✲ 杉爺の竹林日記・・・「今年の作業はお終い」
2009. 12.
23 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「望年の記」
2009. 12.
19 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「高級タケノコは今が勝負」
2009. 12.
16 ✲ $$$竹林日記
$$・・・「機械力」
2009. 12. 12
✲ $$$竹林日記
$$・・・「こころ急く土入れ作業」
2009. 12. 9
✲ 杉爺の竹林日記・・・「竹の春」
2009. 12.
2 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「土入れと偽装」
2009. 11.
28 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「知多市から」
2009. 11.
24 ✲
$$$竹林日記$$
・・・「農作業たけなわ
2009. 11.
21 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「決算特別委員会」
2009. 11.
18
✲ 杉爺の竹林日記・・・「04の竹」
2009. 11.
14 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「ヨーガと太極拳」
2009. 11.
7 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「ほほえましい」
2009. 11.
4
✲ 杉爺の竹林日記・・・「生老病死」
2009. 10.
31 ✲ $$$竹林日記
$$
・・・「竹林の農閑期」
2009. 10.
28 ✲ $$$竹林日記
$$
・・・「中だれ」
2009. 10.
24 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「祭りが終って」
2009. 10.
21 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「雨が上がり、明日を待つ」
2009. 10.
17 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「竹林コンサートとは?」
2009. 10.
14
✲ 杉爺の竹林日記・・・「エンキさんのこと」
2009. 10.
10 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「台風一過の清韻」
2009. 10.
8 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「台風前の酒」
2009. 10.
7
✲ 杉爺の竹林日記・・・「招き猫」
2009. 10.
3 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「上弦の月」
2009. 9.
26 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「竹林からの贈り物」
2009. 9.
23
✲ 杉爺の竹林日記・・・「憔悴」
2009. 9.
19 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「秋は消耗戦」
2009. 9.
16 ✲ 杉爺の竹林日記・・・「敬老の日は辛い」
2009. 9.
12 ✲ 杉爺の竹林日記・・・
「水琴窟の完成」
2009. 9.
9
✲ 杉爺の竹林日記・・・
「地域力文化祭」
2009. 9.
5 ✲ 杉爺の竹林日記・・・
「更衣室」
2009. 9.
2
✲ 杉爺の竹林日記・・・
「間伐の知恵」
2009. 8.
29 ✲ 杉爺の竹林日記・・・
「水琴窟中間報告」
2009. 8.
26 ✲ 杉爺の竹林日記・・・
「雨だれの音と豪雨の音」
2009. 8.
22 ✲ 杉爺の竹林日記
・・・「仕事がない」
2009. 8.
8
✲ 杉爺の竹林日記
・・・「水琴窟工事」
2009. 8.
5
✲ $$$竹林日記
$$
・・・「梅雨の断末魔」
2009. 8.
2
打ち水イベント写真 2009. 8.
1
✲ 杉爺の竹林日記
・・・「大相撲名古屋場所」
2009. 7.
25
✲ 杉爺の竹林日記
・・・「日食の下での作業」
2009. 7.
22
✲ 杉爺の竹林日記
・・・「戦列復帰」
2009. 7.
18
✲ $$$竹林日記
$$
・・・「番外」
2009. 7.
18
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹の粉砕」
2009. 7.
11
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「七夕」
2009. 7.
8
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「末川博先生のこと」
2009. 7.
4
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「遅れて見参」
2009. 7.
1
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「今年の作業はお終い」
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2009. 12.
23 杉谷保憲
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竹林日記「今年の作業はお終い」2009・12・23(水・祭日)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内。塚崎。
今年の農作業は今日でお終い。土入れは完了しなかった。
全員が出動しても、もう一日、二日はかかる広さが残った。新年の初仕事は9日(土)に決まった。
竹の学校のこの一年については前回の日記に記した。今回は私個人の一年について思いを書いておこう。 今年は友人の死に出会うことが多かった。高校同級生が4人もみまかった。 従兄弟の葬儀もあった。 いずれも親しくしていた人たちであったので、私にとっては辛い出来事が続いた。
友・縁者を失うことは自分の体・心の一部を失ったように思う。ぽっかり穴があく。 心理学でいう喪失感であるが、ただこの用語では表現しきれないものを感じる。 そして時間が経つと、喪失感に加えて、さびしさが忍び寄る。これは寂寥感といわれる。
十年も十五年も前に、両親や兄弟を見送った。そのときにも喪失感や寂寥感はあった。 しかし今、感じているものは、そのときと違って、ひたひたと自分にも押し寄せてくる同じ事態がはっきりしていることだ。 大きい波が首のところまで浸していることだ。
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この寂寥感は若いときに感ずる寂しさと違うのである。自分 も死者と片手をつないでいる。まもなく自分も波のなかに沈むのである。 そんな寂寥感の深さは、若いときには分らない。年寄ってみて初めて理解できる。
先に逝った人たちのことを繰り返し思い浮かべる。そして 長生きすることだけに意味があるのではないと、また繰り返し考える。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「望年の記」
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2009. 12.
19 杉谷保憲
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竹林日記「望年の記」2009・12・19(土)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡。川路、尾崎、池田、稲岡(喜)、原、
多田。塚崎。
忘年会 上記のなかから塚崎を除いて、辻井夫妻。安田。
作業は土入れに終始。しかし完了はできなかった。23日(水)は天皇誕生日であるが、今年最後の作業日となる。果たして、土入れは年内に終了することができるだろうか。
忘年会にことよせて一年を振り返る。 今年は竹工芸部門ができた。辻井さんがその成果物(竹の器)4点を忘年会場に持ち込み、抽選で配布された。竹工芸の分野は私たちにとって未知であるがゆえに、来年の展開が期待される。
今年の成果は水琴屈もある。これも出色のできばえで、訪れる人たちを楽しませた。
もうひとつ西山の絶滅危惧種といわれるシマカンギクを植栽した。小粒ながら黄色い花を咲かせてくれた。 通常作業の上に、今年もよくやったと思う。まだこれからもいろいろ考えられるが、無理のない程度で環境保全に寄与できたらいい。
楽しい忘年会であった。 来週は私個人の望年の記を書くことにしよう。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「高級タケノコは今が勝負」
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2009. 12.
16 杉谷保憲
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竹林日記「高級タケノコは今が勝負」2009・12・16(水)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内。多田
土入れ(客土)という重労働が佳境に入っている。積み上げられている土の山がほぼ無くなってきた。しかし面積全体の半分の程度しかまだ土はかぶせられていない。
足りない分をどうするか?私はもう一度ユンボで土を掘り起こしてもらったらどうかと提案するが、担当の野本さんは足りない分は人力で掘り出すという。
年齢を考えて、そんなに頑張らない方がいいと思うのだが・・・。
拙宅の隣の竹林は市内でも五指に入るといわれる美林で、タケノコ農家の模範である。私は朝な夕なに眺めて、教師役になってもらっている。
今日はここも私たちと同じように土入れ作業である。 この2週間ほどを見て、私たちと比較している。
まず敷きワラの厚みが違う。肥料の量も違う。 客土の厚みも3倍はある。 経費も労力も比較にならない。百年も続けていて、なおこれほどに丁寧に作業している姿に感服する。
タケノコの特級品を栽培することは並大抵のことではない。
杉谷 保憲
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✲ $$$竹林日記
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・・・「機械力」
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2009. 12. 12 高田
豊
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竹林日記「機械力」2009_12_12(土) 参加者 野本、窪田、錦織、世良田、辻井、小椋、竹内、稲岡、高橋、稲岡(喜)、多田、高田。塚崎、林、てくてく。
今日は、杉谷、山本両長老がお休み。残りの人数で竹林上段と下段の土入れと竹の焼却。傾斜の厳しい難所の土入れは、ほぼ終了し、全体では約半分が終わった。
下名が手伝っている京都市内の竹林は、5反ほどで同面積であるが、専用のユンボで運搬車や一輪車に直接土を注いだり、ユンボのシャベルで土を直接撒いたりしていて人力は補足的である。
過去3日ほどで7割ほどの土入れが完了し、あと一日ですべてが終わりそうな気配。機械力と人力の差が感じられる。
(高田記)
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✲ $$$竹林日記
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・・・「こころ急く土入れ作業」
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2009. 12. 9 山 本 律
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竹林日記 「こころ急く土入れ作業」 2009・12・09(水) 晴
参加者 : 杉谷、山本、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内。多田。林 杉谷さんが所用のため途中で退出されたので、竹林日記の作成が山本のところに俄かに舞い込んだ。 例年なら11月中に終っている土入れ作業が、今年は遅れいる。乙女の丘の大半と竹林コンサート用敷地の全部が、まだ手つかずのままである。それと、本来ならもっと早くに終えていなければならない老竹の間伐も、いまだに続いている。
連絡休憩の時間もそこそこに一輪車で土を運び、運ばれた土を熊手で平らにならす一方で、間伐竹の処理に、12月というのに、みな汗を流している。
そうした中に、長法稲荷の役員の方であろうか何人か集っておられた中の一人が、私たちが作業をしているところに入ってこられた。 「もう12月やいうのに、まだこんなことしてますね」 と言うと 「そんなに急かんでもよろしい。昔は1月の終りになっても土入れをしてたもんです。 きょう日は、みんなせっかちになってしもて…」
そういわれてみると、私たちの竹林の入口にある竹林の持ち主(藤下さん)の88歳になるご主人と奥さんが、藁ではなく植木の枯枝を竹林に敷く作業をしておられる。 ということは、土入れはまだこの先の作業である。私たちがせっかちなのか、それとも藤下さんのテンポがふつうなのか。
しかし、ユンボで掘り返した土に埋っている地下茎には、すでに3センチほどの筍がついている。この分ではまともな地下茎にはもっと大きな筍が育っているのであろう。やはり気が急く。
山 本 律
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「竹の春」
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2009. 12.
