前、タケノコ掘りの初心者に向かって、掘りの失敗を責める声が、度々浴びせられていたっけ。
「あ〜、もったいない。こんないいヤツを台無しにして・・・。」
「これは上物、高く売れるはずやったのに!○千円のソンや」と。
「ごめんなさい」「すみません」と気をつかいながら掘っていた。
今年はだれも失敗を責めない。
というか、新人さんが優秀すぎて、めったに失敗しないのだけど、たまに掘りそこなうと、「しゃあない、しゃあない」といってみんな笑っている。ああ、なんてあったかい雰囲気。
ハッシーが、しみじみ。
「ええなあ。僕は、今年のタケノコ掘り、めっちゃ楽しいんやわ。このメンバー、いいよなあ」
男同士、飲みにいく機会もできてうれしそうだ。よかったね、ハッシー。
「おお、いいのが掘れたわ」
野本さんも高田さんも、形のいい上物を失敗なく掘って誇らしげ。。。
ほんとにキレイなタケノコが掘れた。
だれかがつぶやく。
「手間賃入れたら、このタケノコ、1本あたり相当高いよ」
ほんとに何千円するかもねえ。
もうそろそろやめようかという頃になって、土入れした場所を探し始めたタケノコ犬、「いやあ、あるわ。あ、ここにも。またあったわ。」と、たてつづけに旗を立てて歩く。
見つけてしまったら掘らないわけにはいかず、またみんなで掘り再開。
土入れしたところのタケノコは、なぜか頭が黒いのが多い。
皮もまた黒ずんでいる。せっかくいい形なのに、もったいないなあ。
炭のせい?藁のせい?不思議、不思議。
なんで黒いのかなあ。
でも、今年はこの場所からたくさん収穫できそうだ。期待しよう。
地面には小さいひび割れがまだいっぱいあるし。
ハッシーが、はあはあと息を切らして、今日一番でかいタケノコを掘り出した。
「ふうー、よかった。無事に掘れて。失敗したら、怒られるしなあ」と、にこにこ笑っている。1キロもある見事なタケノコは、堀さんの手で、すぐに発送用の箱に収められた。メデタシメデタシ。
みなさんお疲れさま!次回は、16日(土)9時から。

 

 

 

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「雨上がりのタケノコ掘り」

 2002.3.16 古澤 登美代

3月16日(土)  午前9時〜12時  天気: 晴れ  気温: 12度
参加者:野本、高田、堀、松尾、橋本、古澤、ビジター(奥谷さん)

前日の春雷と大雨はすごかった。
竹林にたっぷりと水分を与えてくれただろうと思って竹林に入ると、水はけバツグンで大雨の後とは思えない。
やっぱり落葉樹の森のような保水性が、竹林にはないんだろう。でも、土入れした所の赤土はぬかるみ、靴は泥をくっつけて、たちまち重くなる。長靴が要るほど。この場所は後回しにすることに。
まず、東南の斜面。
犬は、せっかく敷いてもらったわらを荒っぽくはね除け、ここ掘れワンワンの旗を手にタケノコ捜索。
「今日は、雨の後やし、ようけ出てるやろと思ったけど…」
「なかなか、ええヤツが見つからへん」
と、ぶつぶつ言いながら中央の丘を探し始める。
そこへ、府の環境企画課の奥谷さんが、差し入れの袋をぶら下げて斜面を登ってきた。ありがとう、奥谷さん!
「いやあ、こんなふうに探して掘ってはるんですかあ」
「宝捜しみたいで面白いし、探してみたら?」
奥谷さんは、さっそくタケノコ探し。
松尾さんが、「今日は参観やし、汚れたらあかんしー」といいながらやってきた。でも、手にはしっかりツルハシを持っている。
にぎやかなタケノコ掘りの始まり始まり。
竹林には笑い声がこだまし、活気が溢れた。
彼女の張りのある笑い声は、まわりを元気にしてくれるようだ。
橋本さんが遅れてやってきた。
タケノコ犬がぼちぼちとタケノコ発見。
結構いいものが出はじめ、松尾さんは叫ぶ。
「これはいいやつやし、野本さんに掘ってもらお!野本さ〜ん、こっちこっち」
野本さんは、苦笑しつつ、半分うれしそうに駆けつけてくれる。
「野本さん、それが掘れたら、次、これね」と次のタケノコを指定。
人使いの荒い松尾さんだが、自分も、汚れたら困るといいつつ、小さいものを次々に掘っていく。手際がいい。
ほだ木の丘とゆるやかな斜面、切り倒した竹がごろごろと転がっている場所に、ピンクの旗が10本余りずらっと並んだ。
踏んづけて頭がちょっと黒くなっているタケノコがいっぱい。
通路を挟んだ斜面の三角地帯は、ふかふかに土入れしてあって、わずかなひび割れをそっと掘ってみると、頭の黄色い上物のタケノコが見つかる。
皮肌が白く、形もピカイチ。
野本さん、高田さんは、もうすっかりタケノコ掘りにはまっているようだ。
失敗なく、美しいタケノコを掘り出す。
なんと、今日高田さんは、スコップの先を研いできたという。さすが!研究熱心。
橋本さん、堀さん、奥谷さんはシイタケ菌打ちにとりかかった。

時間を見ると、10時。
タケノコ犬は、もう帰る時間になった。
松尾さんも参観に行くといって引き上げた。
その後のことはわからない。
発送分の梱包は、堀さんの手によって手際よく終わったことだろう。
賛助会員さんからの注文が、このところ増えてとてもありがたい。
佃さんの骨折、杉谷さんの風邪、早く治りますように。。。

次回、19日(火)午前9時から。

 

 

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「大物ゲット!」

 2002.3.22 古澤 登美代

竹林日記3月22日(金)「大物ゲット!」
午前9時〜12時
天気:曇りのち小雨 気温:12度
参加者:杉谷、野本、堀、橋本、古澤

今にも雨が落ちてきそうな曇天。久しぶりの花畑日記を書き上げ、さあ行こうと思った矢先、電話が。「タケノコ掘りに遅刻しますから」と言いつつ長電話してしまった。そうして30分弱遅刻したタケノコ犬、さっそくピンクの旗を手にお仕事開始。
「おはようございま〜す」と言いつつ、もう目線は地面。ふふっ、あったあった。
「み〜っけ!あ、ここも。」あちらこちらに目印を立てて歩く。面白い!
「いやなに、橋本さんは30分も探してたんだけど…」
と、杉谷さん。
「そうなんや、見つからへんねん。いやあ、すごいなあ。さすが、お犬様や。」と、橋本さんはタケノコ犬を大げさに褒めちぎる。いやあ、それほどでも…。田舎育ちのため、人よりちょっと嗅覚?が優れているだけなのに。。。ここでは役にたっても、ほかでは通用しないのだ。たまに、ご褒美の骨のかわりに、好物のチョコなんかもらっちゃうと、タケノコ犬は俄然張り切ってしまいそうだ(笑)。
一番先に見つけたたけのこは、倉庫の目前の橋のたもと。杉谷さんが掘り始めたものの大物すぎてリタイア(失礼!)。というか、商品価値が下がるのを恐れ、ここはやっぱり野本コール。
「野本さ〜ん!」
みんなが取り囲み、大物を覗きこむ。
「うっわぁ、こりゃすごい。今シーズン一番の大物やね」
と口々に言う。たしかにでかい。野本さんは、総監督が静かに見守るなか、まずはまわりを大きく掘り、次にのこぎりでねっこを切断しはじめた。
「ホリがあったらいいんやけどねえ」
「ほんとにねえ」
仕方がない。まちこんにはしっかりものの堀さんはいるが、ホリは存在しない。1本7万円、ステンレス製なら15万円。ビンボーなまちこん、そんな高いものは買えないなあ。
大格闘の末に掘り出したタケノコは、惚れ惚れするほど美しい姿をしていた。傷ひとつなく、べっぴんさん。堂々としたボディ、ミスコン級!野本さんも杉谷さんも満足げ。これが魚釣りなら、魚拓をとるところだねといって笑った。たまにはカメラ持参しないと。
今日はかなり良質のタケノコが多かった。ずんぐりむっくりの色白さんはやっぱりキレイ。これぞタケノコって感じ。この形のタケノコはもうすぐ減ってきて、だんだんスマートなたけのこになっていく。

途中、堀さんが抜け、掘り手が減ったため、タケノコ犬はツルハシを手にした。小さいのを3本、失敗しつつ掘ってみた。
野本さんが、びっくりした顔で、「えっ、掘ったの?」って。堀さんが帰ってきて、発送作業を終えたところで雨が降ってきた。今日一番の大物は、杉谷さんがお買い上げ。お届け先で、チロシンやホリの話をしながら楽しい酒を飲むことになるのかなあ。
明日はわくわくで、タケノコごはんとタケノコステーキをつくることになっている。8時半から子ども達が掘りを体験する。見つけられないと思い、5〜6本目印の旗を立てておいた。
今日の総収穫、約19キロ。