2 杉谷保憲
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竹林日記「竹の春」2009・12・02(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、世良田、小椋、竹内。多田。
作業は伐採と土入れ。
タケノコシーズンが終った頃、竹林日記に「竹の秋」と題する文章を二、三度書いたと記憶する。しかし「竹の春」と題してものは書いたことがない。 長法稲荷社の紅葉が鮮やかな朱を見せる。
その周りの竹はいずれも緑ではあるが、くすんだ緑の竹もあれば艶やかな緑の竹葉もある。 5年以上経った竹は稈も汚れているが、葉っぱも生気がない。
竹は夏を過ぎると、地下茎にタケノコを宿す。 先日、ユンボが作業中に掘り出したタケノコは3~4センチの大きさだった。今、竹は栄養分を吸収しタケノコを成長させている。1年~4年の若竹の葉は輝いて、日光に照り映える。 この頃を季語で「竹の春」という。 竹葉の輝きは紅葉を一層引き立てている。
京都大学の柴田教授は「放置竹林には太い竹が生き残る。間伐整備すると竹はあまり太くならない。」という。 私たちの竹林でもその通りの傾向なのだが、間伐時期に人手が不足していたので、太い竹で葉に生気のないものがいまだに残っている。
初冬や 竹伐る山の 鉈の音 夏目漱石
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「土入れと偽装」
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2009. 11.
28 杉谷保憲
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竹林日記「土入れと偽装」2009・11・28(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、稲岡。川路、尾崎、池田、原、高橋、稲岡(喜)、多田。
林。大西。
青空が澄んで、気温が上がった。 山本さんは19日の昼食会(忘年会代わり)の段取りをつけただけで下山していった。
他の人たちは一斉に土入れ作業。土入れも二日目、そして今日はたくさんの参加があるのだが、それでも客土は全体の10%にも達していない。 しかし能率や効率を考えることはない。怪我をしないようにゆっくり進めることだ。
これほど丁寧にタケノコ作りをしているのに、このところタケノコ偽装の事件が続いている。 一つは中国産の水煮を熊本産タケノコと偽った事件、もうひとつは中国産タケノコを京都産と偽った長岡京市内のJA職員の事件。
金儲けのためにはなんでもやる風潮がいよいよ大きくなっている。いくら糾弾してもモラルが上がる様子が見えない。
ちなみにこんなデータがある。“各国の汚職番付2009”をトランスペアレンシー・インターナショナル(NGO)が発表した。 政治家や公務員の清潔度を10点満点でみると、日本とイギリスは7.7点で、180カ国のなかで17位である。
首位はニュージーランドで9.4点、2位はデンマークで9.3点であった。
アメリカは19位、中国は79位、ロシア146位で、最下位(180位)はソマリアだそうだ。 日本人は真面目によく働く。だから政治ももっと清潔だと思っていたのに!
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「知多市から」
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2009. 11.
24 杉谷保憲
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竹林日記「知多市から」2009・11・24(火)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田
今日は変則作業日。 明日は雨の予報である。作業は遅れているので休むわけにいかないのと、もうひとつ、知多市(愛知県)から見学団がくるのに対応しようと、火曜日であるが作業をした。 (従って明日は休みとなる。
土入れが始まった。高田さんは運搬車で土を運ぶ。他の人たちは昔ながらの一輪車で。 一輪車で土を運ぶのは私にとっては難題となってきた。今日はなにかの拍子に、運悪くもアキレス腱を延ばしたようだ。いま歩くのが不自由だ。
知多市役所から2名の吏員と19名の竹に取り組む市民が見学に来た。 知多市と当地とは竹林の事情が違うにもかかわらず、彼らの興味を惹いたらしくて盛んに質問が出る まず第一番がタケノコの作り方、その次は助成金の獲得法であるようだ。 竹林現場での見学(30分)と長岡京市役所会議室での意見交換(60分)はアッという間に過ぎた。
「これから環境問題に頑張って取り組む」と意気軒昂に宣言して、帰途のバスに乗った。
近くの光明寺のもみじ見学が例年以上の人出である。臨時バスも随分多いし、徒歩の観光客も目につく。JRが光明寺のもみじを宣伝するせいであろうか。
京都の高台寺では余りの人出の多さに、混雑のお詫びの新聞広告を出していた。
竹に取り組む社会派を載せた一台のバスが観光を楽しむバスの行列の中に入って去って行った
杉谷 保憲
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✲ $$$竹林日記
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・・・「農作業たけなわ」
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2009. 11.
21 高田 豊
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竹林日記「農作業たけなわ」2009・11・21(水)晴れ
参加者 : 野本、窪田、錦織、世良田、稲岡、小椋、竹内、塚崎、高田。原、稲岡(喜)、多田。
今日は、野本さんの指揮のもと、全員がA竹林で、藁敷き、施肥に勤しむ。(高田のみ、途中から溜まりに溜まって見苦しくなった古竹の焼却)
結果は、A竹林全体の藁敷き・施肥が完了した。次回以後、いよいよ土入れに取り掛かる予定。
次回は本来、25日(水)の予定であったのを、変更して、24日(火)に作業することになった。そのほうが、知多市からの視察団に対応できるのと、25日が雨天が予報されていることに対処できるため。 高田 記
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「決算特別委員会」
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2009. 11.
18 杉谷保憲
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竹林日記「決算特別委員会」2009・11・18(水)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内。多田。
朝8時。ユンボ(バックフォー)が轟音を響かせて、山肌を削っている。土入れのための土を掘り起こしている。 それを横目にして、私は乙訓総合庁舎に急いだ。
今日は京都府議会決算特別委員会の現地調査の日である。まず室内で、パワーポイント「竹の学校の活動」を映写して、6分で説明する。
府議会議員11名、事務方数名。 クロ塗りの車をつらねて竹林にはいる。現場にとっては珍事である。
竹林コンサートには府に地域力再生の助成金をいただいた。これは3年の時限があるもので、その期限が来たのである。 コンサートが環境問題の啓発に役立ったことは理解されたと思う。 今後はどうなるのか。それはまだ決まらない。
放置竹林とその対策を勉強したいというもう一団がある。愛知県知多市の市役所と市民、計21名が視察したいという。 11月24日(火)14時―15時その後、長岡京市役所にて学習会。
火曜日なので作業はない日だが、何人か手伝ってほしい。(稲岡さん、パワーポイントを一部修正したいので、お力を。) 11時ユンボも去った。竹林には静寂が戻った。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「04の竹」
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2009. 11.
14 杉谷保憲
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竹林日記「04の竹」2009・11・14(土)曇り
参加者 杉谷、高田、野本、小椋、稲岡。てくてく。
雨は上がった。ユンボがはいる予定であったが、天気予報が雨を告げていたので延期した。代わりに来週水曜日の8時に作業を始めて午前中で終りたいという。
今日はユンボ作業の準備と04年に生えた竹を伐採した。これらの竹はもうタケノコを生まないので、今年は切らねばならないが、この年の竹はどういうわけか太い。
下から見上げると、立派な竹でまだ切るのは惜しい気がする。 しかし切り倒してみると、先端は割れているものや枯れているものであることが分る。なるほどこれではタケノコを生むわけがない。
今日は全部を伐採することはできなかった。
日記をめくってみる。 平成19年は11月10日にワラシキを終了。11月14日に土入れをはじめている。それと比べると今年はかなり遅れている。
午後、稲岡さん、小椋さんとパワーポイント「竹の学校の活動」制作にかかった。府会議員の視察用、知多市21名の視察用である。簡にして要を得たものができたのではないだろうか?
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「ヨーガと太極拳」
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2009. 11.