さあ帰ろうとするところに、颯爽とブラックのパンツスーツ姿の松尾さんが現れた。
「あれ、見合いでもしたのかねえ」と杉谷さんがにこにこ。
まさかぁ、黒のパンツスーツで、ビジネスバッグ持って、ねえ。聞いてみると、高校の入学説明会だったと。

今年はありがたいことに、予約が次々舞い込んでいる。みなさん、ご注文ありがとう

次回は、3月26日(火)午前9時から。


 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「ちょっと中休みしたいかも?」

 2002.3.26 古澤 登美代

三日遅れの竹林日記「ちょっと中休みしたいかも?」
3月26日(火)9時〜12時
天気:晴れ  気温13度
参加者:野本、高田、堀、松尾、古澤、古澤あき

9時に竹林に入ると、まだだれもいなかった。ウグイスの声がこだまし、いい感じ。透明感のある声で上手にさえずり、爽やかさバツグンだ。今日は中学生の娘を連れて来たタケノコ犬、
「タケノコ犬2号、がんばって探し!」
と娘に言うが、
「そんなん無理無理」という。
娘は、久しぶりに訪れた竹林をふらふらと散策し、風情を楽しんでる様子。一年前の、ロシアとの交流会以来なのだ。

風邪をこじらせた杉谷さんは、また今日もおやすみ。疲れが蓄積してしまい回復しにくいのだろうか?早く良くなってくださいね。けいりょうさんは、用事があって休み。倉庫のかぎを開けに来てくれて、すぐお出かけ。

みんなちょっと疲れ気味だよね。中休みしたいけど、タケノコは日々成長してしまうし。タケノコ犬も、年度末の諸々報告書作りや職場のごたごた、連日の会議と、ハードで。結果、タケノコ探索の鼻も鈍くなって。(弁解じみてる?)
でも、ハードといいつつ、この桜の季節を逃してはなるまいと、深夜に夜桜を愛でにいったりして遊んでいる。心の栄養補給も大事にしないとね。干からびてしまうもの。。。

今日はいつもより少なめの収穫。また橋のところから美しいタケノコが見つかり、溝のふかふかの腐葉土の中から大物が見つかった。いつも見つけるばかりで楽をしているタケノコ犬が、今日は、「絶対、自分で掘ったヤツ、知人に送りたい」と、わがままをいう。悪戦苦闘、真剣にタケノコに挑む。
ところが、結局息切れして、
「野本さーん、お願い!」と、最後の仕上げを手伝ってもらう。タケノコ掘りがいかに大変か、しっかり味わった
のだ。掘り手の皆さん、いつもすみません!

竹は、節々に成長点があって、まるで縮めたちょうちんを伸ばすときのように、一斉に伸びるらしい。わずか三ヶ月で大人になってしまう。竹の節を数えたら62。皮を、姫皮の部分まで丁寧に剥がし数えると、節の数とほとんど一緒なんだって。今度タケノコを料理する時、ヒマだったら数えてみては?

さて、竹は食べられるのか?タケノコのときのえぐみ(シュウサン)は、成長するときにすべて使われてしまい、竹になったころにはアミノ酸と糖分が含まれるようになるらしい。ゾウさんは竹を食べる。パンダも笹を食べる。繊維をなんとか軟らかくする方法があれば食べられるのかも。圧力釜で炊いたら。。。そんなことまでして食べようという人はいないだろうけどね。
以上、先日のTV番組の受け売り。

辞書を見ていたらこんな語句が並んでいた。
・筍の親勝り…子が親より優れていること。
・筍医者…卑語。まだやぶにもなっていないの意。 やぶ医者よりももっと下手な医
者。
・筍貝…細長い塔形をした巻貝。殻は筍に似て15センチ。淡黄色に四角の黒褐色斑
が美しい。紀伊半島以南に分布。

筍貝、きれいそう。ちょっと見てみたい気がするなあ。

次回、30日(土)、午前9時から。

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「もう一日早ければ…」

 2002.3.30 古澤 登美代

竹林日記「もう一日早ければ…」
3月30日(土)午前9時〜1時
参加者:橋本、野本、高田、堀、堀ななこちゃん、イマジン(立命生)、古澤
お天気:晴れ  気温:13度

今日は、ななこちゃんというかわいい助っ人がきてくれて、竹林はいつもより和やかさを感じられる空間となった。小さな手で、もくもくと、ひたすらタケノコ掘りを頑張る表情は、なんとも形容しがたい。真剣なまなざしが、ただただかわいくて…。子どもはいいね!高田さん、野本さん、けいりょうさんらおじさんの表情も穏やかでステキだ。上手に「小さなお客様」をもてなしているかのように見えた。温かいまなざし、温かい励ましの言葉、さりげない手助けは見ていて心が和む。今日も来てよかったなあと思う。
ななこちゃんは、長い時間をかけて2キロほどある大物を手に入れた。
「見て見て、かあさ〜ん!」
と、重いタケノコを胸に抱え、本当にうれしそうだった。
いい仲間に囲まれている幸せ。癒される空間。竹林は本当に気持ちいい。

まとまった雨のあとだけに、赤土の部分はぬかるむ。けれど、今までの足跡をすべて消し去ってくれ、タケノコの存在する印、“ひび割れ”がよーく見える。次々に地中のタケノコを探し当て、旗を立てていくタケノコ犬。旗が足りなくなって笹を目印に挿す。
「あー、ちょっと遅かったよねえ。もう一日早く掘れたら商品価値高かったのにっていうのが多いなあ・・・。惜しい
わあ」
堀さんのひとり言と大きなため息。穂先がちょっとだけ出ているものが結構あった。
火曜日に掘って、4日目。ほんとは週3回くらい掘れたらいいのだろうけど、メンバーの負担が大きい。しょうが
ない。
この春は、猛スピードで過ぎ行く感じ。ずんぐりむっくりの美形タケノコがだんだん少なくなり、すくすくと伸びたスマートなタケノコが少しずつ増えてきたようだ。だんだんと深いところまで掘らなければならなくなり、体力と技術を要す。
はたして、5月4日、5日のタケノコ祭りまで、タケノコがあるんだろうか?

品質は先週のほうが良かったが、今日の収穫量はなかなかのものだろうなとにんまりしていると、
「いやあ、来てくれたん?」
と、うれしそうな堀さんの声が響いた。ふりむくと倉庫の前にイマジンが笑顔で立っていた。おばあさんの家で毎年タケノコを掘っていたというイマジンは、強力な助っ人だ。竹林整備に度々参加していた彼は、土入れしたところから出るタケノコを、どんな思いで掘ったのかなぁ?赤土でドロドロになりながら・・・。

野本さんの作品、トイレのドアが完成した。几帳面な性格が垣間見える仕上がりに感嘆、賞賛。ほんとに器用な人だ。シーズンが終わったら、竹のねっこの部分を使って器を作りたいといっている。竹のおわんも、すでに10数個出来上がったらしい。
そのうち、竹林に竹製のベンチやテーブルなんかが出現するんじゃないかな。ふふっ、楽しみだわ。

次回は、4月2日(火)9時〜

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「見つけても見ぬふりしたい」

 2002.4. 5 古澤 登美代

竹林日記4月5日「見つけても見ぬふりしたい」
午前9時〜12時
参加者:杉谷、高田、橋本、堀、古澤、杉谷さんの自治会の会長の奥様

竹やぶに入り、あっという間に旗を立て終えたたけのこ犬はつぶやいた。「どうすんの、誰が掘るの?こんなにたくさんのたけのこさん…」
まさしく最盛期。
前回と同じく、今日も目印の旗が林立した。土入れ場だけで50本以上はあっただろうか。あるけばたけのこにあたるという感じ。ほんとは、見つけても見ぬふりしたいぐらいだ。今日の掘り手は少ない。野本さんがいない。全部掘ることは難しいと判断した。
もう頭を見せているものが相当あって、それらを優先して掘ることに。ひび割れしているがまだ頭が隠れているものは明日にまわした。

自治会長の奥さんは、とっても小柄な体で、懸命にタケノコと格闘?しているかに見えた。穏やかな笑顔で、「たけのこ掘りはほんとに重労働ですねえ」といいつつ楽しんでおられる。病み上がりの杉谷さんは、息をきらしながら三つ子のたけのこに挑戦するものの、「高田さん、たのみますわ」と応援要請。やっぱりたけのこ掘りは重労働だ。