7 杉谷保憲
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竹林日記「ヨーガと太極拳」2009・11・07(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡。
川路、尾崎、稲岡、原、多田。多田、松崎、安田。
ようやく今日は太陽の丘(上段)の施肥が終った。去年と比べると作業は2週間遅れている。 興味のある人が入山してくれた。松崎さんという女性である。川路さんの太極拳の先生だという。
私はヨーガを習っている。これは小椋夫人に紹介されたヨーガ教室(バンビオ一番館)で、いま3ヶ月経ったところである。
ヨーガを1時間半終えると、体調がすこぶるよくなる。これが私の好奇心を呼び、インド哲学・宗教(シャカ)の本に親しむようになった。そして一層感心している。
ヨーガのいいところは急激な運動をしない(瞬発力や反射力の運動をしない)で、ゆっくり体を動かし、動かし終わるとその度に瞑想する。この瞑想は自分の体内の状態を自分でチェックする時間である。
運動というか体操というかよく分らないが、欧米型のスポーツはお互いに競いあうもので、勝敗をショウ化する。日本のスポーツは礼に始まり、礼に終るといった「道」が特徴 ――柔道、剣道・・・。
それらとアジアで生まれたヨーガや太極拳は違う。ヨーガがゆっくりした動きと瞑想を特徴とする体操であるとするならば、太極拳はゆっくりとした動きを体のバランスのなかで表現する体操のようである。
今日、松崎さんに太極拳の話を聴きたかったが時間がなかった。次の機会を待つことにする。
かつては竹の学校に加入する人は、私や誰かの知人であることが多かった。 近頃参加する人は、 「タケノコ掘りに来たことがきっかけで」 「竹林コンサートに来たことが入会の動機」 「竹の学校のパンフレットを検討して」に変わってきた。
だからバライエティに富んできたのかもしれない。
杉谷 保憲 |
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「ほほえましい」
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2009. 11.
4 杉谷保憲
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竹林日記「ほほえましい」2009・11・04(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内。姉川、多田。
A,B竹林で作業が続く。 嵐山から来る姉川さんが嘆く。「秋の観光シーズンに入ると、人の波に逆らって嵐山駅に着くのに疲れてしまう。今日は紅葉にはまだ早いのですが、これからどうなることやら・・・」
竹林内では多田さんを数人が囲んで、ノコギリを挽いている。これまでの数年間に目にしたことのない光景である。
多田さんは2人の子どもが小学生で、一番下の子、いい音ちゃんを竹林に連れてくる。
その小学校PTAで50人ほどが竹の食器(おわんとお皿)でパーティをするので、その食器をこの竹林で作りたいという。多田さんを数人が手伝っているのだ。ほほえましい応援作業である。
14日(土)に土おこしのためバックフォーが入る。 その日の準備をかねて、次回からワラシキ、施肥がはじまる。いよいよ京都式軟化栽培法の真骨頂である。 嵐山はモミジのシーズンインだが、この竹林は重労働のシーズンインだ。
今日の作業は嵐の前の静けさか。 杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「生老病死」
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2009. 10.
31 杉谷保憲
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竹林日記「生老病死」2009・10・31(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡、吉田。
尾崎、高橋(治)、多田。塚崎、林。
今日、A竹林は観客席ベンチの解体作業など。B竹林は枯れ竹の焼却など。 私は先週の土曜と今週の水曜作業を休んだ。いとこの葬儀と親友の葬儀とが続いたためである。
いとこの葬儀(出雲市)の帰りに、米子市に入院している親友を見舞いに行った。 インフルエンザ流行のため病院は見舞い客を断っていた。それをかいくぐって病室に入り、患者に対した。 目を疑った。彼は痩せてしまって、骨に皮がついているだけである。ラホール博物館の有名なガンダーラ彫刻、
「苦行の釈尊」そっくりである。
彼は私の姿をみとめた。なにか口を動かすがもう声にならない。私が彼の近著を褒めると、やっと「ありがとう」と聞こえた。 強いショックを受けて汽車の乗った。帰宅してしばらくすると訃報である。
再び米子にとって返し、病院から家に帰った彼と時間を共にした。そして通夜、葬儀。
その間、ずっと仏教が教える人間の四苦(生老病死)を思い浮かべていた。 釈迦は大切に育てられ、下界を知らなかった。初めて外出したとき馬車から老人を見た。
「あれはなんだ?」御者に尋ねると「人間は老いるとこうなります。」と答えた。 次に外出したとき病人を見た。御者は「人間は病を得ます。するとこうなります。」と
答えた。
こうして若い釈迦は死の苦しみを知り、生きる苦しみを知った。生老病死の四苦。
今日の竹林から帰りの車の中で、山本さんとの話は長寿社会で生きる苦しさに及んだ。天寿を全うして死ぬことは祝福されるべきであるが、痴呆や老々介護など 辛いことが待っている現実に目をそむけるわけにいかない、と。
竹林ではシイタケが豊作で、今日の参加者、みんなで分け合った。 人の幸福はこんなところにあるとしみじみ思った。
杉谷 保憲
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✲ $$$竹林日記
$$
・・・「竹林の農閑期」
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2009. 10.
28 山 本 律
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竹林日記「竹林の農閑期」09・10・28(水)晴
参加者 野本、高田、窪田、錦織、世良田、竹内、西村、(小椋、山本) 杉谷会長は、従兄弟さんの葬儀、高校時代からの親友の逝去と葬儀、とご不幸が続いて、きょうも竹林を休まれた。
雲ひとつない青空だが、風がないせいか遠望がきかず比叡山が見えない。
参加者のほとんどは、B竹林で伐採した竹の焼却作業に入った。竹が破裂する "ぼん"という音が聞える。あの音は、遠くで聞くとむしろ竹林の静かさが強調されて、のどかな感じさえするが、近くで聞くと慣れた者でもびくりとする。
農協から油粕が入荷した。30袋。野本さんが検収した。
小椋さんは竹林コンサートのDVDを持って来たが、作業には入らずに帰った。 私(山本)は腰痛の薬を飲んで出たのに、竹林コンサートで出た竹材の焼却準備をはじめたころから立っているのが苦痛なほど腰が痛くなってきて、やむを得ず作業を中断して早退した。もうすぐ始る藁入れや土運びの時期でなくてよかった。
山 本 律
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✲ $$$竹林日記
$$
・・・「中だれ」
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2009. 10.
24 高田 豊
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竹林日記「中だれ」2009・10・24(土)晴れ 参加者 : 高田、野本、窪田、錦織、世良田、竹内、林。川路、稲岡(喜)、多田夫妻 竹林コンサート疲れなのか、本日は参加者が少なめである。我々の本務は竹林整備とタケノコ作りである。余業は余業として、本分を忘れぬように。また頑張りたい。 今日は、A竹林の土入れの準備と、B竹林の古竹処理の2班に分かれて作業した。どちらの作業も来年のタケノコシーズンのためにはあと2週間が勝負か? 邪魔な蚊も少なくなり、昼ごろには曇ってきたものの、天気にも恵まれて、久しぶりに働いた充実感と共に竹林を後にした。
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「祭りが終って」
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2009. 10.
21 杉谷保憲
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竹林日記「祭りが終って」2009・10・21(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内。多田。
竹林コンサート第3回「日本の音」が終了した。
私は翌日の月曜日に掲示板のポスターをはがし、火曜日には府庁、市役所にお礼の挨拶にまわった。今日、竹林に入ったら、舞台が撤去されている。終ってもみなさん毎日忙しい。観客席の解体が始まった。
コンサートが終って退場するお客様から「よかった」「3回目の今度が一番よかった」「感動したわ」と声をかけていただいたが、汗をかいている私に対してのお世辞ではなかろうかと思う。「予想外にいいコンサートだった」というお言葉には返事に窮した。
本当に出来のいいコンサートであっただろうか?自問自答がつづくところである。
Eメールをいただいた。「水琴窟と尺八の協奏には心がふるえた」というのもある。声のかすれなど専門的な指摘もある。
それにしても、ほとんどのメールに「竹林の雰囲気の素晴らしさ」について触れられている。そして水琴窟の響きのよさには異口同音にお褒めをいただいた。
また“竹林からの贈り物”も好評だ。竹林と水琴に感謝しなければならない。
今日の作業中に、竹をほしいと主婦が竹林に入ってきた。なにか飾り付けに使いたいようだ。
かつて暗い竹林だったから、気味悪がって誰も近寄らなかったところに、女性が一人で来ることができるようになった。これは大きな効果、明らかに竹林コンサートの功績だと思う。
小春日和の一日だった。 杉谷 保憲
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杉谷様
先日は初めて竹林に行かせて頂きました。 竹林コンサート<日本の音>のテーマのとおり、さまざまな音色を聴くことができました。 先ず、会場入り口の<水琴窟>の音色の良さに、驚きました。脳のてっぺんにまで響き渡る何ともいえない音色に、うっとりしてしまいました。
今でも頭の中には残響を思い出すことができます。
このたび初めて竹の学校の竹林に行きましたが、みなさんが整備をして懸命に育ててこられた竹の美しさに驚きました。
見上げますと容姿端麗といいましょうか見事な竹が生えておりました。 笹が風にそよぐ綺麗な竹林でのオープニングの銭太鼓は、とても楽しく聴けました。
また、閻杰さんの見事な中国琵琶には酔いました。すごい方が出演なさったものです。これには感動しました。
素晴しかったです。
虚無僧さんの演奏や、子供たちの合唱も入ったオペラ、南京玉すだれと、様々な音を聴かせて頂きました。 大石良一さん、今井ひさみさんの楽しい司会も懸命に演奏者たちを引き立てておられ大変に楽しい時間を過ごすことが出来ました。
わずかな寄付をさせていただきましたが、立派な花器を頂き嬉しかったです。花器は、とても上手に作っておられ、庭の枝の曲がった小菊を入れましたところ、とても風情があります。<青竹の花器>とは、大変贅沢なことです。
このたびは貴重な、思い出に残るコンサートでした。有難うございました。
関西久徴会 14期 大西栄子
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「雨が上がり、明日を待つ」
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2009. 10.
17 杉谷保憲
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竹林日記「雨が上がり、明日を待つ」2009・10・17(土)曇りのち雨
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡、辻井。川路、尾崎、池田、高橋(治)、
稲岡(喜)、原、辻井(ひ)、多田。安田、荒木、諸橋。
一昨日(15日世良田、小椋、竹内)も昨日(16日世良田、小椋)も作業を続けた人たちがいる。私の目に触れなかった人もあるかもしれない。
今日もたくさんの参加があった。昼前からの小雨のなか、会場とその周辺の整備や竹林からの贈り物の制作、表示板づくりなどが進んだ。廃竹なども焼却され、お客様を迎える準備が整った。
あとは舞台がどのように展開するか?呼び物は水琴の音と中国琵琶であるが、これは出演者の皆さんと演出の松井さんに期待することにしよう。
私個人は冒頭での挨拶内容を決めなければならない。3年続いた助成金で竹林コンサートができた。助成金は一般に3年であり、来年がどうなるか現時点では分らない。仮に続行となっても形は変わることになるだろう。
私の挨拶では、この3年間、終始出演してくれた長岡京市少年少女合唱団について話したいと考えているところである。このコンサートを通じて私たち「竹の学校」は何を訴えたかったということも。
午後3時。雨は上がった。明日は予報によると晴れ。一番心配していた天気のことがクリアできそうである。
杉谷 保憲 |
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「竹林コンサートとは?」
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2009. 10.
14 杉谷保憲
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竹林日記「竹林コンサートとは?」2009・10・14(水)曇り
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、辻井。高橋(治)、稲岡(喜)、多田。
10・13(火)参加者 杉谷、野本、世良田、小椋、竹内。
昨日、竹林をのぞいたら、舞台づくりのP-フロントに混じって竹の学校のスタッフが働いている。 コンサート会場に来られる人たちに少しでもきれいな条件で見てもらいたくて細かい作業をしている。野外劇場なので粗野な感じがあってもいいと私は思うのだが、スタッフはそうではない。むきだしになっている鉄骨を竹で隠したり、坂道が少しでもなだらかになるように土を均している。
誰かに言われているわけではないのに、日本人の持つ美意識がそんな仕事をさせてしまうようである。コンサートの日が近くなって、非番も何もあったものではないようだ。この調子では、明日も働く人が現れるかもしれない。
竹林コンサートは音楽会である。しかし大きな目的は、来場者に竹を好きになってもらい、それを通じて放置竹林を解消する力になってほしいから催す音楽会である。
スタッフは来場者に喜んでもらうことに努力しつつ、それ以上に竹や竹林の現状を理解してもらうようにつとめてほしい。
18日(日)8時半~音響関係の設営
9時スタッフ集合 10時リハーサル開始
本番13時30分~
演出 松井 助手 安田
受付 山本、高田、錦織。 ――ここは人数が不足しているので、臨機応変の応援を。
会計 世良田 駐車場など 市役所からの応援のみなさん
記録写真 早川、稲岡 救護
多田 車椅子介助 吉田、FoE京都
社務所 辻井(ひ)、稲岡(喜)
会場案内 野本、窪田、荒木、中野、諸橋
舞台・水琴窟 小椋、竹内 プレゼント 辻井、川路、尾崎、池田、原
買出し係 高橋(治)、稲岡(喜)
担当表は少ない人数に悩みながら高橋さん、稲岡さんがつくった。変更を申し出たい人は両名と相談されたい。
川路さん、尾崎さん、池田さん、原さんたちは銭太鼓出演が終わり次第、担務についてほしい。
なお、荒木さん、諸橋さんには事前了解もないまま担当に組み込んだので、お許し願いたい。
天気予報によると前日には雨がある。客席が汚れる恐れがあるので、各人は雑巾を二枚持参してほしい。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「エンキさんのこと」
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2009. 10.
10 杉谷保憲
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竹林日記「エンキさんのこと」2009・10・10(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡、吉田、辻井、中野、太田、上村。
川路、尾崎、池田、高橋(治)、稲岡(喜)、原、辻井(ひ)、多田(久)。多田、林、てくてく。
今日はたくさんの人が参加した。演出の松井さんや見学の山森さんも加わって、竹林が賑わった。
18日(日)の竹林コンサートの準備が大詰めに入った。台風による風倒竹の焼却、飛ばされたビニール屋根の修復、竹林からの贈り物製作、身障者用道の整備など・・・。 午後も有志によって作業が続けられた。
今年の竹林コンサートの目玉は二つある。一つは水琴窟をベースにした古典楽器の協奏であり、もう一つはエンキさんの中国琵琶の演奏である。
エンキ(閻杰)さんは中国・大連生まれ。7歳から琵琶を始め、瀋陽音大在学中から数々の民族音楽賞に輝いた。日本に留学してからも日本の音楽賞を得ている。
10月5日の読売新聞は「正倉院フォーラム2009東京」の記事のなかに、東京国際フォーラムの舞台でのエンキさんについて以下のように書いている。
「中国琵琶の伝統を重んじながら・・・中国内陸部の民族楽曲に、モーツアルトや日本の童謡を交えた7曲が演奏された。めまぐるしく変わる曲想の合間に『ゴッドファーザー愛のテーマ』を弾くなど、聴衆は一見異なってみえるジャンルの取り合わせを楽しんだ。」
竹林コンサートにおいても、とても琵琶とは思えない華麗な音色が期待できる。
エンキさんの演奏は今晩のNHK-FM19時30分―21時「名曲リサイタル」で放送される。
杉谷 保憲 |
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「台風一過の清韻」
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2009. 10.
8 杉谷保憲
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竹林日記「台風一過の清韻」2009・10・08(木)晴れ
参加者 杉谷、野本、世良田、小椋、竹内、辻井。
朝9時。風が収まって雨が止んだ。 竹林に入ってみた。
農道に竹が数本倒れ掛かっている。倒れている竹はワイズメンズクラブの整備地のものである。
我らの竹林でも10本ほど台風に倒されている。
私は13、4年ほど前に、九州を襲った台風によって、熊本、大分など広範囲に風倒木が発生した現場を見たことがある。山の傾斜面から川に向かって、数キロにわたって、おびただしい樹木が倒れていた。そのすさまじい風景に声も出なかった。
午後、有志が出動して竹林内の風倒竹を処理した。 その傍らで、舞台工事の打ち合わせが行われた。
もうひとつ、今年は婦人教育会館が使えないので、竹林コンサートに特設トイレが必要になった。予定外の出費であるがやむをえない。
嵐が去って青空が広がった。出来上がった観客席に腰を下ろして見渡すと、竹林が爽やかである。
長岡京市の鵜野高資さんは漢詩クラブの人である。 数日前に送っていただいた詩がある。
竹林清韻
晨旦清幽極 しんたん せいゆうのきわみ 西山一径深 せいざん いっけいふかし
金風叢竹 きんぷう そうちくをうごかし 墜葉送佳音 ついよう かおんをおくる
訳文 明け方の静かで清々しい竹林の小道 この道は西山の奥へ通じています さわやかな一陣の風が竹薮を揺るがし 竹笹の落ち葉がさわさわと舞い落ちます
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「台風前の酒」
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2009. 10.
7 杉谷保憲
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竹林日記「台風前の酒」2009・10・07曇りときどき小雨
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、錦織、世良田、小椋、竹内。
今日は朝早くからB竹林の枯れ竹をトラックに載せた。光明寺の近くの窯で竹炭にするためである。放置竹林が増えるので、竹炭にして利用できれば少しは竹の経済的な価値がでる。それほど竹の利活用は現代の問題である。
利活用の一つは竹炭をつくり、畑に鋤きこみ土壌改良剤にすること、そのほかにも、家庭では花器の中に入れる、消臭剤として,水の浄化剤として、炊飯用として、竹炭枕として・・・たくさんに利用法がある。
竹炭のよさは定評があるけれども、なぜか商品として伸びていない。わが家では上記のすべてに利用している。私はとりわけ安眠枕として効用をいただいている。
竹の利活用の研究会(京都府竹カフェ)では、竹粉にして肥料や飼料や土壌改良に使うことは実験ですでに効果が確立している。
詳しく知りたい方は最近出版された『現代に生かす竹資源』創森社2000円を読んでいただきたい。その一部に私の原稿もあり、掲載写真にはメンバー諸氏の働く姿もある。
しかし竹の経済的価値を生み出すのは、竹炭、竹粉その他利用法において困難があり、まだ胸突き八丁の峠を越えられないでいる。
午後には市役所で西山森林整備推進協議会が開かれた。竹林コンサート経費の大きな部分はここからいただく助成金で成り立っている。私は出席してお礼を述べた。
明日は台風が襲来するという。全ての会合が取りやめになった。
だから心置きなく日本酒をいただいた。停電にそなえてロウソクを立てて。
(医者の戒めを忘れて、しかし竹のことを思って。) うまかった。初めて呑んだので念のため銘柄を記しておく。「久保田―紅寿」。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「招き猫」
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2009. 10.