けいりょうさんは、今日も接待係を忠実にそつなくこなし、奥さんに優しく接している。アドバイスも的確。手伝いすぎることなく、ほどほどに手を貸す。天性の社交性には脱帽だ。
いつもなら野本コール、または高田コールが飛び交うのだが、今日は「ハッシー」「橋本さん」「けいりょうさん」。モテモテだった。前回の、女性陣の前でもそうだったが、今日もイイトコ見せて(最近めきめきと腕を上げ)、特大のたけのこを、大型のツルハシで、一発でしとめてくれた。大忙しの彼であった。昨夜の泡盛がまだ残っているのか、息が荒いような気がした。
高田さんは、慎重に丁寧にほりあげていく。退職してからは毎日が日曜日で、こうして、すっかり体育会系になってしまいましたと奥さんに説明している。会話をしながらのたけのこ掘りは楽しい。
杉谷さん曰く、
「うちの近所の竹林には、夫婦で掘りにきているが、無言だわ。会話がないんだよね。こうして、おしゃべりしながらの作業はいいわあ」
ほんと、ほんと。

竹林には、まだ下手なウグイスの声が響く。空を見上げると、雲ひとつない青空。西代橋方向を眺めれば、蓮華畑が見える。山桜が見える。芽吹いたばかりの木々が見える。
ああ、春だ。春爛漫。この世に花の色彩がなかったら、どんなに殺風景なことだろうと思う。もう、西山の雑木林には、赤紫の山つつじが咲き始めた頃。行きたいなあ、山へ。

そうそう、5月11日に、鳥瞰図作りをやることが決まった。きのこ博士の高山栄氏と一緒に浄土谷から天王山方面。興味のある方はぜひご一緒に。

次回のたけのこ掘りは、明日、4月6日午前9時から。

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「初めてのホリ」

 2002.4.11 古澤 登美代

竹林日記4月11日「初めてのホリ」
お天気:曇り
参加者:杉谷、堀、南井、橋本、高田、野本、古澤

少し遅れていくと、ちょうど杉谷さんが坂を上るところで、開口一番、私に向かってこういった。
「買ってもらったんですよ、堀さんに。ホリを1本ね。いやあ、うれしいわ」
それがもう、なんともいえない表情で、少年のような無邪気さ。60代とは思えない可愛さだった。おもちゃをねだってだだをこね、やっと買ってもらえた幼児が、えもいわれぬいい顔をすることがあるけれど、それに近いと一瞬感じた。ごめんなさい!
堀さんが続いて到着し、その貴重な「ホリ」を竹やぶに持ち込んだ。みんなを集め、事情説明。
海印寺農協に、倒産流れ品のホリが格安で売りに出ていた。18,000円也。たまたま杉谷さんと農協でばったり出会い、
「堀さん、買って!買って!買って!」
ということになったらしい。よっぽど欲しかったんだよね。気持ちはよ〜く分かる。そうせがまれたら、いくら堀さんでも買わずにはいられまい。4本が売りに出されていて、1本を買ってきたという。

さっそく、野本さんが試し掘り。だれもホリを使ったことがない。農政課のたけのこ講習に参加していたならば、ホリを使って掘るコツを習得できたのだろうが、まちこんのたけのこ掘りと日程がかぶってしまって、杉谷氏は未だホリを使ったことがないのだった。
「う〜ん、むずかしいわ」
と野本さんがつぶやく。
先の黒っぽいたけのこを選んで、何度も練習しているが、コツをつかむまでには至っていない。だけど、時間の問題。研究熱心な男達のこと、次回までにはたけのこ農家の掘り方をなにげないそぶりで盗みみたり、「どないして掘りますのん?」とか気軽に声をかけたりして、技を習得するに違いないわ。ねえ、けいりょうさん。

1時間ほど経った頃、
「あ〜あ、返してもらえそうにないねえ、ホリ。」と杉谷さんがいう。またまた、おもちゃを取り上げられてしゅんとしている子どものように。その後、高田さん、けいりょうさん、杉谷さんも、ひととおりホリの感触を楽しんだ
のだろうか。タケノコ犬は、そこんとこ見ていないので、どんな様子で大切なおもちゃを扱っていたのか語れない。ああ、残念!記念すべき「初ホリ」の日。今日はカメラも欲しかったなあ。

たけのこを掘り始めて約1ヵ月経過。
「なんか、ちょっと、くたびれてきたよなあ」
「もう、ピークを過ぎたんじゃない?」
「先週が一番多かったよ」
「タケノコの形がいびつになってきたよね」
そんな会話が続く。
シーズンはまだ終わりそうにない。あと2週間ぐらいかなあ。。。野本さんは先週、土入れした竹林の端っこに、やまと芋と長芋のファーム?を作った。今日は、タケノコを掘りながら、トイレに飾る青竹を奥さんのために物色して
いた。南井さんは、寡黙にこつこつと。奥さんがここのタケノコを気に入ってくださったらしい。高田さんは今日もマイペース、物静かに。けいりょうさんは今日も舌好調で。要の堀さんは、手際よくタケノコの発送作業をしながら、宅配便の常連(上得意様)になった話をする。
発送分10数箱が終ったが、まだ掘り終わらない。12時のサイレンが遠くで聞こえ、杉谷さんの指揮がこだます。
「そろそろ終わりませんかぁー」

ちまたでは、もう、牡丹が咲き始めた。八重桜も満開。一気に春が通り過ぎてゆくような、そんな今日この頃。私たちの春は、この竹林とともに…。

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「宝の持ち腐れ」

 2002.4.13 古澤 登美代

竹林日記4月13日(土)「宝の持ち腐れ」
お天気:晴れ
参加者:杉谷、橋本、野本、高田、松尾、堀、杉本、イマジン、ななこ、えりか、たくちゃん、古澤
お客様:山本昌平ちゃんのおかあさんとお友達

今日は、学校がお休みで、子ども達が応援にきてくれた。竹林の中は子ども達の声が響き、明るさを増した感じだ。久々に顔を見せてくれた杉ちゃんと、おしゃまなななこちゃんとの会話は、おかしくて吹き出しそうだった。なんのことだか知らないが、
「ほんとにもう、杉チャンて子どもなんだからあ」
なんて聞こえてきて、ツルハシを持つ手が笑う。
杉ちゃんは、相変わらず優しいお兄さんで、子どもたちにもみくちゃにされている。

イマジンが来ると、ななちゃんは、今度はどっちが大きいタケノコを掘れるか競争だとはりきっていた。結果、赤ちゃんほどもある大物を大事そうに胸に抱えて、坂を降りてきた。「三人で掘ったんだからね」といいつつ。最後のツメは、高田さんかな?野本さんかな?飄々としたイマジンも、ななちゃんやえりかちゃんには太刀打ちできず、すっかり遊び相手にされてしまった感じだ。

今日のお客様、昌平ママと、そのお友達は・・・。華奢でおしゃれな体におよそ似つかわしくないツルハシを持ち、けいりょうさんの指導のもと、タケノコ掘りを楽しんでおられた。大物をゲットし、大満足のご様子。筋肉痛にならなければいいけど。

さて、先日手に入れた「たった1本の貴重なホリ、いわば竹林PJのお宝」は今日も、残念ながら大活躍とはいかなかった。松尾さん、イマジンがホリでの掘りに挑戦したのだが…。土の中の見えない根っこを、ホリがあたった感触で、探る。
「ここか!」
「ちゃうなあ。これやわ」
「あれ、違うわ。もっと下やね。」
悪戦苦闘の末、最後はツルハシで掘り出した。そのタケノコの、なんと痛々しい姿。練習台になってしまった不幸なタケノコさん、柔肌にグサッと刺さったホリの傷跡がいくつも。
松尾さんは、「悔しいー!」を連発。
「絶対、使いこなせるようになってやるゾ!」
なんでも、とことん究めてしまう彼女なら、やりかねないよね。
ほんとにホリは難しい。

古澤の、長い間眠っていたデジカメが、今日めでたく復帰した。使いこなせず部屋の隅に埋もれていた、高級なデジカメ。ほんとにかわいそうなことをしたと思う。これを「宝の持ち腐れ」というんだな。
相変わらず一眼レフにこだわって、「やっぱり、デジカメは撮りにくい」と、ほっておいた。杉ちゃんと子どもたちがにぎやかに竹林の様子を写している。掘ってる最中、溝の中で思いがけず発見した幼虫たちを、えりかちゃんが至近距離からカシャッ。
「これって、もしかして、くわがたの幼虫かもしれん」
と、松尾さんがいう。
かぶとむしの幼虫のような気もするが…。
「オオクワガタだったらどうする?」
「タケノコよりもうかるやん」
「うわあ、ここで養殖したらおもしろいよなあ」
ほんとに夢のある会話。
オオクワガタと思いこんでおこう。そのほうが楽しいよね。

デジカメのメモリースティックは、すんなり松尾さんのパソコンに入った。これからは「宝」が頻繁に使われることになりそうだ。


次回、4月16日(火)9時〜

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「色黒さん」

 2002.4.18 古澤 登美代

竹林日記4月18日「色黒さん」
午前9時〜12時
お天気:晴れ
参加者:杉谷、佃、佃さんの教え子、野本、堀、橋本、南井、古澤

新緑眩しい爽やかな朝。8:50に到着すると、もうすでにタケノコ掘り作業は始まっていた。旗も多数立っている。2日続きのまとまった雨で、おそらく無数のタケノコが待っているだろうと想像していたが、やっぱり!やっぱり!
野本さんの山芋畑にも、にょきにょきと生えている。まあ、仕方ない。タケノコには山芋畑が識別できないしね。

トイレの近く。頭を出した真っ黒のタケノコが、その繊毛に細かな水滴をびっしりつけていた。その様は、みずみずしく、たまらなく美しかった。
誰かに伝えたくてたまらなくなって、近くで掘っている野本さんに、「見て!見て!すっごいきれい」
…感性の押し売りかもしれない。。。同感の様子にほっとした。

天に向かい、まっすぐに伸びる姿は美しい。ただし、真っ黒なそれらは商品にはならない。今日は、次々に掘り出されるタケノコの中に、真っ黒さんがいっぱい。贈答用には絶対使われることのない、自宅用でも引き取り手のない、色黒タケノコ。幼い頃から、「クロンボ」「前後ろがわからん」「土付きごぼう」などと揶揄され育った自然児の私としては、色が黒いというだけで見向きもされないそれらが不憫でならない。味は、そんなに悪くない。十分食べられるのに。。努力しても色白にはなれないのだ。ぐすん…。


久々に佃さんがやってきた。「コルセットをしてるから大丈夫!」というが、無理は禁物。重労働のタケノコ掘りで、治癒が遅れたら大変だ。作業を見ていると、骨折しているとは思えない敏捷な動き。次々にタケノコを掘り出している。教え子の華奢な青年がやってきて、先生と一緒にタケノコ掘りを始めた。
一時間経った頃、
「先生、もうあかん、限界や」と。
佃先生は、
「何言うてんの。女性でも掘ってんのに」
というが、初めてのタケノコ掘り体験はハードすぎたようだった。いまどきの若者らしい。離れて暮らす息子を見ているような気がした。

今日は、ホリが活躍した。といっても、うまく掘れたわけではない。杉谷さんが、講習で聞いてきたことを披露する。野本さんと佃さんが挑戦する。まあまあの掘り具合。伝統の技は、そんなに簡単に習得できるものではないらしい。
「シーズンが終わるまでには、なんとかうまく掘りたいなあ」と、野本さんは悔しそうだ。
「ホリは、10年以上手入れした、ふかふかのタケノコ畑でないと役にたたんのやね
え」と、杉谷さんも残念そうにいう。
経験がものをいう。何度も何度も試して、ホリが根にあたる感触を覚えるしかないのだろう。ホリが大活躍する日を心待ちにしたい。

今日は、竹林浴するのにピッタリの椅子が運びこまれていた。疲れたら、ちょっと休憩。ウグイスの声を聞きながらうっとりとくつろぐことができた。橋本さん、サンキュー!


午後から、洛西浄化センターのエコアップガーデン見学会に行くため、少し早めに竹やぶを降りた。いつも最後の片付けまできっちりやってくれる堀さんと野本さん、ありがとう。

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「ナンバーワンの地位」

 2002.4.20 古澤 登美代

竹林日記4月20日(土)「ナンバーワンの地位」
天気:曇り
参加者:杉谷、佃、橋本、高田、野本、堀、松尾、古澤、千晴ちゃん、ななこちゃん

今日と明日はまちこんレターの編集にかかりっきりになるはずやなかったの?松尾さん。。。と思ったが、黙っていた。

彼女は、竹林に顔を出すや否や、ホリに挑戦しはじめた。ウンチクを述べるのは杉谷監督だ。ホリがどういう角度で当たって、どう掘れるのか見てみたいと、野本さん、杉谷さんと一緒に研究を始めたのだ。理数系の、何事も検証してみたくなる二人とは対照的に、松尾さんは直感を最重要視!
しばらくすると、彼女はどうやらホリの感覚をマスターしたようだった。野本さんより、杉谷監督より早く、一番に。
「あらあ、松尾さんが一番に掘れるようになったわ。野本さん、ナンバーワンの地位が危ないねえ」
と、杉谷監督のうらやましそうな声。
「頭で掘ったらあかんのよ。体で、感覚で掘らな。」
松尾さんは誇らしげに言う。
えっへん!どうだ!という感じ。
「30センチ以下のやつなら任せといて」
というと、さっそく遠くのほうから
「松尾さん、お願いします。ちょっと掘ってみてください」と高田さんの声がする。
何事も頭から入る、科学的に物事をみてしまう男性陣にくらべ、本能に任せそれを経験に変えていく彼女。そんな違いがありそうな気がした。

今日のようにホリが活躍した日は初めてだ。
「ホリ、貸して」
「ちょっと、掘らせてよ」
「これはツルハシよりホリの出番や」
という具合に取り合いになり、ホリはみんなの手をまわって竹林のあちこちで大活躍した。
「うわあ、ぐにっていう音がしたわ。戦意喪失や」
と、野本さん。ホリの当て具合が不適当だったのだ。たけのこの、土の中で割れる鈍い音は、確かに戦意を失ってしまうよね。

11時半をまわった頃、となりの畑で、夫婦でタケノコ掘りをしておられる姿が見えた。まちこんに竹林を貸してくださっている地主さんの、息子夫婦である。松尾さんがまずお礼をいい、
「掘りかたをちょっと見せてください」と言っている。
これはいいチャンス!みんなを召集し、お手本を見るために押しかけた。一週間掘れなかったという畑には、小ぶりのタケノコが無数に出ている。
ご主人は、いとも簡単に、ほんのわずか数秒で掘り出していく。まず、タケノコのまわりをぐるりとこねまわし、つぎにホリの先を離れた場所から斜めに差し込む。あっさりと、タケノコが掘り出されていく。
「ほお〜」
「なるほどねえ」
ただ感心するばかりではない、まちこんの面々。矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「ホリを差し込む角度は?」
「差し込む方向はどうやって見分けるのか」
「もっと大きいタケノコはどうやって掘るの」
など。

タケノコの穂先をよく観察すると、ある方向を向いている。その、穂先の向いてる方向にタケノコは少し曲がっている。だから、穂先と対面する形で、ホリの先を差し込めば根に当たる。その根の少し上にぐさっと差し込めばいい。
と、レクチャーしてくれた。

戻ってさっそく実験したのは松尾さん。
「ほんまや、簡単に掘れるやん」
まわりをぐるりとこねるのが、ぽんと掘り出すポイントらしい。でも、その技は、土入れした柔らかな場所でないと通用しない。

なぜ、大変な思いをして土入れするのかがわかる。収穫のときの労力を考えると…。ツルハシでまわりを大きく掘る労力とは雲泥の差。土入れは、色白の柔らかなたけのこを作る以外に、掘りの大幅な省エネ化に効果があるんだね。
みんなの、ホリ技術の上達に期待しよう。

今日は、堀さんちの千晴ちゃんとななこちゃんが助っ人に。たけのこ掘りの先輩ななこちゃんは、
「ほら、これがリューピーよ。」と、千晴ちゃんに野本さんを教えている。トイレはこっちだと勝手知ったる竹やぶを案内する。
千晴ちゃんは、一時間もかけて、大きなタケノコを自力で掘り出すことに成功した。すごい忍耐力だ。

竹やぶにキッチンスタジオらしきものが出現。
「ななことちはるの、○○料理!」と、楽しそうにタケノコを刻んでいる。面白いね、子どもって。
土曜日は楽しみだ。

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「ああ!旬が過ぎ行く」

 2002.4.23 杉谷保憲

竹林日記「ああ!旬が過ぎ行く」2002.04.23(火)
参加者 杉谷、高田、野本、佃、橋本。古澤、松尾、堀。

12時半、作業を終えて私は自転車を押して歩いていた。海印寺郵便局から梅が丘バス停あたりの坂道である。この道は普通の時でもペダルを漕いで登れないのに、と自転車から降りていた。後ろから、腰を中に浮かせて漕いで行く女性が、振り向きざまに叫んだ。「お疲れさまァ。」ああ、古澤さんだ。女性陣では一番年上だと聞いていたのに軽やかな姿だ。「今日の竹林日記、お願いできませんかァ。ワタシ午後は○○○で忙しいもんで・・・」その間15秒ほど、私の返事も届かないうちに彼女の自転車姿は走り去った。
古澤さんは旬のひとだ。