3 杉谷保憲
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竹林日記「招き猫」2009・10・03(土)曇り
参加者 杉谷、高田、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡、辻井、太田。
川路、尾崎、池田、稲岡(喜)、原、辻井(ひ)、多田。安田。てくてく。
今回も早朝の天気に悩まされた。 5時半には猛烈な雨である。作業はとても無理だと思い、メールを発信した。その後、新聞を丁寧に読んで、雨を見上げながら、それでもと7時半にネットで長岡京市の天気をみた。「9時から曇り」とある。再びメールを発信した次第。
今日は太田さんという新人が来た。彼は今年に入ってからの知り合いだ。竹をプランターとして利用することを研究している。竹林コンサートの準備にうってつけの人材である。
コンサートでカンパをしてくれた人に、なにかお返しをしたいと、その品物がいろいろ制作されている。太田さんの竹プランターもお目見えするだろうか?
伐採や会場づくりで乱雑になった竹林を清掃や整理に大童である。諸準備ができあがったら、最後には「招き猫」をつくったらどうだろう?
右手を挙げている猫は「金運」を招いている。左手を挙げている猫は「人」を招いている。 竹林コンサートに人を招くには、「左手を挙げた招き猫」がよい。いやいや、いっそのこと「両手を挙げた招き猫」がいいかもしれない。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「上弦の月」
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2009. 9.
26 杉谷保憲
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竹林日記「上弦の月」2009・09・26(土)晴れ
参加者 杉谷、高田、早川、野本、窪田、錦織、小椋、竹内、稲岡、吉田、辻井、中野。川路、尾崎、高橋(治)、原、
辻井(ひ)。
作業参加者が増えて賑やかになってきた。
竹林コンサートの準備に熱が入っている。
観客席には2階席も設けられ、ほぼ工事が終った。そのために野本、窪田、錦織、小椋、竹内、諸橋さんたちは
午後3時まで作業をしたという。
“竹林からの贈り物”制作も進んできた。竹炭の袋詰め、脚踏みなどが並べられた。
伐採竹の焼却は2箇所で行われ、竹林内が整頓された。
いま夜の8時半、黒々とした竹林の上空に風がゆるやかに流れている。宵の明星は輝かしいが、上弦の月が薄
い雲のなかにいる。
この月は一週間後に満月となる。これからの毎夜は、寒くもなし暑くもなし、空を見上げるのに都合がいい。
そして月の変化がいろんな思いをつくり出してくれる。
明月を 仰ぎよろめく 余生かな 原田 種茅
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「竹林からの贈り物」
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2009. 9.
23 杉谷保憲
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竹林日記「竹林からの贈り物」2009・09・23(水・秋分の日)晴れ
参加者 杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、吉田、辻井。稲岡(喜)。てくてく。
休日にもかかわらず、作業に出てきた人が多い。作業は竹林コンサートの観客席づくりとタケノコのための間伐がつづく。
その主力から離れて、稲岡夫人が第二花壇(絶滅危惧種シマカンギクが植えられている)に小さな山野草を集めている。これは竹の植木鉢に植え替えられる。 もう一方で、辻井さんが太いモウソウ竹を伐採している。細工を加えて、花立てや足踏みをつくるのだ。
二人とも竹林コンサートの準備である。 去年のコンサートの帰途、カンパしていただいた観客に、お礼として贈り物をしたところ、予想を越えて好評であった。それはこのような竹林のささやかな作品であった。
今年も企画されている。観客用ベンチ作りが終ったら他の人たちも応援する。 高田さんも贈り物を準備している。これは作業に参加する女性たちへのもので、更衣室ができたのでそのなかに鏡を置くという。包装を解くときれいな鏡が現れた。私費である。
皆さんの心優しさに秋分の日の陽光がやわらかい。
来週29日(火)15時―17時はコンサートの出演者、スタッフの全員うち合わせである。場所はサポートセンターで。 お忘れなく。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「憔悴」
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2009. 9.
19 杉谷保憲
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竹林日記「憔悴」2009・09・19(土)晴れ
参加者 杉谷、高田、早川、世良田、小椋、竹内、稲岡、辻井。高橋、稲岡(喜)。
安田、諸橋、奥谷。
本日の日記は私のことだけで終わりとする。 昨夜来、下痢が続いていたが熱もないので、今朝は竹林に入った。お昼前になると嘔吐が起こった。
あわてて医師に診てもらったが、簡単な薬だけで「0-157や新型インフルエンザではないでしょう。」とのこと。 しかし体は憔悴した。何よりも畏れたのは流行のものでなかったので救われた。
今晩よく睡眠が取れたら問題なく回復するはずだ。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「秋は消耗戦」
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2009. 9.
16 杉谷保憲
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竹林日記「秋は消耗戦」2009・09・16(水)晴れ
参加者 杉谷、西村、野本、窪田、錦織、小椋、竹内、辻井。
竹林コンサートの会場づくりがピッチをあげている。伐採竹のよるベンチ製作と並行して観客増に備えて崖を整地してスペースをつくっている。整地作業はユンボがあれば簡単だが、スコップでやるから玉の汗、人力ユンボとでもいうところである。
小椋さんは観客席づくりが去年より2週間遅れであるという。そうかもしれない。今年は水琴窟に随分と手間がかかっているから。
窪田さんがぼやく。更衣室もできたのに女性がきてくれない、このままでは、コンサート用の山野草のお土産もつくれないと。
野本さんが去年と今年の進捗状況を比較して、安田さんという戦力に期待できないので、作業が大幅にダウンしていると分析する。安田さんは手術後を押して作業に加わってくれているが、体力の減退は誰も目にも明らかである。
もう一方は竹の伐採である。 今年は無印(7年以上)と4年記入もの(6年経過)を伐採しなければならない。入り口のところの竹は、伐採竹が鳥居や社務所を傷つけないようにしなければならないので、今日は一本に4人がかかった。司令官は辻井さんが勤め、京都弁で指揮を執り、つつがなく処理できた。一帯がようやく明るくなった。
A竹林だけでもまだ伐採しなければならない竹(無印と4年記入)が100本近くは残っている。そしてワラを敷かなければならない。 コンサートの準備も加わって、秋たけなわのなか激しい消耗戦である。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「敬老の日は辛い」
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2009. 9.
12 杉谷保憲
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竹林日記「敬老の日は辛い」2009・09・12(土)曇りときどき小雨
参加者 杉谷、高田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡。
稲岡(喜)。安田、てくてく。
天気予報と今朝の空模様には悩まされた。 7時―8時は小雨が降ったが、やがて止んでしまった。 メールでは、「作業ができないだろうが、取材などがあるはずなので出てきてほしい」と連絡した。
予定通り京都新聞の取材があった。水琴窟の試聴と絶滅危惧種シマカンギクの植栽と京都ウェストワイズメンズクラブの初作業についてである。 明日の洛西版に掲載予定である。
竹林コンサートの出演者、スタッフの全体打ち合わせ会は9月29日(火)15時―17時である。場所はJR長岡京西口、バンビオ一番館1Fサポートセンターである。ご参集を乞う。
私は今月、誕生日を迎える。 近頃、会合に出るとどこでも出席者間の最年長である。あまりうれしくない。ただ同窓会と敬老会に出席するとそんなことは無いのだ。
それなのに、地域の自治会が開いてくれる敬老会に出席したくない。まだそんな気分にはなれないのである。そしてこれまでも多忙を理由に欠席してきた。 大体、誕生日を祝ってもらうのも好きでない。その理由はあまりないのだが。
今年の敬老会は9月29日。丁度、竹林コンサートの打ち合わせ会と重なった。これを理由に出席をお断りした。 それにしても、これまで敬老の日が9月15日であったのに、9月第3月曜日に変わったにはなじめなくて困る。老化現象だろうか?
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「水琴窟の完成」
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2009. 9.