私は今日は15分遅れで竹林にきた。おはようの挨拶をするやいなや、堀さんが「今日は声がオカシイですね。」と気遣ってくれる。朝寝坊して慌てたので、気管支拡張剤を服用することを忘れたのだ。この薬を飲むと痰の切れがよくなり楽である。飲み忘れが声に現れたわけだが、よく聞き分けられるもんだ。私は昨日から腰痛も始まった。形成外科に行けば運動不足と言われるのだろう。
腰を下ろして休んでいて、さて立ち上がろうとすると腰が痛む。ひと息して歩き始めるとアヒル歩きになる。あ〜あ、旬が去った男だ。

松尾さんがホリ使いの名手の名をほしいままにしているのは前号の日記にある通りだが、今朝はそのホリは使い廻しされて忙しい。
「ホリが大活躍ですね。」という私の言葉に、松尾さんが返す。
「皆がホリを使えるようになれば、もう1本買ってくれるそうですよ」
私「親が子どもに言うセリフね。」誰のセリフかは問わずとも判る。しかしそういえば私は橋本さん、古澤さんがホリを使っているのを見たことが無い。
次回は是非拝見させてもらおう。そしてもう1本買ってもらいたいものだ。

今年、タケノコは豊作である。今日もたくさん採れた。しかしタケノコの皮が黒くなってしまったものが多い。商売に発送した残りはメンバーがお持ち帰りするのだが、今日はさほど希望者がいない。経験を積んできたので、メンバーも目が肥えてきた。堀さんが強制的に分け与えている。ああ・・・タケノコも旬が過ぎつつある。

次回は25日(木)の予定。ところが雨の予報だそうです。連絡を密にしましょう。

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「疲労と故障」

 2002.4.28 古澤 登美代

竹林日記4月28日「疲労と故障」

お天気:快晴
参加者:杉谷、高田、堀、南井、松尾、橋本、古澤
ゲスト:杉谷さんのお友達9人、永田さん、杉谷さんの娘さんと孫(2歳の男の子)

新緑眩しい朝、天神さんでは観光まつりが催され賑わっている。この時期、例年ならきりしまつつじが真っ赤に燃える参道だが、ことしは枯れかけた赤茶色の花と新芽の黄緑が混ざり合って微妙な色合いだ。そのかわりにヒラドツツジが満開。桜並木の下に、溢れんばかりに咲き誇っている。むせかえるような香りが、交差点で信号待ちし
ているところまで届く。この季節は、いのちの香りが、まちに、山に、竹林に。たけのこを掘り出したときの芳香は、くらくらするほど強い。竹林の中で精気を浴びたとき、時々立ちすくんでしまう。

今日は、9時半にお客様を迎えるということで、9時に集まったみんなは、その準備を始めた。竹林の中の道を直したり、下草を刈ったり、タケノコの旗を立てたり。

9時半、お客様第一陣3人到着。さっそく橋本さんが仕切り役を務め、全員が顔を合わせ自己紹介した。橋本さんは、
「まず、きじばにご案内します」とゲストを導く。
「えっ、きじば?なに?」
通じない。
南井さんが、
「女性の場合は、お花畑というんと違いますか?」と。
「あ、わかりましたわ」
と、女性たちが笑う。

橋本さんは、得意げに「お花畑」のドアを開け、説明をする。ゲストの皆さんは、皆一様に、感嘆のお顔。

さて、掘りが始まった。松尾さんの掘りの腕をみんなで拝見。ホリを使って小さめのタケノコが簡単に掘り出されていく。ゲストの皆さんは、ツルハシを使って楽しそうにタケノコ掘り。にぎやかにおしゃべりが続いている。しばらくして、
「はあ、しんどいもんやねえ。大きなタケノコを売ってあるけど、あんなんは掘るの
がすごい大変なんやねえ」
と、しみじみと実感がこもった声がする。

しばらくして第二陣到着。また、自己紹介の時間をとって、6人のお客様と交流した。詩人、弁護士、台湾からの留学生など、多彩な顔ぶれで面白い。杉谷さんの交友関係の広さに驚く。
「竹林のことは、もう何度も杉谷さんから聞かされて、耳にタコなんです」と、ある女性。
きっと杉谷さんは、あちこちで、ことあるごとに、飲むたびに、竹林の心地良さを語っているのだろう。


竹林の中に、たくさんの人の笑い声がする。自分で掘った大きなタケノコを胸に抱いて、とってもうれしそうな顔でカメラにむかう人たち。幸せそうだ。タケノコ掘りはそこそこに、竹林を歩き回り写真を撮りつづける男性も。杉谷さんのかわいいお孫さんが、おじいちゃんの「掘り」を真剣に見つめる場面もみられた。11時半、ゲストの皆さんは笑顔で竹林を降りていかれた。

もうシーズンは終りのようだ。タケノコの数がめっきり減った。いいタケノコはもうほとんど出ない。佃さんが、心配そうに言う。
「親竹が少なすぎるような気がする。もうタケノコがほとんど出ないだろうし、どうしたらいいかなあ。僕はもっと残したいんや。」
まだ生えてくるのかどうか、誰にもわからない。

メンバーの故障が続出している。野本さんは膝痛、橋本さんは彫刻していて負傷、佃さんは骨折、杉谷さんは
腰痛。みんな疲れているのだ。こんな重労働のタケノコ掘り、後継者がいないこともよくわかる。

「今日で、掘りは終りにする?」
「次回最終にしようか?」
「火曜日と木曜日の2回で終り!」
「そうしましょ」
ということで、次回は30日火曜日。雨なら木曜日が最終日と決定。

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「心、ここにあらず」

 2002.4.30 古澤 登美代

竹林日記4月30日「心、ここにあらず」

天気:曇り
参加者:杉谷、南井、高田、堀、松尾、古澤

タケノコ犬が到着すると、高田さんが、
「杉谷さんが探してはったけど、たけのこはもうないみたいですよ」と。
「そうですかあ、でもまあ、10本ぐらいは生えてるでしょう。たぶん」
といいつつ、旗を持ってさっそく土入れ場へ出動。上質のものは、もうほとんどないが、ざっと見ただけで20本あまり見つかった。杉谷さんが、
「ほんとに、ほんとに見つかったの?」と疑いのまなこ。
「土の中がそんなに見えるんだったら、人の心もお見通しでしょ?」だって。
もしそうだったら、怖いねー。

堀さんが、
「もう発送先もないし、掘っても掘らんでもどっちでもええよ」
という。無理して掘るなということだ。黒いのはほっといて、よさそうなものを選んで掘る。
でも今日はGWのまんなか。なんだか気が乗らない。心ここにあらず…。はあ〜、とため息がこぼれる。

途中で松尾さんがやってきて、タケノコ祭りの相談が始まった。倉庫から網や鉄板、炭火用のシャベルなどを出し、準備を始める。ドラム缶のチェック。買い物のリストアップ。
「タケノコはもう出そうにないよね。この竹林までわざわざ歩いて来る人、いると思う?」
「竹林浴なら、ここより光明寺あたりのほうがよっぽどいいし。タケノコ掘り体験がないんだったら魅力ないかもね」
「ここで竹細工するって行ってたけど…」
タケノコ祭りまであと4日。いったいどうなるんだろうか。夕方の打ち合わせがスムーズいって、本番がうまくいくことを祈るのみ。

堀さんが、傷害保険のパンフを取り出し、じっくり見ている。竹林PJで保険をかけようという話で、2日には加入する見込みとなった。まちこんの活動中の怪我、事故に対応できる、最低限の保障が絶対必要だね。


なんだか今日は、妙に竹林が静かで、しんとしている。ときおりウグイスが鳴き、さやさや、ざわざわと竹が揺れて竹葉が舞い散る。竹の秋だ。タケノコシーズンの終りを告げている。

※次回5月2日(木)9時〜12時 シーズン最後のタケノコ掘り。

※4日,5日はぜひタケノコ祭りにおいでください。  天神さんの境内で、焼きタケノコ、タケノコステーキ、ゆでタケノコを販売します。助っ人大歓迎!!

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「また来年」

 2002. 5. 2 古澤 登美代

竹林日記5月2日「また来年」
天気:晴れ
参加者:杉谷、佃、野本、橋本、古澤

今日はタケノコ掘り最終日。もうほとんど出ていない。3月5日の初掘りから約二ヶ月の間に、作業日はなんと21回も。よく頑張りましたー。パチパチパチ。
竹林整備PJの皆さん、南井さん、今村君、杉本君、ななこちゃん、ちはるちゃん、えりかちゃん、たくちゃん、あきちゃん、たくさんのゲストの皆さん、お疲れさまでした。

今年は、途中で念願のホリを1本購入。まだまだ掘りの技術はマスターできなかったけど、毎回とってもおもしろく作業ができたなあ。

タケノコ掘りはまた来年。タケノコ犬もお役御免。これからは作業日を土曜日に変え、ユンボの通る道を整備したり、竹林内のいろいろな作業にとりかかるという総監督のお言葉。竹林の風を感じながら、男達は「竹あそび」を満喫するのだろう。会話を楽しみ、汗を流し、たまにはおいしいものを一緒に食べ…。

土曜日は、わくわくと重なり、作業に参加できないときが多くなる模様。タケノコ犬がいない日は、どなたか竹林日記を記してくださいませ。

次回は5月11日(土)午前9時半〜

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「思いがけない出会い」

 2002. 5.11 古澤 登美代

竹林日記5月11日(土)「思いがけない出会い」
天気:曇り
参加者:杉谷、高田、野本、橋本、古澤

前夜からの雨が朝方上がり、新緑はますます輝きを増したようだ。鳥瞰図作りのための山歩きが、雨のために延期になった。それじゃあ、やっぱり竹林整備にいかなくては!ほんとは花畑に行こうか、竹林にしようか、迷ったんだ。。。

遅れて竹林に着くと、もうすでに男性陣が道路に面した斜面を草刈り中。腰を伸ばす杉谷さんの額には、うっすらと汗が光っていた。半袖シャツの橋本さんは、腕が真っ赤。草に負けたらしく、「やっぱり、作業は長そでに限るね」と後悔している。
「電気をあててきますわ」と、腰を傷めている杉谷さんが帰ったあと、古澤は草刈り鎌を手に斜面をバッサバッサ。

野本さんと並んで草刈り中、意外な事実発覚!なんとなんと、4年前のまちじゅうがっこうの企画「森林ボランティア体験と竹遊び」で、野本さんにお世話になっていたことが判明した。講師である森林ボランティアの田村さんに、手伝ってと頼まれて竹やぶに行ったよと。
「え〜、あのとき手伝ってくれてはったのは、野本さんやったんですかあ?」
思いがけない再会というのか。。。野本さん、そのせつはほんとにお世話になりました。

記憶をたどってみる。
まちじゅうがっこうPJの代表、北嶋さんが作ったパンフの中の、タケノコの断面図やタケノコの特徴が思い出される。光明寺の北の竹林に子どもと大人40人ほどが集まり、田村さんに竹の話を聞いた。これは難しすぎた。竹を倒すところを見せてもらい、子ども達から「うわあ、すご〜い!」と歓声があがった。
大鍋でちゃんこ鍋風のものを作り、その間に子どもたちは自分で竹を切っておわんとお箸を作った。のこぎりを持ったことさえない子どもたちは、ずいぶん長い時間をかけておわんをつくったのだった。竹をまっ二つに割って湯豆腐もつくった。佐古さん特製の鶏肉の燻製もあった。
竹の長いくしにパンだねを巻いてあそぼうパンも焼いた。ひょっとしてこのとき竹串を作ってくれたのは、野本さんだったのかなあ。

竹林の斜面は見違えるほどキレイになった。イタドリ、シダ類、ツゲ、どくだみ、ナンテン、野いちご、その他いろんな植物が生い茂っていた斜面。どくだみの独特の香りがあたり一面に漂い、鼻から薬を取り入れたような、そんな気がした。

次回、5月18日(土)午前9時半〜11時半。

 

 ■ $$$竹林日記$$$ ・・・「ミニミニ竹遊び、楽しみ!」

 2002. 5.18 古澤 登美代

竹林日記
5月18日「ミニミニ竹遊び、楽しみ!」
参加者:杉谷、高田、野本、(ほんのちょっと)橋本、(竹筒のお願いに顔出し)古澤

静かな竹林。イタドリなどの下草が伸び始めていている。杉谷さんと高田さんが「落穂拾い」のような格好でところどころに生えた草を刈っている。地味でたいへんな作業だ。
春に生まれたタケノコは、すでに竹に。こんなふうに、瞬く間に生長する植物はほかにないかな。

皮を潔く脱ぎ捨てて、天空に向かって一気に伸びる竹。生まれたばかりの竹の肌は、白く産毛が生えたように輝き美しく、うっすらファンデーションをつけた女の子のような気もする。深緑の竹の肌に重ねられた不透明のベール、綺麗!

ろうそく1ダースを手に竹林に入り、
「すいませーん。竹筒を12本作って欲しいんですけど…」
というと、
「まあ、いつもじょうずに頼みごとして。うまく使うなあ」
と、監督が呆れ顔で笑った。
野本さんが、竹が密集している場所で、切ってもよさそうなのを選んで倒してくれた。切れ味のいい、野本さんののこぎりで、(もちろん腕もいいんだけど)、すてきな竹筒が12個できあがった。22日の夜の、ほのかな竹灯りが想像され、もう、気分はウキウキ。
それにしても、青竹の切り口の美しさは、どう表現したらいいのだろう。みずみずしく、清々しく、生気溢れている。樹木の年輪とは違う、小さな点の整列がなんともきれいなのだ。
野本さんが静かに言った。
「僕も、この美しさには感動したんですよ」

竹林の奥で、
「トイレにかぎをつけたしね」
と、橋本さんの声が響く。10時半からの、市民サポートセンターのオープニングに参加するため、パンツの裾の泥汚れを気にしている。
「また汚してー!と、やよいチャンに怒られるわ」と
ぼやいている。

前回の竹林日記で書き忘れたけど、先週、「先止め」が行われた。丈の短い竹がこうして「先止め」で増えていくと、竹林にはもっと薄日が差し込むようになり、明るくなるだろう。揺すって穂先だけを折る「先止め」、とても危なくて難しい作業といわれているのに…。皆さん、お疲れさま。

次回の作業は、5月25日(土)9時半〜

※「ミニミニ竹遊び」は22日(水)午後7時半〜。
会場セッティングは7時過ぎから。都合のいいかたお手伝いください。(私一人では怖いよー)

「ミニミニ竹灯りを楽しむ会」のご案内
いつもの竹林で、竹灯りを楽しみながら、ゆっくりお話しませんか?小さな焚き火を囲み、まわりにぽつんぽつんと竹筒を置きます。竹の中でゆらゆら揺れる炎は、幻想的でえもいわれぬ美しさです。水に浮かぶ丸いろうそくが、1ダースあります。決してぱちってきたわけではありません。「おとくに竹あそび」のメンバーなんで、昨年の竹あそびの片付けの時、残ったものをもらってきたのです。
竹あそびの日は、7,000本の竹筒を並べ、灯りを灯すのですが、きっと1ダースでもほのかな灯りを堪能できると思います。灯を楽しみつつ、いろんな話をしましょう。夜の竹林は、きっとステキです。

日時:5月22日(水)午後7時半〜8時半
場所:まちこん竹林、西の広場
持ち物:水の入ったペットボトル1本
あれば便利:虫除けスプレー、懐中電灯、

※蚊取線香、お茶は用意します。
※ろうそくは4〜5時間もちます。8時半以降でも時間のある方はひきつづき竹灯りをお楽しみください。
※雨天中止

 ■ 杉爺の竹林日記・・・「まちこん辞めても・・・」

 2002.8.03 杉谷保憲

参加者 杉谷、高田、野本、橋本。

杉谷は2回お休みをしたので今朝の竹林は久々の対面である。その間に下草は再び伸びている。この草は前回、あまりに小さく、鎌の下で逃れたものどもであろう。それらがいちめんに展開している。それも気になるが、通路を塞がんばかりに伸びた笹は優先的に整理せざるをえない。
そして西の溜まり場も廃竹と雑草で足が踏み入れにくい。

そんな場所を清掃作業していく。そして廃棄処分にするもの一点一点を丁寧に確認している。
1時間半で作業を終了する時点に橋本さんの登場である。彼はその場の雰囲気を転換してしまう。

新しいメンバーが竹林整備に参加するかもしれないというので、他の3人が聞き耳をたてる。そううまく運べばいいが・・・と3人は共に同じ思いを抱いた――労働力が増えることへの期待である。そしてともども竹林への思いを述懐した。なかにはまちこんを辞めても竹林作業は止めないと熱意がほとばしる人もいる。