9 杉谷保憲
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竹林日記「水琴窟の完成」2009・09・09(水)曇り
参加者 杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、竹内、辻井。多田。
重陽の節句である。普通は菊をめでるおめでたい日だが、温暖化現象でまだ菊作りには早そうだ。
竹の学校ではおめでたいことがあった。
10月18日(日)の竹林コンサートに向けて、まず水琴窟が完成した。小椋さん、竹内さんが喜びにあふれた顔をみせる。常滑の窯元を訪ねて以来、根気よく研究し、作業をつづけたのだ。コケやシダに囲まれ、もう何十年もたっているかのように、自然につつまれた水琴窟である。
今日の京都新聞の「竹想譜」には私の随想も掲載されている。(最後に所載)
コンサートの準備は粛々と進んでいる。
チラシ、ポスター、パンフレットは校正中、本日午後、市役所でうちあわせ。
台本は第一稿ができたところ。
竹林では観客席(ベンチ)制作の竹の伐採や竹杭づくり・・・周辺整備。
順調に推移しているが、このまま10月18日まで何ごともありませんように。
竹想譜 「水琴窟」 杉谷 保憲
先日、街を歩いていたら、パチンコ屋から出てきた人が耳栓をはずす光景に出会った。いくらパチンコが好きでもあのノイズには耐え難いのだろうか。そういえば街の騒音から身を守るため、人は生体防衛を自然にはかり聴覚のレベルを落としているという。家に帰ったときやコンサートホールでは聴覚を全開するのである。
水琴窟は水の音を発生させる装置で、江戸時代の庭師が創りあげた造園技術の粋である。京都の寺社に見られるが、いまは世界各地にある。大抵は日本庭園茶室入り口に置かれ、“日本の音”を聞かせている。
心を病んだり、何かによる過敏症で悩む人が音で回復のきっかけを掴むことはままある。そこで私たちは竹林療法に役立てようと水琴窟を設置した。壺は常滑焼の賢山窯に発注し、埋設工事は竹の学校のメンバーが当たった。
10月18日(日)の竹林コンサートでお披露目をするが、作業がほぼ終ったので試聴した。
自然の雨だれの音は単調だが、水琴窟の水滴音は残響音が人の心をとらえる。水琴窟のまわりに硬い小石を置く技術が残響音のよしあしの決め手である。近頃は音響機器がつくるデジタルな残響に脳を刺激されているが、水琴窟に耳を寄せると全身の感覚がよみがえる。
竹林のなかはどことなく聖(きよ)らかである。竹がもつ抗菌作用の影響はもちろんだが、竹は水分を強く求める植物であるので、湿りが吸いとられ土が乾き、ミミズやモグラがいないので清潔感がある。風は竹葉にさえぎられて適度にゆっくり流れ、涼やかである。
しかし森林と比べれば竹林には音が少ない。どういうものか竹林にはせせらぎがないので水の音がない。また竹は花を咲かせないから鳥が少なく、鳴き声にとぼしい。だから水琴窟を置いてみた。面白いことに、水滴音が耳に響くとあたりが一層静寂になり神秘性を帯びてくる。
アメリカで水の音楽ができたという。早速、その「レイン&サンダー」を聴いた。せせらぎと驟雨と雷雨の音で構成されている。(音源はたくさんに人たちが指を鳴らしたり、掌で膝を叩いたりしている。)壮大な叙事詩的で圧迫される。これにくらべると水琴窟が奏でる音は俳句の世界だ。ここには余情があり、こちらの思いが外へ広がる。癒しがあるのでメンタルヘルスに役立つようだ。水がつくりだす音楽にも東西の文化の違いがみえて興味深い。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「地域力文化祭」
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2009. 9.
5 杉谷保憲
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竹林日記「地域力文化祭」2009・09・05(土)曇り
参加者 杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡、吉田、辻井、中野。
高橋(治)、稲岡(喜)、多田。安田。てくてく。
秋の間伐が本格化してきた。 あちこちで声が飛ぶ。「あぶないぞ」「気をつけて」。やがてサワサワと音をたてて竹が倒れる。
伐採竹は竹林コンサートのベンチになる。ベンチ材料の量にはA竹林の竹でまかなえるだろうが、10月10日の竹遊び(天満宮)からも竹の要請があるので、B竹林も用材になるだろう。
午後、みやこめっせ「地域力文化祭」を辻井夫妻と共に見た。京都府内のあちこちから出店、出品があって賑やかである。お手製のせんべいや地ビール、竹細工などが一堂に並ぶと、京都府全体が沸き立っているようにみえる。
このやり方は参考になる。竹林コンサートでも各地からの出店協力をえて「竹展」をやれば面白い。食べものは特に活気がでるようだ。 今年は間に合わないが、研究テーマである。
竹林コンサートは目下ポスターのデザインについて検討している段階である。 (どうもパソコンがうまく使えない。変ではあるがこのまま送信します。)
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「更衣室」
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2009. 9.
2 杉谷保憲
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竹林日記「更衣室」2009・09・02(水)曇り
参加者 高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、辻井。多田。
今日は京都に出かけなければならなくて、私は竹林には少し居ただけであった。 水琴窟はほぼ完成し、あとは歳月が苔やシダで雰囲気を出してくれるだろう。
B竹林で伐採竹の焼却が続いている。(私は見に行く時間がなかった。)多田さんはシイタケのお世話、散水した。辻井さんは一人で鍬を振るっていたが何をしていたのかなあ。
高田さん製作の更衣室が完成に近づいている。ロッカーとロッカーの間に、片方は障子をはめ、もう一方は竹でしきり、屋根もとりつけられて、部屋ができた。竹林には農具小屋はあるが更衣室つきのものは本邦初であろう。
夏の間は女性メンバーが現れなかったが、この秋は更衣室が待っているよ。
5日(土)午前はワイズメンズクラブは隣の放置竹林の整備作業はじめ、水琴窟のお披露目。午後は都メッセで地域力博覧会――竹関係もあるはずなのでご観覧を!
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「間伐の知恵」
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2009. 8.
29 杉谷保憲
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竹林日記「間伐の知恵」2009・08・29(土)曇り
参加者 杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡、吉田、辻井。
塚崎、諸橋。
お盆を過ぎると竹林は動き始める。間伐が始まるのだ。 私たちのA竹林(タケノコ畑)とB,C竹林(放置竹林)でも同様である。
モウソウチクは重いので、伐採後すぐに動かすには力が要る。だから伐採後の処理に知恵がある。 切り倒したら、一週間か十日間ぐらいそのままにしておく。今、タケノコ畑にはあちこち倒竹がごろごろしている。できれば葉をつけたままがよいとされる。なぜなら葉から水分が蒸発していくからである。その後の竹は切るにしても、運ぶにしても軽くなって処理しやすい。
マダケやハチクにみられないやり方で、先人の知恵である。
衆議院選挙のガナリ声も竹林には届かない。流れる風が爽やかになった。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「水琴窟中間報告」
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2009. 8.
26 杉谷保憲
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竹林日記「水琴窟中間報告」2009・08・26(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内。
多田(美音)。
朝夕が涼しくなった。しかしさすがに竹林だ。蚊はまだ群れを成して飛んでいる。
多田さんが4歳の美音(いいね)ちゃん同伴で参加すると、男性全員の表情が変わる。おじいちゃん顔になり、「いいねちゃん、よく働くね。」と声をかける。 美音ちゃんの笑顔に飾り気がなく、おじいちゃんたちの心なぐさめる。
水琴窟の埋設工事がほぼ終った。また水琴窟の記事か、と思われるだろうが、耳を近づけるだけで妙なる音が・・・。 注ぐ水の量の加減で微妙に変化する。その変化を楽しめる。
これは思いもよらぬ観光スポットになりそうだ。 耳を離して見上げれば、右にサクラ、左にモミジ。 特に独りで訪れるのに格好の場所だ。心に傷を抱いて逍遥するのによい。
次は詩や歌がほしいなあ。 杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「雨だれの音と豪雨の音」
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2009. 8.
22 杉谷保憲
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竹林日記「雨だれの音と豪雨の音」2009・08・22(土)晴れ
参加者 高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡、中野、吉田。多田。
蒸し暑い。11時ごろに通り雨があった。 A竹林(タケノコ畑)で秋の間伐を始めた。B竹林(放置竹林)でも伐採が進んだ。水琴窟の作業も再開した。
お盆休みがあけて、久しぶりに集まると、雰囲気があらたまる。 休憩時間の報告会も活気に満ちている。
NPO一周年が過ぎて、事業報告や税務など官庁関係に世良田、竹内、稲岡さんたちが当たり、つつがなく進行している。
シイタケ園の管理に今後、吉田、多田さんが当たることに決まる。
水琴窟を埋めるのになにやら手間隙がかかっている。こんなに丁寧な作業をするとは!本職の庭師に頼んだらいくらの設置料を請求されるか? ――この水琴窟は 一体どんな音色をだすのだりうか。
アメリカの友人から<水の音楽のコンサート>があったと音源つきのメールが来た。川のせせらぎ、豪雨の音や雷鳴でつくられている。壮大な叙事詩である。
それに比べれば、水琴窟の雨だれの音はまるで俳句の世界だ。 竹林コンサートの目玉の一つは水琴窟。俳句の特徴を表現してみたい。
いのち短し 泉のそばに いこいけり 野見山 朱鳥(あすか)
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「仕事がない」
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2009. 8.
8 杉谷保憲
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竹林日記「仕事がない」2009・08・08(土) 晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡。稲岡。塚崎。
てくてく。ワイズメンズ(牧野、市橋、松本、福田、大西、岩本)
中野。
竹の梢の先に入道雲。竹林内は日陰であるが、じりじりと暑さが降りてくる。 大勢の参加があったがほとんどがB竹林に入ると、A竹林に残ったのは水琴窟工事などのわずかな人だけ。
休憩時間の報告事項
1)
夏休みの予定 8月12日(水)、15日(土)、19日(水)。 2) NPO書類作成を10日夜。
3)
8月28日10時 竹カフェ見学団来訪。 4)
11月19日9時半 京都府地域力体感ツァー来訪。
本日最後の訪問客は京都市内からの人、高齢者のために仕事をさがすNPOであった。
仕事をしたい高齢者のために、「ここの竹林でやる炭焼きなどの仕事がないか」というお話であった。 単純労働でもかまわないから、少しばかりの収入を得たいという人が毎月、増えてきているという。
竹炭を焼いて収入にする難しさを説明し、ここの会員でも同じ思いの人がいると話した。意見交換は互いに悲痛なものであった。
時は選挙。現状をよく考えて投票に行こう。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記・・・「水琴窟工事」
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2009. 8.