竹林の中は風がながれて話がはずむ。下界はかなり焼けている、今日も暑い日となろう。

来週も9時〜同様の作業を続けます。

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「夏休み」

 2002.8.10 杉谷保憲

参加者 杉谷、高田、野本、佃、橋本。

9時、すでに暑さは相当のところだが、風が流れて竹葉を揺らしている。5名が揃う。佃さんは久しぶり。廃竹の処理と下草刈り。課題を知ると皆それぞれに散って作業にとりかかる。黙々と働き、話し声も少ない。

高速道路が政治問題化し、怨嗟の目で見られるような社会情勢である。赤字運営は不当という経済原則に立つか、道路は社会施設という立場にたつか、今後の議論が面白い。この竹林も高速道路の予定地であるから、建設の賛成・反対は熾烈な戦いになろう。

10時半、5人は車座になって協議。予算・決算のありかた、子どもたちと竹林整備作業、休日づくり、農機具の修理と整備・・・

協議内容のもろもろは例会でするとして、ここでは一つだけを報告。8月一杯は作業はお休みとし、9月7日(土)9時〜再開することとな
る。

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「はにかみ」

 2002.9.06 杉谷保憲

参加者 杉谷、高田、野本、佃、橋本、大日さんの母と娘。

雨あがりの朝。爽やかさを期待して竹林に入ったが、仕事中に頻繁に汗を拭かねばならない。暑さがぶり返してきたのだ。ただ焚き火は雨の後なので燃えすぎる心配をしなくてすむ。湿った竹に火を点けるのにちょっと手間取る。

今日の作業は竹筒の花器づくりが主流。両端に節を残した竹筒、その中間をくりぬいて土や花を入れるようにする。注文主の大日さん母・娘が現れた。やっぱり橋本さんが付き添い役で、高田、野本さんがやや距離をおいて作業する。

野本さんが肥料を買って来てくれたが、竹林の上段は伐採竹材が放置され、下草も所々にあり、まずそれらを処理しなければ、肥料を撒くわけにはいかない。肥料袋はロッカーにしまわれた。

久々に顔を合わせたせいか、どの仕事もはかどり11時半を迎え仕事は終了。花器製造はこれまでに70個も作ったという。100個を作るのが目標なので、あとT日で大丈夫だと野本さんの表情には安堵感が浮かんだ。

大日さん母・娘もたくさん作った。きれいな仕上がりである。
娘さんの名はいずみ。お母さんが娘は山岳好きで・・・と紹介した途端、高田さんから合いの手が入った。
「どこへ?」
「長野県」いずみちゃんはまだ学生のようなはにかみを残している。社会人2年生という。
「僕も日本アルプスを4年連続で歩き・・・」シャイな高田さんにしては珍しく言葉が続く。はにかみなら高田さんの専売特許、このグループの誰にもない童心を顔に表す。いずみちゃんとの会話は弾んでいる。

はにかみというのは人生に対する初々しさの表現だろうか?
上にある参加者名簿は年齢順に記している。佃さんが60歳で、私が後10日で69歳、最年長だ。
私の次に位置しているのが高田さんである。初々しい心は年齢とともに消えるものと思っていたが、高田さんを見ているとそれは関係ないなと気づかされる。
初々しさのことを考えていたら、野本さんにもらったゴーヤが口の中で苦味を広げていた。

来週も土曜9時半。作業も同様で、下草刈りなど。ご参加をお待ちします。

 

 ■ $$$竹林日記$$$・・・「無題」

 2002.9.14 大日

土曜日の朝は竹林で!! 
町コンの竹林のグループの皆さんと竹のフラワーポット 100個作りました。
というか、作ってもらいました。
うれし〜〜い! 
本当にできちゃった。町中にフラワーポットを。
それも長岡京らしく竹なんて、いいなあ〜と。
環境の都会議で提案して、2ヶ月。
町コンのメンバーとの連係プレーで、本当に100コも、できたのです。

あとは、ビオラの花の種をまいて、苗になったら竹のポットにビオラを植えて、あなたの家の前に置いてくださいな!

もう涼しくなってきた竹林の中は、それでも熱いメンバーの想いで、とっても、あったかく、楽しく、
作業した後には、おいしい昼食までいただきました。
ありがとう。ありがとう!
うれしくて、皆様の前にデビューする11月のガラシャ祭りが、まちどおしい!

 

 ■ $$$竹林日記$$$・・・「竹花鉢作る人」

 2002.9.14 橋本敬良

人; 野本・高田・佃・大日・古澤・おさむ・松尾・イマジン・橋本

街墾竹林にて竹花鉢作る者あり。
あしたより9,10人出でて作くらむといふ。
大竹を切りて、節ごとに分け窓を作り足を付して物となす。

静寂なる竹林に人の声多し。
時には作為し、時には手を止め楽しきこと限りなし。

百の数にて終わりとし、
しばし遊魂、華燭の宴へと移り行く。

顔色艶やかにして、言の葉絶えることなし。
竹林に高き声はしる。

嗚呼この地トワに陽欠けることなし。
山鳩梢よりなにを思う。

人おもふこと多かれど
ひとたび集いて事なさば、
こころ明らかにはらからとなりぬ。

君この地にいつの日か集わん。

 

 

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「神の摂理」

 2002.10.06 杉谷保憲

参加者 杉谷、高田、野本、佃、橋本。2次労働 加藤、松尾、古澤。

上段の竹林から切り出した竹材を運び出す仕事は佃さん。それを焼却する仕事は高田さん。
竹の爆裂音は華やかで、そのたびに飛び火を心配させられる。煙は勢いをつけて天空にあがる。煙の行く先を追うと竹のこずえの向こうには薄い雲が広がって秋がある。

水を下から汲んで、小道の登り下りを繰返していた野本さんが足を止めてその空を指す。
「あの竹もこの竹も先端に葉がついていません。切らなくては・・・」
野本さんはいつの間にか竹林の専門家になってしまった。
竹のこずえを見上げる姿は農夫然としている。
ふとそう思うと、彼が水を運んでいるときはまるで西域の住民を思い出させるし、竹細工をしているときは田舎の好々爺である。野本さんは風景に溶け込む人だ。私はTV局時代にこれを”絵になる”と表現した。
それに比較すると、私は自分の姿が風景といつも切り離されていると思う。
なぜなのだろう?野本さんは自然の心と自分の心を合わせているのだろうか?神の摂理と近い人なのだろう。

午後4時半、加藤さんの軽トラで藁をもらいに大原野まで出かけた。松尾さんの案内、古澤さんが竹林で待機してくれた。しかし藁の量は足りない。藁問題は続く。橋本さんがホリを一丁購入した。つづいて肥料を追加購入しなければならない。そしていよいよユンボ(バックホーン)を依頼する時期がくる。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「昔のかぐや姫」

 2002.10.12 杉谷保憲

参加者 杉谷、高田、野本、橋本。古川(ゲスト)。

古川さんは竹を切りたいという希望だったので、到着の挨拶もそこそこに竹を切り始めた。やがて橋本 さんが現れると、ようやく皆が集まり本式に自己紹介となる。ここでは古川さんのことに触れておけば 充分だろうが、名前をもう忘れた。子がついていたのだが・・・彼女は福岡出身でいま守口に住んでい る。商業デザイナーとして会社勤めの身。竹をモチーフにしてなにかやりたいという。

「今日は楽しいですよ。かぐや姫が現れたから。」と橋本。
「ハハハ・・いささか昔のかぐや姫ですね。」と古川。
爆笑が湧いた。先ほどから勢いよく燃えている焚き火がまた大きく炎をあげた。ケレンミがないというか、こだわりがないというか、初対面とは思えない。
「奥海印寺バス停で降りたら、人の群れがあったので、その中に入り名前と自宅の電話番号を記入し 周りの会話を聞いていたら、これは野鳥の会でした。竹林にいる野鳥を見るのもいいかと思いました。」

橋本さんがサツマイモを彼女にプレゼントし、残りのイモを焚き火に入れた。 久しぶりに写真撮りに興じた。野本さんが竹林をバックにチーズをしていると、肩からカメラを下ろしなが ら古川さんが言った。「バックは竹林でなく、畳ですよ。畳とヨク合いますよ――」その畳はぼろぼろな のだ。野本さんがげんなりさせられたのはいうまでもない。

11時半、イモが程よく焼けたところで作業は終った。切り出した竹をお土産に抱えて、古川さんが山を 降りた。
橋本さんの野太い声が落ちてきた。「また来てくださ〜い。」

来週は畳をばらして敷き藁にする作業です。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「働く人よ、集まれ!」