5 杉谷保憲
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竹林日記「水琴窟工事」2009・08・05(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡。多田。
久しぶりに竹林に入った。皆、ご機嫌で、磊落にお仕事に勤しんでいる。 私は夏風邪で長く伏してしまった。クーラーに当たるせいか、完治に至らない状態が続くので困りきった。今日もまだ咳が止まらない。
B竹林の伐採が続いている。このところ私は覘いていないが、伐採竹がうず高くなっているようだ。
今日から水琴窟の設置工事がはじまった。深く穴を掘り、その底に石ころを多数埋める。水滴の音がよく響くようにするためである。今日の工事はここで。 「どんな音色が出るかなあ・・・?」わざととぼけたことを言っているが、この穴の底の石は選び抜かれたもので、水琴の音をつむぎだすに違いない。
原初、音があった。 砂漠では砂嵐の音であろう。北極では氷が割れる音であろう。孤島では岩が刃向う波の音かもしれない。 「日本の音」は何だろう。
豊穣な日本列島は多雨によってできている。原初の音は雨だれの音であると思う。 雨だれが水琴窟によって人の心に響き、日本人の音の感性を育ててきたのではなかろうか。
今年の竹林コンサートのテーマは「日本の音」。以下、概要を記しておく。
1)
水琴窟と二胡の協奏 2) 中国琵琶 以上 演奏 エンキ(閻杰)=大連出身 3)
普化(ふけ)宗(=虚無僧流)尺八 演奏 島田道雪ほか 4)
南京玉すだれ 桂 とんぼ 5) 鶴 長岡京市少年少女合唱団と尾形光雄
司会 大石良一 今井ひさみ 天白真理子
10月18日(日)13時半~15時半 雨天順延はない 杉谷 保憲
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✲ $$$竹林日記
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・・・「梅雨の断末魔」
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2009. 8.
2 山
本 律
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竹林日記「梅雨の断末魔」2009・08・01(土)晴→雷雨
参加者:高田、野本、世良田、早川、稲岡夫妻、竹内、辻井、多田(良奈さん、美鳳君、美音ちゃん)、山本、塚崎
今朝6時半の天気予報は、「京都府南部に雷注意報、ところによって1時間70㎜の非常に激しい雨、河川の増水、土砂災害に注意」だった。家を出るときから、見るからに怪しげな雲行きだったので雨傘とカッパを用意して家を出た。
しかし竹林に着いてみると薄日が射している。だまされたといってはわるいが、まずは安心して作業を開始した。
今日は珍しく辻井さんが参加した。多田さんも子どもを3人つれての参加である。
今日も前回(7/29)と同じく、ほとんどがB竹林に入った。多田さんの美鳳(いいお)君は小学校4年だが、大人と同じ作業をするのに興味があるらしくて、かなわぬまでも一生懸命竹材を運んでくれた。美音(いいね)ちゃんもいつもは退屈してつまらなそうにしているのに、今日は皆と一緒なのでおとなしい。
作業を始めて間もなく雷が鳴りだした。と思ううちに大粒の雨が落ちてきた。 「雨休憩にしよう」と倉庫の前のシートテントに皆が集ったとたん、話し声が聞きとりにくいほどの音を立てて雨が降ってきた。竹林が雨でかすんでいる。
気がつくと竹林の作業道が川になっている。10時35分作業中止。11時現在、B竹林の人たちはまだ戻っていない。雨宿りをしているのか。
これでは梅雨明けどころではない。梅雨の断末魔といったほうがよい。 天気予報はうそはつかない。
山
本 律 |

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8月1日 打ち水イベント 写真
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知事、市長と学生さん
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主催者挨拶
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知事・市長水撒き中
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再生水と回収箱
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「大相撲名古屋場所」
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2009. 7.
25 杉谷保憲
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竹林日記「大相撲名古屋場所」2009・07・25(土)曇りのち雨
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、錦織、世良田、小椋、竹内、稲岡。
稲岡、多田夫妻と子ども3人。
多田さんが一家で参加した。ご主人も竹林に興味があるようで、降りだした雨の中にもかかわらず、伐採竹の運搬で汗を流していた。
B竹林に世良田、竹内さんが入って、雨水をためる水槽を設置したようだ。この雨を溜めた後、現在、うず高く積み上げられている伐採竹の焼却が始められる。
午後になって雨は激しくなった。そのなかで水琴窟の設置場所の検討が行われた。竹林コンサートに花を添えてくれればいいが。
名古屋場所は14日目である。上位4人、白鳳、朝青龍、琴欧州、日馬富士と私の好きな杷瑠都などの活躍が目立つ。
大相撲の三分の一は外国人である。国技といわれた大相撲も国際化の波が押し寄せている。 外国人制限を撤廃すれば、日本人は半分ぐらいにしかならないだろうが、日本流の礼儀をわきまえてもらえれば、それでいいと思う。
今年の春場所、朝青龍が千秋楽に優勝を決めた。彼は喜びの余り、土俵下でガッツポーズをした。怪我を押して戦った結果だったからうれしかったに違いない。
しかし横綱審議会からそれに対してクレームがついた。相撲道は勝っても驕らず、敗者をいたわるものだ。単なる格闘技ではない。だから土俵は神聖な場であり、清めの塩をまくのだという。
欧米流の勝敗中心の競技と違って、日本で育ったスポーツは剣道、柔道、合気道など「道」である。勝敗よりは精神が大切であることが強調されている。
外国人が大相撲に参入することに私は賛成である。ただこの「道」だけは尊重してほしい。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「日食の下での作業」
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2009. 7.
22 杉谷保憲
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竹林日記「日食の下での作業」2009・07・22(水)曇り
参加者 杉谷、高田、西村、野本、窪田、世良田、小椋、竹内。多田。
昨日は強い雨であった。山口県では豪雨による死者が多数でている。 今日は湿度が高い。
多田さんが4歳の娘のほかに小学生の息子も同伴している。夏休みだなあ。 この子どもたちが窪田さんの施肥作業を手伝っている。よく働く。
日食に期待が集まっているが、雲に包まれているので太陽が顔を出さないだろうと思われる。 9時半、セミが鳴きだした。今夏はじめてのようだ。
10時、ウグイスが啼く。たくさんいるようだ。セミは静かになった。 10時半、竹林は静寂になった。
日食が始まるころである。 お客さんが二組あった。写真を撮ったり、話に夢中になっていた。
「(日食が)始まったぞー」 誰かの声が遠くにする。しかし竹林が暗くなることもない。まだ時間があるのだろう。
来客が下山していった。
「ところで(日食は)まだぁ?」
「もう終ったよー。」 空を仰ぎ見たが、雲だけである。日食を観測するツァーがたくさんあるが、よく見られただろうか?
予定
7月25日(土)13時 水琴窟 設置場所の決定 8月5日(水)、8月8日(土) 水琴窟の設置工事 8月12日(水)、15日(土)、19日(水) ――作業は夏休み
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「戦列復帰」
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2009. 7.
18 杉谷保憲
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竹林日記「戦列復帰」2009・07・18(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、世良田、竹内、稲岡。塚崎、てくてく。
蒸し暑い。まだ梅雨が明けない。汗、汗。
京都府の奥谷地球温暖化対策課長がきて、打ち水用のヒシャクを手にとって、ためつすがめつ。まずまずご満悦のよう。 「これでお礼というわけではありませんが。」と言って、くずまんじゅうを差し出した。その上、彼女は伐採竹の運搬を手伝って、ドロだらけになっていた。
久しぶりに稲岡さんが現れた。定年退職記念に夫婦でヨーロッパ旅行に出かけて、これまたお土産にチョコレートをいただいた。 今日の竹林日記は、その旅行記でとお願いしたのだが、いまだに配信されない。いつもの彼の微笑とチョコレートでうやむやにされたようだ。
地域力再生の助成金交付の決定があった。今年も竹林コンサートが開ける。企画を練っているが、なかなかすんなりとはいかない。
ところが夕方になって安田さんが顔を見せてくれた。 「今日、退院しました。」 「血色がいい顔ですね。何日入院していたのですか?」 「まるまる3ヶ月・・・。」
胆のうの摘出手術をうけた。もう少し早く退院できたが、シャバが新型インフルエンザの流行なので、出してもらえなかったと言う。
「竹林コンサートの観客席作りや土入れが気になっていました。これから体力をつけて、応援します。」 故障選手が復帰し、戦列に加わってくれる。タイガースとよく似ている。
杉谷 保憲
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✲ $$$竹林日記
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・・・・・・「番外」
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2009. 7.