 2002.10.19 杉谷保憲

参加者 杉谷、高田、野本、橋本。

天気予報は午後から小雨ということだったので、安心していたところが、朝から細かく降りだした。昨日 農協が運んでくれた肥料は野積みにされたままである。とりあえずこの処理だけしようと、4人は道路わ きから小屋まで担ぎあげる作業にとりかかる。
一袋20キロ。運びにくいわけではないが、体力のなさを痛感させられる。
油粕30袋とタマゴ15袋、計45袋。
「杉谷さん、退場!」5回往復しただけでバテた。心臓が早鐘をうって座り込んだ。同じように高田さん、橋本さんも座り込んだが、こちらの二人は余裕がある。
「高田さん、来週にはボランティア募集のチラシは出来上がりますかね」
「ハァ・・橋本さんの顔写真にかぐや姫の衣裳というデザインでいこうと思っています」
「私の肖像権は高額ですよ」
「その顔を使ったら応募がないでしょうか?」
いつものへらず口だが、私は会話の笑いに参加できないほど高い動悸が続く。
野本さんは黙々と袋を担ぎ揚げている。総てが終わった頃、小雨がやんだ。
来週(26日9時半〜)は肥料の散布です。多数の参加をお願いします。

 ■ $$$竹林日記$$$・・・「無題」

 2002.10.26 高田 豊

参加者 杉谷、南井、高田、野本、橋本、窪田(ゲスト)

 今日は今にも泣き出しそうな天気である。藁が800kg搭載の小型トラック一杯に届く。 農機で巻いた藁束らしく、一抱えもある大きな一束で、20kgは充分ありそうなのが40束もある。 藁といっても侮れない。9時に到着とのこと全員早めに山に集まった。
 
 野本さんが、ゲストの窪田さんを案内してきた。クボタさんの初仕事はタイミングがよいのか悪かったのか、いきなり、藁束の担ぎ上げの重労働になってしまった。

 全員で6-7束を担ぎ上げる。野本さん以外の全員はハアハア息を切らせている。杉谷さんも、南井さんも、藁束を背に背負った姿は結構サマになっている。クボタさんは小休止している所に、汗を嗅ぎ付けた薮蚊の攻撃に晒されている。

 それでも、全員が力を結集したので30分あまりで藁運びは無事に完了。藁の総量としては、もはや充分であろう。力仕事のせいで余裕がなくしていたせいか、窪田さんが島本町の住人であること意外は聞きそびれてしまった。スミマセン。とあれ、力仕事は大変ご苦労さまでした。
 この頃には、陽が射してきてマアマアの天気になったところで、橋本さんがデートに行く(?)とて退場、あとは、肥料を散布場所に移動するやら、竹切りや竹燃やしやら。しばらくして、杉谷さんも法事のため島根行の航空機の時間とて退出。

 いよいよ来週から、藁敷き、肥料撒きなど来春のタケノコ育ての作業が始まる予定。

 トラックで藁を運んでくれた人に野本さんがタケノコ育ての秘訣を聞いた。6月頃から礼肥として大半の
肥料をやり、秋の施肥はタケノコの味を良くするためにパラパラ程度に撒くということらしい。どうもタケノ
コ育てにもいろいろ流儀がありそうである。

 

 ■ $$$竹林日記$$$・・・「冬の楽しみごと」

 2002.11.02 高田 豊

参加者 杉谷、南井、野本、橋本、窪田、高田

 本日は冬型気圧配置のせいか、まあまあの晴天である。さすがに、この冷え込みでは、先週まで悩まされた蚊の羽音も、全くしないので気分爽快である。

 いよいよ、肥料散布が始まった。化学肥料の「ひよこ」と油粕を昨年よりは、たっぷり買いこんだので、惜しげもなく竹林全体に撒ける。と言うわけで、本日は杉谷リーダーと南井さんとで上の段の散布がほぼ終わった。

 下段の方は、枯れかけた竹が残っているので、この処分が先決である。野本、橋本、窪田、高田などで、保管庫の周囲など枯竹を切る。あやふく倉庫の上に倒れてきた竹は、あらかじめ、倉庫の屋根に保護用の切竹を敷いてガード。かれこれ20本は切ったかな。燃やすべき竹が随所に満杯になった。

 さて、晩秋から冬にかけての竹林作業の楽しみは酒を呑みかわすこと。休憩時間には、そのときに食べる、メニューの話に花が咲く。高田は、野本さんが育てた「やまと芋入りの豚汁」をつくることを申し出る。東京で2年間自炊生活していたので、味には自信がある(?)。
橋本さんは燻製を作ってくれるとのこと。窪田さんは、切り出した竹で「ぐい呑が出来ないかナア」と思案中。

 窪田さんは、二週連続での参加。もうそろそろメンバー入りかとの話にまんざらでもなさそう。一同、期待しております。

先週に続いて、竹林日誌の担当をおおせつかる。てめえの原稿の締切りを11日に控えて大丈夫かナア。というわけで面白くもない文章で失礼。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「湿れるタイマツ」

 2002.11.08 杉谷保憲

参加者 杉谷、高田、野本、窪田。

作業から帰宅し昼御飯を終えて動こうとしたら腰が重い。先ほどまで竹林のなかで野本さんや窪田さんが足どり軽く動く姿を目にしていたから、自分の腰の痛みがふがいない。肥料袋を担いで動き回ったせいである。

そうそう、橋本さんは風邪、佃さんは腰痛でともに寝込んでおられるそうだ。早く元気になってください。

今日は竹の伐採・運搬を野本さんと窪田さん。肥料撒きは杉谷。しかし何と言っても竹の焼却に取り組んだ高田さんの悪戦ぶりを報告しなければならない。昨夜からの雨で竹は濡れている。これを燃やすわけであるが容易に火がつかない。焼き場に穴を掘り、古新聞を焚きつけにしてその上に燃えやすそうな竹を組み合わせて火をつけるが、用意した新聞紙が最後の1枚となるまで竹に燃え移らなかった。

それから後もいつものように燃えあがってはくれない。風が舞い煙にいぶされながら、竹の組み合わせ方を変えてみたり、風の通り道をつくってみたり、ウチワで煽いでみたり、しつこくあの手この手で試みる。根気の人だ。高田さんがあの美貌の夫人を口説き落としたときも多分いまの姿――あの手この手で根気づよく――であったろう。
たしか藤村だったと思うが、愛は湿れるタイマツのように・・・と歌ったには!
山の降り口では、竹を巻いているウルシと南天の葉が紅葉の真っ盛りである。

 

 ■ 杉爺の竹林日記 ・・・「援軍現わる」

 2002.12.14 杉谷保憲

杉谷、高田、野本、橋本。(南井)と援軍。

去年より作業面積は広がったのに、学生たちの作業応援は望めず、今年は人手が足りないことは早くから分かっていた。
高校の同窓会があって、その席で竹林整備の話をしたら、なんと後輩たちが手伝いましょうと言ってくれた。そして本当に5名も現れた。全員女性なので、いつものように橋本さんの一人舞台となる。
荒木真澄、原 道子、尾崎百合子、立花常代、川路愛子のみなさん。私も彼女たちの年齢は知らないが、橋本さんより年長のようだ。彼の軽妙なリードで藁敷きと土入れが始まる。

 

この5人は山歩きの会のメンバーで、京都の東山、北山、西山を通して歩く予定でいる。今年は東山から北山を歩いたところで暮れた。最初は春だったが、私も参加した。20名ほどが賑やかにおしゃべりしながらのトレッキングである。この会に名前をつけて欲しいと頼まれたので、私が考えだしたのは「一と百の会」。一歩足を運ぶのに舌は百回転していると言う意味である。これが会の名前に採用された。
普段はそんなおしゃべりの人たちだが今日は黙々と藁を運び、丁寧に敷いていく。また1輪車を巧みに操って、汗だくで土を運ぶ人もいる。竹林は大勢の人が働いているとは思えないほど静寂だ。
「やあ、はかどりましたね。」
先ほどから姿を消していた橋本さんの声が響いた。確かに上段の竹林にもほぼ藁が敷かれて地面が褐色に塗られたようになった。
「実はね、今日は弥生ちゃんの誕生日なんで、今、お花を買って来て渡して来たんです。そしたら弥生ちゃんの目からスーと涙がこぼれたんですよ。」
「ワァー羨ましい」あちこちから黄色い声が飛んだ。沈黙の作業が一転して、竹林の空気が華やいだ。
 高田さんも野本さんも私もなんだか緊張が解けた。やはり女性がたくさん応援してくれると、つい作業に力が入っていたようだ。
 翌日、メールが届いた。「1月も2月も山歩きの予定はありませんので、竹林のお手伝いに伺いますよ」
南井さんが退院挨拶にちょっと姿をみせてくれた。