18 稲岡利春
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竹林日記~番外 '09/07/18
欧州旅行と法事で熊本へと連続したため、4週間ぶりに竹林に顔を出させて頂きまし
た。法事の方は弟の長男の一周忌で、こちらは又、別の機会にお知らせすることになるでしょう。
竹林のほうは、入った瞬間から忘れようとしていた野球の話で耳が痛いです。真弓さん、頑張ってください。
さて、海外旅行の目的は60歳の区切りで、単にロマンチック街道とアルプスを見た いだけでしたが、商売柄、自動車のCO2削減と竹林の自然環境を守るNPOに参画している手前、堅い話のほうでまとめてみました。
まず、フランクフルト。ここは欧州最大規模のモーターショーが開かれるところです。日本ではあまり見かけない全長2.6mの2人乗りの「スマート」を予想以上に見かけます。歩道に向けて直角に駐車している姿や、大型ベンツ1台分の駐車スペー
スに2台駐車している姿には、ユーモアが感じられます。ベンツが大きなクルマを造り続けるため(CO2削減の総量規制のため)に、こんなに小さなクルマを造っている訳で、メーカーにとっては動機不純のようですが、CO2削減を意識してこの小さなクルマに乗っている人達には頭が下がります。
スイスでは高速道路に沿って、防音壁?に代わってソーラーパネルを設置中のようです。今は限定されていますが、将来は普通の風景になるのでしょうか。マッターホルンの麓のリゾート地のツェルマットは、排ガスから空気を守るためガソリンやディーゼルエンジン自動車の乗り入れは禁止されています。驚きはもう何十年も前から、この地区を走っているのは電気自動車だけとのことです。登山鉄道の駅からホテルまでスーツケースや手荷物を運ぶ、軽自動車のような送迎車や、500kg程度と思われる積載量の能力をもった、資材や野菜を運ぶトラックが走り廻っていますが、プラットフォームはこの2種類しか無いようです。従来の鉛電池を大量に積んでいます。
1台の値段は700~800万円という、ことでとんでもない値段ですので、観光と環境維持のために、国と町が補助金を出しているのでしょう。充電に必要な電気量もバカになりませんので、石炭・石油以外のクリーンな発電が必要なため、水力や前述の高速道路のソーラーパネルや風力発電が必要になるのでしょう。
ドイツもスイスも古いものを大切にしており、観光客には安らぎを与えてくれます。
アイガー北壁に穴を明けて登山鉄道でユングフラウヨッホの近くの海抜3500m位のところに行けますし、マッターホルンへも登山鉄道で、モンブランへもロープウェーで素人でも夢のようなパノラマ世界が体験できます。
しかし、古くて趣のあるが設備の劣るホテルは良いとしても、レマン湖の古い観光汽船のエンジンや、自然破壊と紙一重の登山鉄道と山頂ホテルは、観光資源との関係で両刃の剣に感じました。最高のお天気で、体力のない自分たちにも優しく解放して貰えて、大満足でした。環境保全のため、あれをしてはいけないとか、禁止ばかり考えず、両立できる方法を常に最新技術で対応していくと言う方向はどうでしょうか。自動車もやめるのではなく、次世代燃料車に代わって行くのですから。
-------以上 文章嫌いで日本語も苦手な 稲岡 が書きました。 なんとなく、言いたいことが伝わったでしょうか-------
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マッターホルンの朝焼け(稲岡氏撮影)
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「竹の粉砕」
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2009. 7.
11 杉谷保憲
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竹林日記「竹の粉砕」2009・07・11(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、早川、野本、窪田、世良田、小椋、竹内。
蒸し暑い。 竹林は施肥の準備に入った。傾斜面に溝を掘り肥料を入れる。
汗が土に落ちるので、それも施肥になれと思うほどに湿度が高い。
アメリカ人一家5人が竹林の見学に入山した。竹についての知識欲の旺盛なこと、子どもたちが伐採学習を熱心にしたことに驚いた。
竹はアジアに多く、欧米には自生していないので(観賞用には植えられている)関心が高いようだ。こんなことが契機になって竹が抱えている社会問題が外国人にも理解してもらえるのなら有難い。なんとなく「竹の学校」らしい日だった。
一昨日、竹の利活用を試みている京北町と亀岡市の工場を訪ねた。
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京北町ではペレット製造、竹と木材を半々の割合で混ぜてつくる実験に入っている。ペレットはペット用トイレ砂や飼料として利用されることが期待されている。
亀岡市では竹を粉砕して、畜産用飼料にしている。すでに実用化して営業に入っている。
竹の利活用ではこの分野がもっとも手近いと思うが、ともに製造機械が高価なので、補助金頼みである。 その先にも販売など超えなければならない山が控えている。頑張ってほしい。
杉
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「七夕」
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2009. 7.
8 杉谷保憲
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竹林日記「七夕」2009・07・08(水)曇りのち雨
参加者 杉谷、高田、西村、野本、世良田、小椋、竹内。多田。
雨が降り出しそうな空模様のせいか、集まりの出だしが遅い。 新暦では昨夜が七夕であった。私の子供時分には行事は旧暦で行われていたから、七夕といえば8月7日であった。ヤグラの上には祭壇をつくり、採れたての野菜を供え、星に祈った。
戦後は7月7日になったので、私には七夕がピンとこなくなった。それでも去年までは、商工会などから七夕用のササをくださいと頼まれていたので、思い出していたのだが、今年はどこからも声がかからなかった。
今日は多田さんが美音(いいね、4歳)ちゃんをつれてきた。小椋さんに水鉄砲をもらい、ご機嫌である。焚き火の消火作業に水鉄砲で応援してくれる。
ソーメン流し用のタケをくださいと3人が入山した。タケを二つに割って、節をとり、きれいに整形している。これは涼しそうだ。
梅雨のように雨がとぎれとぎれに降る。11時解散。
かつての七夕は夏の夜の行事であったので、暑さが厳しかった。 今日は蒸す。今夜が雨でなければ、満月が眺められる。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「末川博先生のこと」
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2009. 7.
4 杉谷保憲
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竹林日記「末川博先生のこと」2009・07・04(土)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、野本、窪田、世良田、小椋、竹内、吉田。多田。
ウグイスが鳴いている。5月にはケキョ、ケキョであったが、今やホーホケキョと成鳥の歌い方である。
新入会員 多田さんが三人の子どもをつれて作業に入った。小学生から四歳まで。男の子はノコギリを腰にさして武士風である。しっかりノコギリを使えるという。
私は早退して大阪であった出雲高校の同窓会(関西地区)に出席した。
藤岡大拙氏の講演から始まった。 出雲弁を交えながらの出雲文化論で、あまりに巧みな話の運びに、笑いに腹をよじらせながら聴いた。
今回の竹林日記は出雲弁について書こうと思っていた。
しかし面白さに笑いすぎて、 話の内容を思い出せない。
いずれのときにか書くことにして、今日は前々からの、「思い出の人」について。
それは末川博氏(元立命館大学総長)である。少壮の民法学者であったとき、京大で滝川事件が起こり、文部省に抗議して京都大学を去り、立命館に移った。後に総長になり、立命館を大改革した人である。 今日、この大学が日本を代表する私学になったのは末川氏を先頭にした経営陣、教授陣のお陰である。
先生は大学を象牙の塔にしないことにも熱心で、読売TVと組んで「テレビ大学講座」をつくった。月~金の午前であったが数年続いた。画期的な編成であった。
一年一度、年末に末川総長は私どもスタッフを呼んで、ご苦労さん会を開いてくれた。祇園の料亭である。私は三十台、先生は六十台の頃だと思う。相当に酒をいただいて、私は末川先生の前の席に伺った。
「先生、生まれ変わることができるとしたら、次も学者になられますか?」
「いやあ、次はなあ、ウーン、幼稚園か小学校の先生になりたい。」
「それはまた、どうしてですか?」 「教育というものはなあ、杉谷君。幼児のときが大切なんだ。人間形成にとって、とても大事な時期だ。だから幼
児教育に携わりたいんだヨ。」
この大学者がこんなことを発言するとは予想もつかなかった。 私は酔いがさめた。そして胸が一杯になった。 四十年前のことを思い出しては、今も襟を正す。
杉谷 保憲
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✲ 杉爺の竹林日記
・・・「遅れて見参」
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2009. 7.
1 杉谷保憲
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竹林日記「遅れて見参」2009・07・01(水)晴れ
参加者 山本、杉谷、高田、西村、野本、世良田、竹内。
朝5時半、雨。 昨日の予報どおり、今日の作業は無理かと思い、天気予報を検索すると意外にも変わっていて、「9時から曇り、12時から雨」となっている。
湿度57%。これが大切だ。 この湿度ならキヌガサタケが出るだろうと、竹林の途中の溝を覗いた。ここは群生地である。
キヌガサタケのスカートの網が地面に這いつくばっている。網は今朝の雨で叩きつけられたようだ。 世良田さんは昨日、竹林周辺を散歩したら、キヌガサタケをB竹林周辺で見たという。
今日は「あさひ・とらいあんぐる」誌から3人での取材があり、入会希望の多田久美子さん母娘の入山があった。
その方々と一緒に、世良田さん高田さんの案内で、B竹林にキヌガサタケを探しに行った。
あった!あった!五つも六つもあった。 けれども、もうスカートが崩れていた。 どれもこれも2時間ほど前なら貴婦人姿であったであろうに。
キヌガサタケが一週間遅れて現れたのか?私たちが遅れて見物したのか? 惜しいことであった。
ともあれ今年もお目にかかれたキヌガサタケである。
ヒシャク50個の注文が京都府庁からあった。8月3日にある「打ち水の儀式?」に使うという。 「面白いね。つくってみよう。」と皆、楽しげである。
4日(土)水琴窟設置工事の予定
11日(土)アメリカ人一家の竹伐採学習の予定
杉谷 保憲
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